55.デコイと街へ
『あれがそうなのか?』
『はい。あれがトワラルの街です』
「大きな街ですね」
「だよな!大きいよな、婆ちゃん!」
「そうですね、御祖母様!」
テレサに人材の斡旋を一度は頼んだが、結局それは無しになった。俺が彼女達の拠点であるダンジョンゴーレムを弄った結果、引っ越し作業なんかでテレサ達がてんやわんやになってしまったのだ。なので、テレサ達本体に俺を手伝ってもらうことは断念した。その代わり、テレサ達から因果の糸を拝借し、デコイを作成。そのデコイ達を連れて、俺達は現在トワラルの街に来ている。
俺達が今いるのは、トワラルの近くにある丘の上。そこに立つ人影は三つ。テレサ、フレイオン、シャヘルのデコイのものだ。俺も彼女もデコイやアバターで人形を作れたが、敵地に行く為にわざわざ作ることはしなかった。
ちなみに三人のデコイの外見だが、それぞれ調整を入れてあり、本体とは若干異なった容姿となっている。
まずテレサだが、外見年齢は二十代前半にまで若返らせている。これは荒事になった時の為に、テレサの姿を最盛期にした結果だ。もっとも、テレサ本体の方も現在は本来の年齢よりも若返っている。その理由は、俺の実験に関係しているわけだが、ここでは関係無いので割愛する。
次に髪は艶やかなプラチナで、肩を越すくらいにまで伸ばされている。瞳の色はアメジストを思わせる紫色で、容姿は穏やかな美人である。若返ったのだから当たり前だが、顔にも手にも今では皺一つ無く、綺麗な肌がそこにはあった。
服装はテレサが魂の管理神であるヘルの巫女であることを意識し、白をメインにした紫の刺し色を入れた修道女のような格好にしてある。装備している武器は、紫色の水晶がはまっている杖にしてある。
テレサの孫であるフレイオンの方は、今の見た目の年齢は十代後半。最初に見た十三、四の外見からは、二つ三つ大人にしてみた。戦闘に耐えられるように若返らせたテレサにたいして、フレイオンの方も戦闘に耐えられるように、ある程度身体が出来上がるまで成長させた結果がこれだ。
髪の色は燃えるような赤で、瞳の色は金色。本体の方の目は、神獣の細胞を移植された結果ルビーのような赤になっていたが、デコイの方の目は本来の色彩にしておいた。顔立ちは祖父母のものを色濃く受け継いでおり、やんちゃ系か元気系の美少年だ。
服装はこちらの世界のものではなく、俺の知識にあったシャツやズボンをはかせたその上に、こちらの世界の外套を纏わせている。装備している武器は、長めの片手剣。
…まあ、これを使うかどうかは、本人しだいだが…。
最後にシャヘルだが、こちらも見た目の年齢や服装はフレイオンと同じにしてある。髪の色は青みがかった銀色で、瞳の色は透き通るようなオーシャンブルー。こちらも本体の目の色はアイスブルーだったが、本来の目の色に変えている。
シャヘルの方も整った顔立ちをしていて、やんちゃ系のフレイオンにたいして、シャヘルは綺麗系の美少年となっている。装備している武器は、こちらもフレイオンと同じ長めの片手剣。
…まあ、シャヘルの方もこれを使うかはわからないが。なんせ、二人共神獣の能力持ちだ。わざわざ剣を使う必要性はなさそうだからな。
……やはり準備をしておくか。こういう前準備は、日々こつこつしておくものだからな。それに、俺の場合なら普通に因果律の関係で、ご都合主義となるかもしれない。仕込みはしておくべきだろうな。
「それでアストラルさん。こうして街に来たわけですけど、これからどういった行動をとるのですか?」
『まずは星と闇の宝玉の確保だな。デメテルと異世界人達は、いつぐらいにこの街に来るんだ?』
『現在の彼女達の移動手段と速度ですと、二週間は先ですね』
『そうか。なら、多少は時間をかけても構わないな』
俺はまず最初に、二つの宝玉を見つけることから始めることにした。自分の頭の一つを霧化させ、トワラルの街へと差し向けた。
バリィッ!
『うん?』
【結界耐性Level:1を獲得しました】
すると、トワラルの街にある外壁に触れた瞬間に何かに弾かれるような感覚を得た。俺がそれを疑問に思った直後、新たに耐性を獲得したことで、その感覚の理由を俺は理解した。
『結界か。なら、無理矢理突破すると人類種達に気づかれるか?』
『結界ですか?…ああ、それは魔物避けの結界ですね。人類種達の拠点には、たいてい魔物避けの結界が敷かれています。結界が無いと、魔物に簡単に攻め込まれてしまいますからね』
『まあ、魔物はいくらでもこの世界にいるんだから、備えがなければすぐに襲われるんだろうしな。それで、結界を突破したら、人類種達は気がつくのか?』
『結界を破壊したら、普通に気がつきますね。ですが、逆に言うと結界と接触した程度では、人類種達は貴方に気がつきませんよ。いえ、気がついてはいますが、日常的に反応がある為、わざわざ誰が。どんな魔物が結界に接触したかなんて、人類種達は調べたりしませんからね』
『そうか。ならひとまずは、敵に俺の存在を気づかれてはいないということだな』
『そうなりますね』
『ふむ』
そうなら、これからどうするかな?
あの結界をすり抜けることはそう難しくはない。[透過]で無視することは出来るし、おそらく[パラサイト]でテレサ達のデコイに潜んでいても、通過は可能だろう。問題は、その結界が障壁型か領域型かだな。
『なあ、その魔物避けの結界は、障壁型と領域型のどちらだ?』
『障壁型ですね。現在の人類種達の技術では、領域型を賄えるだけのエネルギーを安定供給出来ませんから』
『なるほど。それなら、あの障壁を越えれば中は安全ということだな』
『そうなります。障壁型は、あくまでもただの壁。領域型と違い、内側にまで効果が適応されることはありません』
『良し!それなら一度中に入ってしまえば、自由に行動出来るな』
『出来ますね。それでは早速街に入りますか?』
『そうするとしようか。テレサ』
「わかりました。フレイオン、シャヘル、行きましょう」
「「は~い!」」
孫達の返事を聞いた後、テレサは街に向かって歩きだした。
ううん?
『どうしました?』
いや、マップ上の反応がちょっと…。
テレサ達が移動している間、マップで周囲の情報を収集していると、いろいろな反応を見つけた。
魔物はともかく、結構な数のアビスの反応がトワラルの街の近くにあった。さらに、それに加えて魔物ともアビスとも違う反応がある。これはひょっとすると、アビス以外の異世界存在の可能性がある。
俺はそのことを彼女に伝えた。
『……たしかに何か居ますね。……こちらからは手出ししないでください。私達が優先するのは、宝玉の回収です。万が一にも、わけのわからない相手に宝玉を奪われるわけにはいきません』
わかった。貴女の方針がそれなら、俺もそれでいこう。
俺はすぐにアビス達のことを思考の隅に追いやった。
しかし、向こうから仕掛けてくる可能性や、アビス達を何かに利用出来るかもしれない。だから、頭の一つをそのことに関する思考に割くことにした。
まあ、すぐに考えつくことだと、敵同士で食い合わせる使い方が有効か?少なくとも、アビスは普通にこの世界の人類種達を襲うはず。アビスの脅威をコントロール出来るのなら、人類種達の掃除に使えるな。
俺はそんなことを考えつつ、頭の一つを情報収集に向かわせた。謎の相手を未知から既知に変える為に。




