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74.《ヒュドラ》の目的

「話しを戻す前に、汝が否定出来ない証拠を提示しよう」

「…証拠?」

リュミエールは、ダンタリオンを訝しそうに見た。自分を納得させられるような証拠が、そう簡単には出せると思えないからだ。


「しかり。我が先程汝の勇者の攻撃を受けて、倒されなかったこと。つまりは、汝の神の力を我が上回ったこと。これが古き神々が実在する証拠だ。それとも汝の神は、只人よりも力が無いのか?」

「それは!……」

ダンタリオンが提示した証拠に、リュミエールはぐうの音も出なかった。なぜなら、ダンタリオンの証拠を否定するということは、自身の神の力が目の前のただの人間相手に通用しなかったということを認めることだからだ。逆に、ダンタリオンの提示した証拠を認めれば、自身の神の力がダンタリオンに通用しなかった理由を、ダンタリオンが自身の神よりも強い神の加護を受けているせいだということに出来る。

どちらも神の力がダンタリオン相手に通用していないことに変わりはないが、それがただの人間相手と、神の加護を受けた人間相手では、雲泥の差がある。


自身の神を信じているリュミエールには、ダンタリオンの提示した証拠を受け入れる以外に選択肢はなかった。


「それでは話しを戻そう」

リュミエールが渋々証拠を受け入たのを見たダンタリオンは、話しを自分達の組織の目的に戻した。


「我らは古き神々と世界の意思を代行する。異世界のヒュドラのように。これは先程も言ったな。これに、先程話した異世界の神話を当て嵌める。すると、次のようになる」

ダンタリオンは一度そこで区切ると、そのまま話しを続けた。


「ヒュドラは、異世界の女神ヘラの命により、英雄ヘラクレスと戦った。我らの場合は、この世界の古き神々と世界の為に、咎人たる者。そして、その末裔たる汝ら人類種達と戦う」

「…咎人。さっきからお前の言っている咎人ってのは、いったい何なんだ?」

アークは、先程からダンタリオンが口にするその単語が気になり、ダンタリオンに質問した。


「忘却した末裔であるお前が気にする必要はない。どうしても知りたいのであれば、死後そこにいる知りし咎人にでも聞くといい」

けれどダンタリオンには答えるつもりがなく、リュミエールを指してあの世で聞けとアークに返した。


アーク達の視線が、リュミエールに集中した。

リュミエールの顔は、どんどん青くなっていった。


ダンタリオンはそんなリュミエールを見つつ、話しを再開した。


「ヒュドラは英雄ヘラクレスと死闘を演じたが、最終的には戦いに破れて死んだ。そして、ヒュドラの毒はヘラクレスの最強の武器となった。ヘラクレスはこの毒を用い、課せられた十二の難行のいくつかを達成させた。致死の毒を持って、幾多の怪物を毒殺したのだ」

アーク達一行は黙ってダンタリオンの話しを聞いているが、ヒュドラが倒されたというところを聞いて、なぜダンタリオンがヒュドラのようにと先程言ったのか、疑問を覚えた。

ヒュドラが女神の命で動き、英雄と最期まで戦い抜いたからか?と、アーク達一行は考えた。


「だが、それこそが英雄ヘラクレスの不幸と死を決定づけたのだ」


だがアーク達のその考えは、次のダンタリオンの言葉で違うと判断することになった。


「どういうことだ?」

「たしかに英雄ヘラクレスは、幾多の怪物をヒュドラの毒を用いて倒した。しかし、ヒュドラの毒で死んだのは、怪物だけではなかったのだ」

「……誰が、死んだんだ?」

「ヘラクレスの師。そして、ヘラクレス自身」

「「「「「なっ!?」」」」」


ダンタリオンの答えに、アーク達から驚きの声が上がる。


「どういうことだ、それ!」

「ヘラクレスはヒュドラの毒に頼り過ぎたのだ。ヘラクレスは、最初は怪物達を倒すことにのみヒュドラの毒を用いていた。しかし、ある時酒で暴れ回るケンタウロス達を鎮圧する為にヒュドラの毒を使ってしまった。それは明らかな過剰攻撃だった。暴れ回るケンタウロス達は、同族であったヘラクレスの師の家に突入。ヘラクレスはそれに構わず毒矢を放ってしまい、ものの見事に誤射した。暴れ回っていたケンタウロス達は全員死んだが、一緒に誤射されたヘラクレスの師。賢者ケイロンも毒でのたうちまわることになった」

