71.光の勇者との戦い2
仮面の人物の周囲にある本の一つがひとりでに開くと、その開いたページから無数の水弾がアーク達に向かって放たれた。
「くっ!この程度の攻撃」
アークはそれを剣で切り払う。
「廻れ」
水弾は簡単に切り払われたが、仮面の人物がそう言うと、切り払われて散った水滴がアークの周囲を飛翔し始めた。
「穿て」
「くっ!」
仮面の人物の次の言葉で、その水滴が一斉にアークに牙を剥いた。
アークは先程よりも剣速を上げ、再び水滴を切り払った。しかし今回は数が数だけに、先程とは違い所々で回避や防御に専念する場面が見られた。
「勇者といってもこの程度か」
「なんだと!すぐにその言葉を撤回させてやる!」
仮面の人物が期待外れだったというようにそう言うと、アークは憤慨したようで、仮面の人物目掛けて駆け出した。
「勇者様!」
「愚か」
リュミエールはアークを止めようと声を上げ、仮面の人物は呆れたようにアークの方を見た。
「喰らえ!」
アークはリュミエールの制止を無視すると、そのまま仮面の人物を切り付けた。
しかし、アークの剣が仮面の人物を切り裂くことは出来なかった。
「なっ!?」
アークの剣は仮面の人物を切り裂くことなく、仮面の人物をすり抜けた。そのことに茫然となったアークは、制動をかけそこねた。
結果、仮面の人物に向かって駆けていたアークは、仮面の人物に突っ込むこととなった。
「くっ!」
「勇者様!」
アークは慌てて制動をかけようとしたが、間に合わなかった。だが、アークやリュミエール達の予想とは違い、アークが仮面の人物に激突することはなかった。なんと、アークの身体も仮面の人物の身体をすり抜けてしまったのだ。
「「なっ!?」」
「穿て」
アーク達勇者一行が驚いていることに構わず、仮面の人物はアークに攻撃を仕掛けた。
アークを中心に複数の本がページを開き、そこから無数の水弾と氷弾がアーク目掛けて放たれた。
「くそっ!」
「勇者様!」
アークは急いで防御体勢を採り、リュミエールは何かの魔法の詠唱を始めた。
仮面の人物はそれには構わず、全方位からの攻撃を容赦なくアークに仕掛け続ける。
「アーク!」
またそれにあわせ、今まで仮面の人物の様子をうかがっていたアークの仲間の三人も、一斉に仮面の人物への攻撃を始めた。
「無駄だ」
剣士は剣を振るい、、拳闘士は拳を叩き込もうとする。魔法使いは雷の魔法を仮面の人物に向かって放つ。
しかし、そのことごとくが仮面の人物の身体を通り抜けていった。
「ひざまずけ」
「「「ぐわっ!?」」」
仮面の人物が右手を上げて軽く下に下ろすと、剣士達三人はそれと連動するように、頭上から何かに押し潰されたかのごとく地面に倒れ込んだ。
ミシッ、ミシッ
そして三人はだんだん地面に沈みだし、時間経過とともにどんどん身体が地面の中に沈み込んでいった。
「弱い。勇者というから強敵を想定していたが、この程度か。所詮は信仰神の使徒ということか」
「「なんだと!」」
仮面の人物のその淡々とした言葉に、潰れている最中の剣士と拳闘士から声が上がった。魔法使いも何か言いたそうにはしているが、魔法使いの方は他の二人のように声を上げるだけの余裕がないようで、なんとか潰れないように頑張っている。
「まだ吠える元気はあるか。ならば、すぐにトドメを刺してやろう」
仮面の人物がそう言うと、周囲にある本の一冊が剣士達三人の上に移動し、そのページを開いた。そこから、今までの比ではない特大サイズの氷塊が出現した。
「止めろぉぉー!!」
「止めてぇぇー!!」
攻撃を受け続けているアークと、魔法の詠唱途中だったリュミエールから同時に悲鳴が上がった。
「恨むのなら、己らの種族の業を恨むのだな。まずは三人」
仮面の人物はアーク達二人にそう言うと、氷塊を剣士達に向けて発射した。
「させるかぁぁぁ!!」
ボンッ!!
