50.問題の連鎖
『あまり聞かせたい話しではありませんが、一応詳細を説明しておきます』
説明するような詳細があるのか?
さっきの説明で、だいたいのことはわかったつもりなんだが?
『聞くだけお聞きください』
……わかった。
『まずは時系列順に話していきます』
そういうと彼女は、この世界に救世主が召喚されてからの歴史を語りだした。
『と、なって現在の状況になっています』
なるほど。
彼女の説明が終わり、俺は一度頷く。
そして、今彼女から聞いた話しをそれぞれの頭の中でまとめた。
まずは救世主の召喚。これはシステム的なもので、この時点では何の問題もなかった。しかし、管理神達が軒並み封印されていたことで、救世主自身が一気に問題となってしまった。
本来知らされるはずだった情報を教えられなかった救世主は、敵である人類種達に組した。
まあ、彼女から事情を詳しく聞いてみた結果、それも仕方がなかったという気が今はしなくもないが。
救世主は、召喚された時点では何の前情報を持ってはいなかったし、正しい情報を得る機会がなかった。だから救世主は、世界を旅しながら情報を集めていった。
彼女(この世界)としては困ったことに、救世主には翻訳の力がシステムの都合上与えられていた。そのせいで救世主は、この世界の人類種達と会話することが出来てしまった。
言葉が通じなければ、騙されることも、利用されることもなかっただろうに。
救世主は世界をあちこち放浪し、彼女が与えた称号に苦しむ人類種達を助けていった。
人としては正しい行動だが、救世主としてはペケだ。
そうして救世主が人助けをしていった結果、管理神達の直接の敵が救世主を利用することを思いついた。奴らは救世主に擦り寄り、言葉巧みに救世主を騙くらかした。
それによって救世主は結界を張ることを決め、そしてそれを実行に移した。すべては、苦しんでいる人類種達を救う為に。しかし、それが救世主、彼女(この世界)。そして、異世界や異世界人達の苦難の始まりとなってしまった。
救世主はこの世界全体に結界を張った。そして、自らを結界を維持する為の人柱とした。
結界を張ったこと。そして、自らを結界を維持する為の人柱にしたこと。
これらが今日まで続いている問題の前提条件だ。
救世主が消えた後、人類種達は称号のバッドステータスからは解放された。だが、彼女(この世界)はそれを黙って見ていたわけではなかった。彼女は称号による人類種達の弱体化を諦め、代わりに魔法やスキル群の方に介入をした。
人類種達や生体兵器達がすでに所有している能力群を剥奪することは出来なかったらしいが、獲得条件や効果の方には手を加えられる余地があったそうだ。
彼女はスキルや称号の獲得条件を、自分の裁量で許される範囲で改変していった。さすがに絶対にそれらを獲得出来なくするような条件設定にすることは無理だったらしいが、本来の条件から難易度を上げることは出来たそうだ。これによって、人類種達は新たな能力を得ることが難しくなり、簡単には強くなれなくなった。また、発動する効果についても、マイナス方向に威力調整を行い、そちらも成功した。
この話しを聞いた時、なんで管理神達が封印される前に調整をかけなかったのか疑問に思ったが、どうやらそれなりのリスクが発生するものだったらしい。彼女(この世界)としても、救世主の暴挙で事態がかなり悪化していなければ、絶対にやらなかったことだそうだ。
人類種達の弱体化には成功したわけだが、それで問題が解決したわけではなかった。人類種達は弱体化はしても、別段直接的に滅びに直面したわけではなかったからだ。また、新たな神々の助力により、人類種達が最低限の営みが可能になっていたのも、問題が解決しなかった理由の一つだろう。
なぜなら、そのせいで人類種達は文明をある程度維持出来た上、発展の余地が出てきてしまったのだから。それさえなければ、あるいは文明の退行で生贄召喚なんてものは生まれなかったかもしれない。