「のたうちまわる?その賢者ケイロンというのは、他のケンタウロス達のようにすぐには死ななかったのか?」

アークはダンタリオンの言葉選びに疑問を持って、そのことを質問した。


「しかり。賢者ケイロンは、不死の身体だった。本来なら即死だったヒュドラの毒も、不死のケイロンを殺すことは出来なかった。だが、結局ケイロンは自ら死を選んだ」

「なぜだ?」

「不死の身体で死なずとも、毒は毒。しかもその毒は、英雄が戦うような怪物達を死にいたらしめるもの。ケイロンは激痛の中でのたうちまわり、死ねないことに絶望した。それゆえ、自身の不死を弟子であるヘラクレスに譲り、ケイロンは死んだ。そしてヘラクレスは、不死の身体となった。しかし、これがヘラクレスの不幸となる」

「今度はどうなったんだ?」

「今度はヘラクレスがのたうちまわる羽目になったのだ。師であった賢者ケイロンのようにな。そして師と同じように、ヘラクレスも不死を手放して死を選んだ」

「なんでだ?」

「…その異世界の神話は、人間味が強い」

アークからの質問に、ダンタリオンは言いにくそうにそう前置きをした。


「それがどうしたんだ?」

「英雄ヘラクレスの死因はヒュドラの毒なわけだが、その毒を盛った犯人は、ヘラクレスの妻だ」

「はっ?」「へっ?」「えっ?」


ダンタリオンのその言葉に、アーク達の口から間抜けな声が出てきた。


「ど、どういうことだ!?」

「…お前達は、英雄色を好むという格言を知っているか?」

「それってつまり…」

アーク達一行は、その格言をこのタイミングで口にされたことで、ダンタリオンが何を言いたいのかわかった。


「しかり。妻帯者であるにもかかわらず、ヘラクレスが浮気したことがそもそもの原因だ。つまりは、痴情の縺れだ」

「「「「「うわー」」」」」


アーク達一行は、はっきりと呆れた顔をした。


「あえて事情を付け加えておくが、別段奥方は夫を毒殺するつもりはなかった」

「どういうことだ?」

「奥方はただたんに、夫の愛情を取り戻そうとしただけなのだ」

「毒を使って?」

アーク達の中で、夫の愛情を取り戻す為に毒を使う理由が思い浮かばなかった。


「彼女は盛ったものを毒とは認識していなかった。彼女は、惚れ薬と認識していたのだ」

「なんでそんな勘違いをしたんです?」

「彼女のそう吹き込んだ者がいた」

「それは誰なんだ?」

「ヘラクレスに殺された、暴れ回っていたケンタウロスだ。奴は死の間際、ヘラクレスの妻に自分の血は惚れ薬になると言った。ヒュドラの血に侵さている自分の血をな」

「なるほど」

「こうしてヘラクレスは毒殺された。あえて真犯人を上げるのなら、ヘラクレスに殺されたケンタウロスということになるだろう」

「たしかに」

「そしてこの神話に登場するヒュドラのようにとはつまり、神の命令で行動し、敵(英雄)と戦い、死してなお敵(英雄)を滅ぼすということだ。そう、咎人どもをな」

「「「「「!」」」」」


ダンタリオンはそう言うと、重力球をアーク達に向けた。


「冥土の土産はここまで。さあ、終わりの時だ」


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