65.アビスとの戦い4 矛と盾 誘いの靄
監視役の頭と合流した俺は、今度は複数の目で新種のアビス達の姿を見る。
まずはアビスアタッカー。アビスウォーカーの外見は、アビスウォーカーのコアを一回り大きくしたようなコアに、そこからアビスウォーカーのものよりも細い脚が倍近く伸びている。そしてそれを下半身にして、その一つ上の中間層からは、触手のようにうごめいている無数の銀色の布のような何かが周囲に向かって生えている。そして上半身は、無数の吸盤のようなものがついた、蛸足のように見えるものがびっしりと生えている。
これらを全体像でまとめて言葉にすると、蜘蛛脚の生えた、触手と蛸足のクリーチャーとなる。
触手と蛸足は、獲物を捕まえやすくする為だろうか?少なくも、アタッカーと言える程には攻撃的には見えない。まあ、何処ぞの邪神よろしく、視覚的、精神的なダメージは普通に発生しそうな見た目だが。
ちなみに俺はと言うと、アビスアタッカーの外見にとくに生理的嫌悪等を思うことはなかった。まあ、現在の自分の姿(無数の蛇・竜頭が伸びたヒュドラ)を考えると、アビスアタッカーを非難なんて出来ないからな。
次にアビスブロッカー。アビスブロッカーのコアもアビスアタッカーと同じくらいのサイズで、こちらは蜘蛛脚ではなく蟹のような甲殻類の脚が無数に生えている。その上の中間層からは、蟹やロブスターのような鋏と、貝の貝殻や蟹達甲殻類の殻と似た形状をした部位が、本体を守る盾のように周囲に伸びている。最後に上半身は、亀の甲羅のようなものを背負っていて、かなり強固そうに見えた。
こちらの全体像を言葉にするなら、甲殻類のモンスターとなるだろう。アビスアタッカーに比べると、わりと普通の見た目だ。生理的嫌悪なんて湧かないし、視覚的にも問題無い。というか、普通にモンスターでいそうな外見をしていた。
さて、そんな外見をした新種のアビス達だが、俺がこうして彼らを観察している今も、アビスポーン達のアビスコアを吸収し続けている。
また、それに合わせてなのかは知らないが、最初見た時は5mくらいだったアビスアタッカーとアビスブロッカーのサイズが、徐々に変化してきている。…いや、サイズが変化しているだけではないようだ。アビスアタッカーとアビスブロッカーの外見も、アビスコアを吸収するごとに変化しだしている。アビスアタッカーは、より攻撃的で悍ましく。アビスブロッカーは、より堅固で強靭になっているようだ。
これは早々に攻撃を仕掛けた方が良いか?
『それが良いと思います。わざわざアビス達のパワーアップを待つ必要はありませんから』
たしかにそうなんだが…。
『何か問題でも?』
せっかくだから、この状況を何かに利用出来ないかと思ってな。
『利用ですか?例えばどんな?』
そうだなぁ?……例えば、人類種達の片付けとかにかな?
『人類種達の片付けですか?あちらの相手をさせるとかではなくて?』
そう言うと彼女は、意識をルストとシュピーゲルの方に向けた。
俺としては、向こうと敵対するつもりはない。戦っても勝率が怪しいし、向こうはアビスのように攻撃的じゃないからな。
『性質等はそうかもしれませんが、私としてはどうにか対処してもらいたいです。それに、ニュクスとアステリアの宝玉は彼らの手の内にあります。なんとか回収しませんと』
それもそうなんだけどな。ルストとシュピーゲルに関しては、俺の知識と記憶に名前とかがあるんだよな。そのせいか、あの二体に関する俺の印象は、好悪で言えば好の方だ。だから、あまり害したくないんだよなぁ。
『そうなんですか。私としては貴方の意見を尊重したいのですが、私(この世界)の立場としては、それでも先程の言葉を繰り返さなければなりません』
それはそうだよな。
『ですが、一旦保留にすることは出来ます。貴方に迷いがあるのなら、この話しはまた後にしましょう』
ああ、そうしてくれるとありがたいな。
『…それでは話しを戻しましょう。アビスを人類種達の片付けに使うというのは、どういうことです?』
彼らアビスにも、人類種達に復讐する権利があるだろうと思ってな。
『復讐、ですか?』
ああ。今ここにいるアビス達も、元を辿れば人類種達のせいで今この世界にいるんだよな?
『そうですね。人類種達が生贄召喚を多用しているせいで、異世界と私(この世界)との境界線が薄くなって、アビス達のような異世界存在が私(この世界)の内部に迷い込んで来ています』
なら、俺達にとってはアビス達は加害者であっても、人類種達とセットで見た場合、アビス達は被害者だ。というか、俺達がアビスに襲われている元凶が人類種達であるいじょう、俺達が味方につくとしたら、それはアビスの側だ。ここでアビス達を倒しても、それは人類種達を利することにしかならない。あちら(人類種達)が勝手に招いた、侵略者兼捕食者兼放浪者を、こちらが勝手に対処する。あちら(人類種達)ばかりが向こう(人類種達)の知らないところで得をする。それは許せないし、赦されないし、赦されて良いわけがない。
『理屈ではそうですね。ですが、アビス達は私達の側である普通の動植物達からも、普通に生命力を奪います。だから私達が戦うことは、すでに決まっている未来ですよ』
それもわかっている。だが、俺の能力もかなりバリエーション豊かになっている。これを利用して、アビス達に方向性を与えられないだろうか?
『方向性、ですか?どんな方向性をアビス達に与えるというのです?』
決まっている。俺達の側の動植物達を襲わず、人類種達だけを襲うようにするんだ。
『…それが可能なのであれば、たしかに試してみる価値はあると思います。ですが、実際に可能なのでしょうか?』
俺的にはいけると思っている。とりあえず、少しでも良いからアビス達のヘイト値のコントロールが出来れば成功なんだ。
『人類種達を優先的に襲うように仕向けるってことですか?』
ああ、そうだ。向こうの被害が増えて、こちらの被害が減れば成功だ。
『…悪くないですね。とりあえず、一度試してみましょう』
ああ。
【連なる世界 連なる理 連なる現実】
お馴染みの開放序詞を謡う。
【通常スキル[魅了]を参照】
次に、発揮させる効果を自分のスキルの中より参照。今回は、まったく使っていなかった[魅了]をチョイスした。
【感染対象 アビス】
【感染方法 アビス同士の接触及び意思疎通】
【効果内容 人類種達への優先的な襲撃】
効果を発揮する相手、効果を広げる方法に、リライトがかかった場合にしてもらいたいことを術式に織り込む。
【我は求める、汝らの同道を。我は願う、汝らの救済を。我は祈る、汝らが故郷に帰れる日が訪れることを。そして我は謡う、汝らに向ける我が思いを】
そして俺は、その後に本来不要な文章をあえて術式に篭めた。
【リライト チャーム】
最後に俺は、リライトの終詞を謡い、アビス達に向かって新たなリライトを発動させた。
すると、今俺がいる場所を中心に楽譜が踊りだし、その楽譜はすぐにピンク色の靄に変わっていった。
やがてピンク色の靄は俺の傍を離れ、アビス達の周囲を満たし始めた。
それからしばらくの間、ピンク色の靄はアビス達の姿を覆い隠した。
それからしばらくして靄が晴れ、次に俺がアビス達の姿を見た時、アビス達は二者に分かれていた。