救世主が結界を張った後、人類種達はまがい物の神々とともに歴史を紡いでいった。しかし、時代が進むにつれて救世主の力は減っていき、結界の効力はだんだん減衰していった。
まがい物の神々はこれを人類種達に伝え、人類種達は結界を維持する為の研究を始めた。その研究の過程はここでは省略して、人類種達は最終的に異世界から救世主と同じ異世界人を誘拐する、生贄召喚の開発に成功した。
この生贄召喚方法の開発成功の影にも、管理神達の封印による不在の影響があった。本来、世界の境界は管理神達の管理下にあった。管理神達が健在であったのなら、生贄召喚など成功するはずはなかった。だが管理神達の不在により、異世界への召喚を防ぐ者が誰もいなかった。また、彼女(この世界)が継続してエマージェンシーモードだった為、異世界からの救援を受け入れる為に異世界との接続が簡単になっていたことも生贄召喚の成功に一役かっていた。
本来ならエマージェンシーモードは、彼女(この世界)が救われた時点で解除されるはずだった。しかし、救世主は彼女(この世界)を救わなかった。その上救世主は、結界の人柱となってまだこの世界に留まり続けている。そのせいで彼女(この世界)は、別の新しい救世主を召喚することも叶わず、今まで救われることはなかった。むしろ、生贄召喚が発動される度に事態は悪化の一途を辿っていた。異世界人が召喚されるごとにこの世界の境界は揺らいでいき、今では召喚されてもいないアビスのような存在もこの世界に出現しているようなありさまだ。アビス以外にもあれな異世界存在はこの世界にいろいろと渡り来ているらしく、この世界の生態系にも影響が出始めていると彼女は言っていた。
そして、それらのせいで生贄召喚の現在のありようが形成されてしまった。
その内容を彼女と自分の言葉(比喩含む)でまとめると、以下のようになる。
・まずは異世界(森)とこの世界(街)を連結(道を整備)する。次に、連結したヶ所(道)を通じて生贄となるべき異世界人(木)を選定し、その異世界人(木)を異世界(森)から召喚(伐採)する。
・召喚した異世界人(木)を騙し(加工)、都合の良い勇者(木材)等に仕立てあげる。
・次にその異世界人(木材)を成長(乾燥)させる。
召喚した異世界人(木材)を成長(乾燥)させることにより、結界の燃料にした時により長く結界を維持出来るようになる。
また、この成長の際に人類種達の問題(国同士の戦争や魔物の討伐)に利用することにより、人類種達はこの世界での生活圏をある程度確保している。
・そしてまた、異世界人達(木)にはこの世界に子供(種・苗木)を残すことが推奨されている。その為、この世界ではハーレム勇者等が過去に多数存在していたし、現在も存在している。もっとも、異世界人達が自分の子供を抱いた例など、数件しかないが…。
ちなみに人類種達がこれをする理由は、自分達の種族を高める為だ。彼女(この世界)に憎まれている人類種達は、年々種族単位で劣化してきている。この原因は、もちろん人類種達が彼女(この世界)に憎まれているせいでもあるが、本来人類種達を管理していた管理神達の不在が大きく影響している。
つまりは、種族としての形質を維持出来なくなってきているのだ。退化してきているとも言える。
だからこそ、呪われていない強い血が必要になってくるわけだ。もっとも、強い血を取り込んだとしても、彼女の憎しみからそう簡単に逃れることは出来ないし、血はすぐに薄まっていく。また、人類種達の中には異世界人の血を忌引する者達も少なくなかった。
だから異世界人達の血の使い方は、種族維持よりももう一つの方に比重を置かれている。それは、燃料の備蓄である。
万が一結界に何かあった時の為に、この世界の人類種達は異世界人の血脈(燃料)をストックしておいているのだ。
・最後に、用済みになった異世界人達は、結界(竃)に送(焼べ)られて、殺(燃料に)される。
この際に用いられる手段は、異世界人を送還すると騙して結界に送り込む方法が主流らしい。
誘拐し、騙し、利用し、最後には始末する。彼女が憎むとおり、この世界の人類種達は最低だ。




