41.呪術と共食い
『「・・・」』
俺が少し現実から目を逸らしていると、いつの間にかこの場にいる全員の視線が俺に集中していた。
い、いったいどうしたんだ?
俺はその集まる視線に、内心一歩後ろに下がった。
言葉の無い沈黙が、嫌なプレッシャーを俺にかけてくる。
『全員、今のが貴方の仕業だと気がついているからですよ』
えっ!なんで俺一択?
ほら、違うけど可能性としては、向こうの奴らの仕業かもしれないだろう?
俺はニクス達の方に、気持ち的な指を向けた。
『残念ながら、向こうは両者ともに互いに面識がありますから、そんな考えにはなりませんよ』
・・・ああ、そうだよな。
よくよく考えてみなくても、デーモンジェネラルもニクス達もこのダンジョンの住人。
今まで起きたことのない未知の現象が起これば、怪しいのは当然外から来た俺。
というか、怪しまない方がおかしいか。
『ですね。お互い、ある程度は相手の手の内を知っていますから』
だよな。なら、今からは開き直って攻めるとしよう。
『どうするんですか?』
こう、うん?
『あっ!』
俺が開き直って行動しようとした直前、デーモンジェネラルの方が先に動いた。
デーモンジェネラルの周囲に、また無数の魔法陣が大量に出現し、そこからまた大量のイービルアイ達が召喚された。
芸がないというか、相変わらずの物量押しでくるようだ。
そんなもの、先程の攻撃で無駄だとわかっているだろうに。また回避も出来ず、挽き肉になって終わる未来しか俺には見えなかった。
『防御を!』
えっ!?
だが、そんな俺の予想とは裏腹に、彼女から強い思念が俺の頭に発せられた。
俺はその理由がわからなかったが、とっさに全身を【霧化】させた上、それらを各方面に急いで拡散させた。
ぐっ!?
そして次の瞬間、【霧化】した俺の身体のあちこちに激痛が走った。
【呪術耐性Level:1を獲得しました】
また、そんなメッセージが頭の中で表示された。すると、今も継続的に身体のあちこちを襲ってくるダメージが、大分緩和された。
な、何だこれ?じゅ、呪術?
『はい。デーモンジェネラルの通常スキル、[呪術]です。効果は、敵の精神から肉体にフィードバックする形での、間接ダメージです』
か、間接ダメージ?
『はい。今発動しているのは藁人形タイプの呪術、【打撃通呪】です。効果は名前のとおり、相手の身体部位に釘で打たれたような痛みを与えます』
こ、この痛みはどうやったら治まるんだ!?
【霧化】していても発生する痛みに、俺はどうすれば良いのか混乱していた。
『耐性の能力Levelを急いで上げてください。それか、[魔素糸]を使って周囲の魔素を遮断してください。魔素の中継がなければ、[呪術]は呪いを貴方に届けられなくなります』
わかった。
俺は言われた通り、手持ちのEXPドロップを使って[呪術耐性]の能力Levelを、一気に最大まで引き上げた。
そうすると、今までの痛みが嘘のように引いていった。
はあ。
俺は痛みがほとんど無くなったのを感じ、一息ついた。
まさか【霧化】しているのにダメージを受けるとはな。
『まあ、普通は【霧化】していているのに痛みを感じることはありませんからね。なんせ、神経系も全て霧になっているんですから』
だよな。
しかし、なんで今までこれを使わなかったんだ?イービルアイ達よりも有効だろうに?
『そこはデーモンジェネラルの素体となった人間の嗜好の問題ではないですか?』
そうなのか?
『私はそうだと思いますよ』
そんなものか。
俺はひとまず、それで納得することにした。
げっ!
そして俺がデーモンジェネラルに意識を戻すと、嫌な光景が展開している最中だった。
なんとデーモンジェネラルの奴、召喚したイービルアイ達を片っ端から喰ってやがる!
『まずい、[共食い]です!』
共食い?
