60.リライト ポイズン
『というわけで、この街を滅ぼそうと思う』
ヘルへの祈りを終えた後、俺は彼女達に先程言った言葉の理由を説明した。
『おお!ついに人類種達の街を滅ぼすんですね!あれから二千年、これでようやく皆の恨みと無念を晴らせます!』
その説明を聞いた彼女は、そのことを殊の外喜んでいる。やはりかなり恨みと鬱憤が溜まっていたらしく、陽性のハイテンションになっている。
陰性でないだけマシだとは思うが、少しというか、わりと絡みづらい。
「…それではしかたがありませんね。ですが、この街を滅ぼす前に彼らと管理神様達を保護してくださいね」
『もちろんそのつもりだ』
ハイテンション気味の彼女にたいして、テレサの方は沈痛な顔をしている。
やはり彼女と違って、同じ人類種達がしていることに思うところがあるようだ。
まあ、わからないでもない心理ではある。が、彼女と街の連中はまったくの別物だ。
管理神達を奉じる巫女であるテレサと、邪神、悪神、まがい物の信仰神を崇める人類種達。
片方は彼女(この世界)に望まれ慈しまれている存在で、残るもう片方は彼女(この世界)からの根絶を望まれている存在。
片方が比べる対象にさえなっていない。
「それと…」
『それと?なんだ?』
「出来れば、囚われている信徒達以外の他の人達も保護してはもらえないでしょうか?」
『それは同情か?それとも、憐れみか?』
テレサの提案の理由を、俺はそう推察した。あるいは、俺がそう感じていたからかもしれないが。
「いえ、保護欲にあたると思います。ずっと自分の子供や孫達、孤児となった他人の子供達を育ててきましたから、同い年くらいの子供達をほおっておくことは、私には出来ません」
『そうか』
どうやらテレサの場合は、母性本能とシスターのような職業意識だか、グランドマザー的な意識が先の発言の理由のようだ。
女性的、巫女的、人間的にまともな発言だと思った。だが
『たしかに彼らの惨状には俺も同情や憐れみがある。しかし、彼らは管理神達の信徒ではない。信仰神達を崇める人類種達なのだ。俺には彼らを救う義務も義理もない。そして、それを彼女は赦さないだろう』
テレサがもしも俺の考える提案をしてくれるのなら、話しは別になるんだがな。
「でしたら、私の責任において彼らを改宗させてみせます」
テレサは俺の考えを見透かしたのか、俺が考えていたことを提案してきた。
『改宗か…。可能なのか?』
「子供達に教えを説くことは慣れていますし、彼らの状況が聞いた通りなのであれば、大人の人々も簡単に主旨替えしてくれると思います」
『まあ、その可能性は高いだろうな。封印されている管理神達はともかく、信仰神達ならどうにか出来たはずなのにあんな状況だからな。自分達を救ってくれない神(信仰神)を見限って、自分達を救ってくれる神(管理神)に主旨替えすることは、ある意味当然だろうしな。逆に見限らなかったら、洗脳とかを疑う話しだな』
これだけの状況になっても信仰神達を信じられる奴は、敬謙過ぎる信徒か、狂信者。マゾか洗脳されているか、何かのネジが壊れている奴らだけだろう。
「そうですね。では、貴方はそれで構いませんね?」
『俺はそれで奴らが改宗するならそれで良いぞ。見るからに悪人な奴を始末するのは良いが、見るからに不憫な相手を痛めつけるのは、さすがに良心が咎めるからな。だが、最終的な判断は彼女しだいだぞ?』
「そうですね。駄目でしょうか?」
俺を説得したテレサは、次に彼女に確認をした。
『……挽き肉にしてくれますか?』
『「「「えっ?」」」』
しかし、彼女の第一声はそんなアレな言葉だった。
『挽き肉にしてくれますかと聞いたのです。あのリサイクル不能のゴミ屑共を、挽き肉にしてくれるのかと!!』
それを聞いた全員が幻聴かと思っていたら、彼女は先程よりも大きな思念で俺達にそう聞いてきた。
どうやら今の挽き肉発言は、完全な本気のようだ。
「ええっと…」
さすがにテレサもこれへの返答には困ったようで、視線を少しの間さ迷わせた。
