72.光の勇者との戦い3
「さあ、終わりの時だ」
本から無数の魔法陣が、氷の茨に向かって放たれる。放たれた魔法陣が茨に触れると、茨が一気に肥大化。その形状を茨から、氷樹へと変貌させた。
「さあ、舞い散れ」
そして次の瞬間、氷樹の葉が一斉に空中へ舞い散った。しかも、それは一度きりではなかった。氷樹の葉は、散った端から再び生えてきて、次々と空中に舞い上がっていったのだ。
今ではアーク達の頭上一帯は、青白い氷の葉で埋め尽くされている。
やがてそれらは、雹のように順次地上に向かって降り注ぎはじめた。
「いけない!光の障壁よ、神の守護をここに!《ライトウォール》」
それを見たリュミエールは、急いで光壁の魔法を発動させた。リュミエールを中心に、半球状の光の壁がアーク達を守る為に出現した。
「結界系の魔法か?だが、所詮は無駄な足掻きだ」
仮面の人物が睥睨する中、氷の葉は光の壁に次々と突き刺さっていく。そして、刺さった箇所から光の壁はじわじわと白く凍りついていく。単体ではじわじわだが、数が数だけにあっという間に光の壁は真っ白く染まった。それでも葉は降り注ぎ続ける。いくつもいくつも葉は刺さっていき、今ではハリネズミのような見た目となった。そうなってもまだまだ葉は降り注ぎ続ける。葉はどんどん堆積していき、何層もの層を形成していく。
「そろそろ良いだろう」
それからおよそ十分後。仮面の人物が手を横に振ると、ようやく氷の葉が地上に降り注ぐのが止んだ。
氷の葉が止んだ後に地上にあったのは、厚さ数メートルを超えていそうな、巨大な白いドームの姿だった。
「さて、どうなったかな?途中で障壁が破れていれば、もう死んでいるだろうが、障壁がまだ破れていないのなら、まだ生きているだろう。…まあ、すぐに窒息死するか、凍死するだろうが。ここは一つ、一思いにトドメを刺しておくとしよう」
仮面の人物はそう言うと、空に浮かび上がった。
「集え」
そして仮面の人物が手を天に掲げると、空に残っていた氷の葉が、全て仮面の人物のもとに集まりだした。
「顕現せよ!光の神バルドルを討ちし宿り木の矢、その名は《ミストルティン》!」
仮面の人物がその名を呼ぶと、氷の葉は一つとなり、氷で形作られた宿り木の矢の姿となった。
「光の偽神エードラムの使徒を討つのだ。これいじょうのものはないだろう。さあ、滅びろ!」
仮面の人物は宿り木の矢を掴み、眼下の氷のドーム目掛けてそれを投げ放った。
ヒュッン!ボォォォーン!!
宿り木の矢は空を裂き、氷のドームに狙い違わずに命中した。直後、白い煙りが盛大に立ち上り、氷のドームがあった場所には、馬鹿でかい氷の大樹がそびえ立っていた。
「ふむ。勇者達の墓標としては、なかなか美しいな。さて、そろそろ向こうの怪獣大決戦にも進展があった頃だろうか?」
仮面の人物は氷樹を一遍すると、すぐに興味を失ったように視線をトワラルの街の方に向けた。
「そこだぁぁぁぁ!!」
「む?」
その瞬間を狙っていたのかごとく、氷樹の根元から光の羽根を生やしたアークが、仮面の人物目掛けて飛び出した。
「ほお!まだ生きていたか」
「覚悟ぉぉぉ!」
アークは強烈な光を放っている剣を上段に構え、仮面の人物に一気に振り下ろす。
「無駄だ。…何?」
仮面の人物はまたすり抜けるだけだと、余裕しゃくしゃくで避ける動作も見せずにアークの剣を受けた。しかし、今回は仮面の人物はアークの剣をすり抜けることは出来なかった。
仮面の人物は光の剣によって両断され、その身は真っ二つに切り裂かれた。
「…馬鹿、な。我、の…[透過]、を、無効化、した、だと…」
切り裂かれた仮面の人物の身体は、それぞれが左右に崩れ落ちていった。
「勇者を舐めるな」
アークは倒れた仮面の人物を一遍すると、そう言って剣を鞘に戻した。
「勇者様!」
