73.《ヒュドラ》のダンタリオン
「なれど、我の能力を一つ打ち破ったのは事実。ゆえに、お前の最初の質問に答えよう」
「僕の最初の質問?」
仮面の人物のこの言葉に、アークは自分が最初になんと仮面の人物に質問したかを思い出そうとした。
「我は。我らは、《ヒュドラ》」
「「「「「ヒュドラ?」」」」」
仮面の人物のヒュドラと言う名乗りに、アーク達は多頭の大蛇の姿をした高位の魔物のことを頭の中で思い浮かべた。
「…うん?我、ら?」
そして少しすると、アーク達は仮面の人物の言葉が複数系であることに気がついた。
「しかり。《ヒュドラ》とは、我の属する組織の名だ」
「組織?…お前みたいなの(強さの奴)が徒党を組んでいるっていうのか!」
「それもしかり。我と同格の仲間は、最低でも十七人はいる」
「「「「「…十七…」」」」」
仮面の人物が言った人数に、アーク達は目眩がした。
自分達を手玉に取れる手合いが最低でも十七人もいる上、その面々が手を組んでいるという事実。
アーク達一行は、その事実に危機感を募らせていった。
「我の組織でのコードネームは、《ダンタリオン》。異世界に存在する公爵位に座すダンタリオンという魔神の名と、その権能を扱う資格を有する者だ」
「異世界!」「公爵位!」「ダンタリオン!」「魔神!」「権能!」
仮面の人物。ダンタリオンの言葉に、アーク達一行はそれぞれ自分が気になる単語に反応を見せた。
「随分とバラバラな部分で反応するな」「…お前は、異世界人なのか?」
「否。我は、我らは、この世界の生まれだ。ゆえに、我らは【生贄】でも、【境界を越えし者】でもない」
「生贄?境界を越えし者?」
ダンタリオンの返答に、アーク達は困惑の様子を見せた。ただ一人、リュミエールを除いて。
ダンタリオンの言葉を聞いた直後、リュミエールはその顔を青ざめさせていた。
「リュミエール?どうしたんだリュミエール!」
一人様子の違うリュミエールに気がついたアークは、リュミエールにそう尋ねた。しかしリュミエールは、顔を青ざめたままただ震えるばかりだった。
「ほお。その反応からすると、汝は知りし咎人か。ならば、勇者よりも汝の方を確実に始末せねばな」
「「「「「!!」」」」」
アーク同様にリュミエールの様子に気がついたダンタリオンの口から、今までにない感情をのせた声が紡がれた。その言葉にのっていた感情は、怒り、憎しみ、侮蔑、嫌悪。そのように分類されるものだった。
はじめてダンタリオンから感情ののった声をかけられた面々は、背筋が泡立つような錯覚を覚えた。ダンタリオンから一番敵意を向けられているリュミエールにいたっては、今すぐにでも物理的に心臓が止まりそうな状態となっている。これは比喩表現ではなく、ダンタリオンが放ち出した威圧感が原因である。
「滅びよ」
「まっ、待て!」
ダンタリオンのその言葉に、アークは慌ててダンタリオンに待ったをかけた。
「なんだ?」
てっきり無視されるだろうと思っていたアーク達は驚いた。なんと、ダンタリオンがアークの待ったに応じたのだ。
ダンタリオンから放たれている威圧感はまったく衰えていないが、どうやらまだ会話は成立するらしい。
「冥土への土産に、もう少しぐらいなら質問に答えてやろう。ただし…」
「「「「「た、ただし?」」」」」
ダンタリオンのその途切れた言葉に、アーク達は唾を飲み込んだ。
アーク達一行は、恐ろしい緊張感に知らず知らずの内に身体を震わせていた。
「時間の引き延ばし工作は、自分達の首を絞める可能性があることも理解しろ」
ダンタリオンがそう言うと、ダンタリオンの周囲にある本の一冊が、そのページを開いた。
すると、その本のページから握り拳大の黒い球体が出て来た。
「これの名は重力球。これは時間経過とともに膨張し、その大きさと威力を増していく。さて、何が聞きたい?」