「…それはつまり、私にこの街の人々を手ずから挽き肉にしろ、と?」
『いいえ、別段貴女が手を汚す必要はありません。ですが、そうなる人類種達を放置出来るかという話しです。貴女が邪魔をするというのなら、その奴隷商に囚われている人々を受け入れることを、私は認めません』
「……わかり、ました。私達の世界よ、どうか人の社会に排除された者達を受け入れてください」
テレサは少し考えると、一つでも命を救える方を選択した。
そしてそれは、正しい判断だ。この街の住人達が彼らのような人々を生み出し、その存在を許容しているいじょう、この街の住人達が改宗する可能性は低い。いや、絶無と言えるだろう。また、例え改宗したとしても、倫理感に問題がありそうな連中である。
俺としても、そんな連中を身内に加えたくはなかった。
ゆえに、確実に救える人々を救う。だからテレサのこの選択が正しいと、俺は判断する。
『貴女の選択を私は認めます。それでは、早速この街を終わらせましょう。どのような終わらせ方にしますか?私としましては、出来れば先程言ったような挽き肉系か、文字通り地獄の業火に焼かれるような死に様を希望したいのですが』
『本当に恨みが深いなぁ。それで、オーダー(注文)は圧壊系と焼死系で良いのか?』
『系統は他でも良いですが、より苦しんでもらいたいです』
『恨み骨髄だな。なら毒で良いか?それなら種類と量を調整すれば、周囲の環境や生物に影響を与えず、人類種達だけを苦しめることが可能だと思うんだが』
『それでいきましょう。私としましても、他の生物を巻き込むのは本意ではありませんから』
『わかった』
攻撃方法を決めた俺は、早速毒の生成を始めた。
【連なる世界 連なる理 連なる現実】
まずはリライトの開放序詞を謡う。
【我が望みは指定した毒の生成 特殊能力に統合された[毒生成]のスキルを参照し、我の望む新たな毒を生成せよ】
次に、今は特殊能力に統合されている[毒生成]の機能をリライトの力で引っ張り出す。
【条件設定 効果対象 人類種】
まずは大前提となる毒を使う対象を指定する。
【条件設定 効果除外対象 管理神の信徒及び、指定した個別の人類種】
次に、その効果対象の中に例外を設定する。今回の場合は、管理神の信徒達。それと、信徒達と一緒に奴隷商に囚われている人々と、一応ここにいるテレサ達のデコイも効果対象から除外しておく。
【条件設定 効果除外対象識別方法 管理神の加護及び我の目視による指定】
そして、サーチの時のように対象を指定する為の条件も織り込む。今回は、管理神達の加護に加え、俺の目視による指定を加えた。あとは、……一応もう一つ除外対象を入れておくか。
【条件設定 効果除外対象追加 前世が管理神側だった者】
【条件設定 効果除外対象識別方法 毒の効能】
毒の効能を調整すれば、この条件も有効なはず。駄目でもともとではあるが、この街にニクス達みたいな転生神獣がいる可能性は零ではない。なら、一応この条件も必要になるはず。念には念をいれておくべきだろう。
【条件設定 効果時間・残留時間 無制限】
次に毒の効果がある時間と、その毒を物質として残るように設定する。人類種達に何かに利用される可能性を否定出来ないが、ここは選別を優先させる。
【条件設定 生成する毒の効果:1.触れた対象への軽度の痛み。2.接触時に前世の記憶を強制的に覚醒。3.効果除外対象以外には、継続的・段階的な痛み。4.スキル・魔法・薬草等による治療をされた時、痛みを倍増】
最後に毒の効果を設定。とりあえずは、彼女の希望である人類種達への罰として、身体への苦痛。俺の設定したことに対する前世の覚醒に、治療行為へのカウンター効果を設定。
これであとは、リライトの終詞を謡えば毒の出来上がりっと。
【リライト ポイズン】
俺が術式名を宣言すると、構築した術式が動きだした。テレサの周囲の楽譜が回転を始め、俺に向かって光の波が放たれた。光の波は、テレサのデコイの中に寄生している俺の身体に干渉してきて、俺の身体にある毒腺で俺の指定した毒の生成を始めた。