『同族を喰らって能力を嵩増しするドーピングスキルです!』
なんだと!
ゴゴゴゴゴ!!
俺が慌てて攻撃しようとした直後、デーモンジェネラルから今までにない瘴気とプレッシャーが放たれだした。
デーモンジェネラルの周囲に立ち込める、赤黒い瘴気のベール。空間を歪ませたように見せる程の威圧感。
明らかに最初よりも強くなってやがる。
『急いで止めてください!これ以上パワーアップされると、手がつけられなくなります!』
わかった!
俺は再び【糸】を全方位からイービルアイ達に向かわせた。
キーン!
しかしその攻撃は、イービルアイ達の前に出てきたデーモンジェネラルの剣の一薙ぎによって阻まれた。
くっ!なら先に、デーモンジェネラルの動きを封じるまでだ!
それを見た俺は、すぐに追撃を仕掛けた。今度は【糸】の数を増量して、デーモンジェネラル自体の動きを抑えにかかる。
キキィーン!!
デーモンジェネラルは今度は四腕全てを振るい、また俺の【糸】を退けた。
まあ当然というか、全ての【糸】をそれで防ぐことは出来なかったので、何体かのイービルアイ達を倒すことは出来た。
しかし、ドーピングでパワーアップしているせいか、イービルアイ達の召喚速度が向上していて、あっという間に倒した分のイービルアイ達を補充されてしまった。
いや、実際にはそれでは留まらなかった。
デーモンジェネラルが喰らっていた分も含め、さっきの数倍近くのイービルアイ達が呼び出され、新たに出現している。
パワーアップし過ぎだ!こうなったら、直接間接問わずやってやる!
俺は【糸】での排除を諦め、[コキュートス]等を発動させた。
この空間に無数の【氷】、【雨】、【霧】が発生し、それらがイービルアイ達に襲い掛かる。
これなら!げっ!?
環境系と質量系の攻撃なら俺は効くと思っていた。だが、その予想は見事に外れた。
デーモンジェネラルから闇色の波動が放たれ、それがイービルアイ達を包み込むように膜を形成すると、俺の【雨】や【霧】、【氷】はその膜に侵入を阻まれた。
結果、また俺の攻撃はデーモンジェネラル達に通じずに終わった。
何だアレ?
『[魔力障壁]です』
魔力障壁?
『はい。高密度の魔力を障壁として展開するスキルです。あれを破る為には、高出力の攻撃で一気に貫通するか、貴方の[透過]のようなスキルで、[魔力障壁]を無効化する必要があります』
間接的な攻撃は遮られる。しかし、対処方法がないわけではないということか。なら!
俺はヒュドラの頭を一斉にデーモンジェネラルに向けた。
そして、重力を絞り込んで一点突破攻撃を仕掛けた。
ヒュドラの口から空間を歪める程の高重力弾が一斉に発射され、次々と魔力障壁に命中していった。
それは一瞬魔力障壁と拮抗し、その直後には魔力障壁を擦り抜けるように魔力障壁の中に入り込んでいった。
そして重力弾は魔力障壁を張っていたデーモンジェネラルに命中。
デーモンジェネラルを中心に重力場が展開し、重力場に囚われたイービルアイ達を一気に押し潰して圧縮していった。
重力場が消えた後に残っていたのは、四腕の内の一本がかけたデーモンジェネラルの姿だけだった。
さすがはレベル100越え、あれでもまだ無事とはな。
『いえ、ドーピング前だったなら、半身を今の攻撃で潰せていましたよ』
そうか。
ただたんに、俺が本気を出すのが遅かっただけか。
『ですね』
ザシュッ!
うげ!また何かやり初めやがった。
デーモンジェネラルの奴、今度は新しく召喚したイービルアイ達を、剣で切り殺している。
何やっているんだあいつ!?
せっかく召喚した味方を減らすその行動が、俺には常軌を逸して見えた。