そんなアークのもとに、リュミエール達アークの仲間達が駆け寄っていった。
「無事に倒せたのですね」
「ああ。俺の光の剣に、断てないものはない」
「そうですね。だって、我らが神エードラムの神力が宿っていますものね」
「そのとおりだ。さて、よくわからない相手だったが、これで邪魔者はいなくなった。急いで街へ向かおう」
「はい」「「「おう!」」」
アーク達は立ち塞がっていた仮面の人物を倒し、本来の目的を果たす為にトワラルの街に向かって歩きだした。
「あん?」
「どうしたの?」
リュミエールと拳闘士が先にアークと合流し、剣士や魔法使いがその後ろを歩いている。しかし、剣士は途中で立ち止まった。剣士が立ち止まったのは、ちょうど倒された仮面の人物の身体の傍だ。
「この死体、何かおかしくないか?」
「おかしい?……とくにおかしなところはないと思うけど?」
仮面の人物の死体を見て、剣士は何か引っ掛かりを覚えた。
魔法使いは剣士がそう言うので、自分も仮面の人物の死体を確認してみたが、そこにあるのは綺麗に両断された仮面の人物の身体だけだった。
「そうねぇ?あえて言えば、血がまったく出ていないわね」
「それだ!」
魔法使いのこの言葉に、剣士は引っ掛かりの正体に気がついた。
剣士や魔法使いが見たところ、仮面の人物の死体は両断されているにもかかわらず、血の一滴さえ流れてはいなかった。
「ほお、そこに気がついたか」
「「!」」
二人がその異様さに警戒を強める中、先程と同じ仮面の人物の声が、自分達の周囲から聞こえてきた。
だが、声は下(死体)の方からではなかった。ちょうど自分達の頭の高さ。それくらいの高さから聞こえてきた。
剣士と魔法使いは、慌てて周囲を確認した。しかし、周囲には自分達以外の人影はいなかった。せいぜい、少し離れた位置にアーク達がいるだけだ。
「まさか」「[透過]を」「「破られるとはな」」
「なっ!」「きゃあー!」
剣士達が周囲を警戒していると、半分に両断された仮面の人物の身体がそれぞれ起き上がった。
「「されど、あの程度の攻撃では我は倒せない」」
剣士達が驚愕の視線を向けている中、仮面の人物の半身は、それぞれが一瞬のうちに五体満足な姿になった。その結果、剣士達の目の前には仮面の人物が二人立っている状況になった。
「ふむ。やはり喋るのは、一つの口で良いか」
仮面の人物の片方がそう言うと、先程までのようにもう片方は同時に喋らなくなった。
「な、なんで?」
「なぜ生きているのか?それとも、なぜ二人になったのか?か、どちらだ?」
「どっちもよ!」
仮面の人物の確認に、魔法使いはそう怒鳴った。
「自分の能力を敵に教えるわけがないだろう」
「それは!…そうかもしれないけど」
当たり前のことを返されて、魔法使いの気勢が落ちた。
「…馬鹿な。なんで生きているんだ!」
剣士達と仮面の人物達が睨み合っていると、異変に気がついたアーク達が戻って来た。
アークは仮面の人物達の姿を認め、自分の必殺の一撃で倒せなかったことに驚愕した。
「我はあの程度の斬撃では倒せない。そして、先程の攻撃がお前の最強の一撃であるのなら、お前に我は倒せない」
「…ありえない。ありえるはずがない!さっきの一撃は、僕達の神の力を乗せた一撃なんだぞ!?」
仮面の人物のその言葉を、アークは否定するように叫んだ。しかし、アークはすでに理解していた。
仮面の人物が今だに目の前に立っているいじょう、今の仮面の人物の言葉が真実であることに。
つまりは、自分の信仰している神の力が仮面の人物には通用していないことにも、アークは気がついてしまっていた。
「されど、これは現実。そして、答えは単純」
「何!」
「お前が借り受けた神の力の量より、我の力が上だっただけのこと」
「そんな、馬鹿な」
アークはそのことが受け入れられず、崩れ落ちてうなだれた。




