62.アビスとの戦い
『……引き上げるか』
ルストとシュピーゲルと戦うのは論外。どちらもアビスと違って攻撃的ではないが、どちらも模倣系の能力を持っている。俺の能力をコピーされると、勝率はぐっと下がる。いや、俺の能力を全て模倣されれば、[エレメンタルの魔素炉]等の特殊能力もコピーされ、ルスト達はおおよそのことでは不死身となる。そうなれば、ルスト達を倒すのは事実上不可能だ。ルスト達単品なら初手でどうにか出来た可能性もあったはずだが、ルスト達はニュクス達を取り込んでいる。こちらがニュクス達を吹き飛ばすわけにはいかないいじょう、高火力攻撃を使うわけにもいかない。
……ぶっちゃけ詰んでるな。
ここはやはり、信徒達を保護したことを成果として、一度撤退することにしよう。ニュクス達の宝玉は正直惜しいが、わざわざリスクを犯す必要も無い。
宝玉は後で取り返せば良い。
…出来れば後日、ルスト達と交渉して、それでなんとかしたいところだな。
俺はそう結論を出し、撤退を実行しようとした。しかし、すぐにそのタイミングを見失うことになった。
「きゃあー!」
「うわー!」
「魔物!?魔物が攻めて来たぞぉ!?」
なぜなら、街の各所から悲鳴が上がりだしたからだ。ようやく人類種達が正気を取り戻したのかと周囲を見てみると、違った。城が見える位置にいた人類種達は、まだ茫然としたままだった。では何故かと思い、俺は視線を街の中から外の方に向けた。その結果、人類種達の悲鳴の理由はすぐに見つかった。
なんと、アビスウォーカーやアビスポーン達がもうこのトワラルの街中に攻め入っていたのだ。その為、人類種達とアビス達との戦いが、街の外よりの部分ですでに始まっていた。
アビス達は人類種達を襲いながら、俺達のいる辺りを目指すように進攻してきている。
それに対する人類種達は、そのアビス達を街の中心部に近づけないように戦っている。
だが、その街の中心部。領主の城跡には、ルストとシュピーゲルの二体がすでに陣取っている。いわゆる、前門の虎、後門の狼というやつである。
人類種達にとっては、行くも地獄、退くも地獄というわけだ。とりあえず、両者の戦場から距離をとっておこう。
俺はテレサ達の身体を操り、両者の直線上から横に退避させた。
そうして両者の戦いを脇で観戦してしばし、すでにその戦いは終わりを迎えようとしている。
もちろん勝者は、攻めて来ているアビス達の方だ。
それは当然のこと。アビス達には、この街の魔物避けの結界は効果を発揮しない。だから、アビス達は簡単にこの街に侵入出来る。そして、人類種達にとってはアビスはまったくの未知の相手。初見でどうにか出来るわけもない。それにアビスと人類種達とでは、単純にスペックに差が在りすぎた。
ちょろっと、両者のステータスを覗いてみたが、その差は最低でも十倍以上。
まともな防備も出来ていない人類種達には、その差を覆すことは不可能だ。
…いや、ひょっとすれば、人類種達に優秀な指揮官でもいれば、その差を覆すことは可能だったのかもしれない。だがそれは、最初の時点で潰えてしまった可能性でしかない。
なんせ、その優秀かもしれない指揮官がいたであろう領主の城は、アビス達が攻めて来る直前に、ルストとシュピーゲルの二体に潰されてしまったのだから。
アビス達にとってタイミングがよかったのか。あるいは…。
あるいは、ルストとシュピーゲルがアビスと組んでいるとか?
………それはないか。
俺は記憶にある情報を確認して、その可能性を頭の中から打ち消した。
『そろそろ来るか。おい、そろそろ正気に戻れ!』
そして、アビス達がこちらに向かって来るのを確認し、テレサ達に呼びかけた。
『「「「・・・はっ!」」」』
四人は少しの間俺の呼びかけに反応しなかったが、すぐに視線をあちこちさ迷わせだした。
『敵のご到着だ!潰すぞ!』
そんなテレサ達に俺がそう激を飛ばすと、テレサ達は慌ててそれぞれ自分達の武器を正面に構え、臨戦態勢をとった。
「て、敵ですか?いったいどんな?」
『あんなのだ』
俺はそう言うと、テレサ達デコイの頭をアビス達に向けさせた。
「なんです、あれ?」
『アビスという異世界存在だ。生命体の生命力を搾り取る為に襲いかかって来る、かなり危険な奴らだ。ちなみに生命力を搾り取られると、ああなる』
そう言って俺は、テレサ達にアビスに破れた人類種達の姿を見せた。
「「「うっ!」」」
テレサ達が見たものは、アビス達に生命力を残らず搾り取られ、空からに乾いてミイラのように成り果てた人類種達の姿だった。
「こ、これは…」
『アビスに負けるということは、ああなるということだ。まあ、デコイである貴女達には、関係の無いことではあるがな』
実際、ここにいるテレサ達は本体ではなく、俺が構築したデコイにすぎない。だから、テレサ達がああなることは事実上無い。
「そうなのですか?」
『ああ。今ここにいる貴女達の身体は、生命体ではなく俺が因果の糸で編み上げている人形にすぎないからな。貴女達の感覚上は生身でも、生命力とかは実装していない』
実装出来ないことはなかったが、敵地へ侵入する為だけのデコイで、そこまで再現する必要性はなかったのだ。
『…来たか』
俺とテレサがそんなことを話していると、アビス達がテレサ達の射程内に入ってきた。
『さて、どうするかな?』
以前のように、[冷気]や[重力]でも食らわせるか?
「なあ、俺達が戦っても良いか?」
アビス達を攻撃しようと思っていた俺に、フレイオンがそう聞いてきた。
『それは構わないが、戦いたいのか?』
「ああ。あいつらがどんだけ強いのか、実際に戦ってみたい!駄目か?」
『ふむ』
フレイオンはやる気満々のようだ。フレイオンの今のスペックを考えると、アビス達よりも強いのはたしか。少なくとも、アビスウォーカーやアビスポーンは余裕で相手が出来る。ならここは一つ、フレイオンに任せてみるのもありだろうな。だが、保険はかけておくにかぎるだろうな。
『シャヘルと一緒に戦うのなら良いぞ』
「よっしゃあー!シャヘル、手伝ってくれよ!」
「それは別に良いけど、あまり無茶はしないでよ」
「わかってるって!」
心配そうなシャヘルに、フレイオンは能天気気味にそう返事をした。
やはり、フレイオンを単独では行かせないでよかったようだ。少なくとも、おめつけ役がいれば多少は安心出来る感じになった。
『なら決まりだ。テレサはもしもの時のバックアップを頼む』
「わかりました。二人とも、あまり無茶はしないようにね」
「「は~い!」」
二人がそう返事した直後、フレイオンの姿がシャヘルの隣から一瞬の内に消えた。
「行くぞ!」
次にフレイオンの姿を見つけたのは、こちらに向かって来ているアビス達の群れの中心でだった。
『いつの間にあそこまで移動したんだ?』
「今の一瞬でですね。あの子の本来の能力なら、それはたやすいことです」
『本来の能力?』
「はい。空を高速で自由に駆ける能力です」
『空を高速で駆ける能力ねぇ。神獣由来の能力か?』
そう思った俺は、フレイオンとシャヘルを構成している因果の糸から、二人の情報を調べた。
『なるほど、そういうことか』
そして、因果の糸からの情報と鑑定を併用した結果、フレイオン達に混じっている神獣の能力を俺は理解した。