ダンタリオンは重力球をアーク達の正面に配置すると、アーク達に質問を促した。
「……お、お前達の、組織の目的は何なんだ?」
アークは重力球をちらちら見ながら、気になっていることの一つをダンタリオンに質問した。
「我ら《ヒュドラ》の目的は、神々と世界の意思を代行すること。異世界の神話に出てくる、神獣ヒュドラのようにな」
「神々と世界の意思を代行すること?」
「神獣ヒュドラのように?」
アーク達一行は、ダンタリオンが語った組織の目的に困惑した。意味がよくわからなかったからだ。
神々の意思を代行するということについては、アーク達一行はだいたい想像が出来ていた。おそらくダンタリオン達が崇めている神々の意思を代行することだろうと。しかし、世界の意思のことや、異世界の神話はアーク達にはさっぱりわからなかった。
「その様子では、今の比喩表現ではわからなかったようだな。ならば、件の神話について話そう」
ダンタリオンはそう言うと、異世界の神話。女神ヘラと、英雄ヘラクレス。十二の難行と、それに登場するヒュドラについてアーク達に語りだした。
「さて、これで異世界の神話は終わり。今の神話を参照して、これから我ら《ヒュドラ》の目的について話そう」
語りだしてしばらくして、ようやくダンタリオンの神話語りが終わった。そして、ようやく本題に話しが移る。
アーク達一行は、全員が固唾を飲んでダンタリオンのこれからの話しに耳を傾けた。
「まずは、最初に言った我らが意思を代行する神々と世界の定義について。我らが言う世界とは、先程の異世界の神話に登場した大地母神ガイアと似たような存在だ。つまりは、我らが立っているこの大地。その意思の顕現。この世界そのものである女神だ。そして、我らの言う神々とは、この女神を祖とする神々のことだ。この世界の誕生とともに存在を始めた、元素や概念の化身。我らは彼女達を、管理神と呼んでいる。この世界を構成する神々であり、それぞれの属性などを管理している神だからだ」
「「………」」
アーク達一行は、ダンタリオンの話しの出だしから困惑を見せた。
アーク達一行は、そんな神々の存在を知らないからだ。
「困惑しているな。しかし、彼女達は現実に存在している神々だ。この世界でもっとも古き神々。逆に、汝らの崇めている光の信仰神エードラムは、二千年前に創造されたもっとも新しき神々の一つだ」
「「「「「えっ!?」」」」」
だが、次にダンタリオンが語った話しで、アーク達一行は困惑に驚愕を加えることになった。
「…嘘です!そんな神々がいるはずがありません!」
だがすぐに、リュミエールがダンタリオンの話しを否定した。
「いるはずがない?たかが百年の歳月さえ生きられない定命の人間が、この世界の全てを知っているとでも?」
「それは…」
ダンタリオンの反論に、リュミエールは咄嗟に返せる言葉を持ってはいなかった。
「驕るなよ、知りし咎人!」
ダンタリオンの口から、とても低い声が出てきた。また、それに呼応するように、重力球のサイズが一瞬で倍近くまで膨れ上がった。
「「「「「!」」」」」
それを見たアーク達一行に、緊張が走った。
「…口には気をつけろ。汝らがまだ生きているのは、我がこの辺りの環境に配慮して、攻撃をの威力を加減しているからにすぎん。先程までの攻撃など、我の全力の一%にも満たないと理解しておけ」
アーク達一行は、ダンタリオンが嘘を言っていないことを理解した。なぜなら、ダンタリオンはただ話しているだけなのに、自分達は次の瞬間には死んでいてもおかしくない程の威圧感を感じているからだ。
「…だが、そこまで構える必要はない。少なくとも、我はそこにいる咎人と違って、騙し討ちなどはしないからな」
仮面に隠されたダンタリオンの視線は、リュミエールをしっかりと捉えていた。