氷塊が発射された瞬間、それを見ていたアークの周囲の地面や本が吹き飛んだ。
「む?」
次の瞬間には、アークの姿は剣士達の上空にあった。
「ふん!」
アークは剣を一閃。剣士達に向かっていた氷塊を、一太刀で切断。そのまま氷塊を剣士達の上空から吹き飛ばした。
「ほお!」
仮面の人物はそれに驚いた様子を見せた後、アークを興味深そうに見た。
「仲間達はやらせない!」
「そうか」
アークは仲間達を庇う位置に着地すると、仮面の人物にそう宣言した。
「みんな!」
リュミエールは慌てて仲間達に駆け寄った。
「慈愛の光よ、神の慈悲を彼の者達に与え給え《エリアヒール》」
そしてリュミエールが魔法の詠唱を再開し、杖を掲げて魔法名を唱えると、アークや剣士達のダメージが回復していった。
完全回復とまではいっていなかったが、これによってアーク達の大きな傷などは、軒並み治癒した。
「ふむ。多少は力を持っているようだな。なら、こちらももう少し力を見せるとしよう」
仮面の人物がそう言うと、仮面の人物の周囲にある本の半数がページを開いた。
「凍てつく世界よ、この地にあれ」
そして仮面の人物が両腕を広げると、仮面の人物を中心に青白い光が冷気をともなって周囲に広がっていった。
「「「なっ!」」」
「ひ、光よ、我らを守り給え!《ライトシールド》」
それを見たリュミエールは、慌てて自分達の正面に光の盾を展開した。
カッ!
「きゃあ!」「うわっ!」「きゃー!」
青白い光が光の盾にぶつかると、一瞬だけ強烈な光が発っせられた。
アーク達は思わず目をつむり、顔を背けて光が収まるのを待った。
「なんだこれ!」
「…綺麗」
光が収まり、次にアーク達が見たものは、光の盾の後ろにいた自分達の周囲以外のものが全て凍りついている光景だった。
大地は白く染まり、近くにあった木々なども、例外なくカチンコチンに凍りついている。
「咎人が墜ちる氷獄、コキュートスの顕現。この地の万物は、全て凍てつき死に絶える」
「なんだと!」
「さあ、お前達も凍りつくが良い」
仮面の人物がそう言った直後、白く染まった大地から無数の氷の茨が生えてきた。そして、アーク達に向かって一斉に襲い掛かった。
「くそっ!」
「行くぞ」
「おう!」
アーク、剣士、拳闘士の三人がその茨の迎撃にかかった。
「私達もいきますよ」
「はい!」
リュミエールと魔法使いの二人も、後方支援を開始した。
アークや剣士、拳闘士が茨を抑え、その茨を魔法使いが雷の魔法で破壊していく。リュミエールは光の盾で茨の一部を抑え、怪我をした仲間達を治癒魔法で癒す。
五人はこの役割分担で、氷の茨の群れに対処していった。
「ぐっ!」
しかし、その連携もそこまで長くは続かなかった。
氷の茨は何度砕かれても地面から再び生えてきて、いっこうに数が減ることはなかったからだ。
さらには周囲が氷に覆われているせいで、アーク達はまともに移動が出来ない。
もっと悪いのは、周囲の気温がどんどん下がってきており、アーク達の体温低下が著しいことである。
だんだんと体温が下がっていき、アーク達の手足がかちかんでいく。
アーク達一行は、完全にじり貧となっていた。
「もう終わりか?なら、ゆるりと凍死するか、すぐに終わるか選ぶと良い」
仮面の人物がそう言うと、今回は全ての本がそのページを一斉に開いた。




