28.老女の過去5
ニクスを元に戻したテレサは、次に自分が貰う研究区画に向かった。
そこにはすでに大量の子供達の姿があった。
テレサはニクスや子供を連れて、子供達に近づいて行った。
テレサは最初、プロジェクトメンバー達のこともあって恐がられると思っていたが、子供達は一斉にテレサ達に飛び付いて来て、泣き出してしまった。
テレサが子供達を落ち着かせて話しを聞いてみると、被験者達もすでに赤黒い靄に感染してしまって、おかしくなってしまっていることがわかった。
普通なら子供達を守ろうとするはずの子供達の両親は、自分の子供を認識出来なくなっている上、子供達そのものを意識しなくなっているらしい。
子供達が親に縋り付いても、まったく反応が返ってこないのだそうだ。
どうやら、子供を心配する保護者としての意識が狂わされているようだ。
そんな事情で、テレサ達はあっさり子供達に受け入れられた。
テレサがまず自分の研究区画で行ったことは、子供達を住まわせる孤児院を設立することだった。
これによりテレサは、子供達の面倒を見ながら自分の研究に打ち込めるようになった。
それからのテレサ達は、増えていく子供達と時を過ごした。
年々増えていく被験者達に混じっている、奴隷にされた子供達を片っ端から養育していっているわけである。
ちなみになぜ隣国が全て滅び、戦争もしていないのに被験者達が年々増えていっているかというと、テレサ達の国、とうとう自国民まで被験者にしだしたのだ。
現在は貧民街やスラム、戦争孤児や難民まで幅広く集めている始末だ。
もう完全に、頭のネジが飛んだヤバイ独裁国家のような様相だ。
はっきり言って、このままいくと狂った上層部と、生体兵器しかいない国になりそうだ。
まあ、それは良い。人類種が減る分には、彼女も喜ぶことだろう。
問題は、生体兵器が増産され続けていることだ。
この国、いったいいつまで軍備を増強し続けるつもりなんだ?
・・・いや、今でもこの施設が稼働しているんだ、今日までノンストップで続けてきたんだろう、な。
それから十数年。
テレサは子供達の養育と同時に、生体兵器の開発も行った。
テレサが生体兵器の研究を行った理由は、もしもの時に国を止められるようにする為だ。
テレサはヘルから力と共に、ある記憶も与えられていた。
その記憶とは、かつてあったヘル達と生体兵器達との戦いに関するものだ。
それによれば、生体兵器の完成体の能力は、この世界で最高位に位置する竜や精霊とタイマンが出来るほど。
テレサが見た光景では、山河が軽く吹き飛び、大地に巨大なクレーターが簡単に出来上がっていた。
そんなものが大量生産されれば、世界の破滅。
ヘルの巫女として、テレサはその事態をほおっておくわけにはいかなかった。
まあ、生体兵器の研究とは言っても、他のプロジェクトメンバーに比べれば、普通でクリーンだ。
テレサは魔物の生態調査の結果を基に、生体兵器としての魔物の培養を行っていた。
人間を生体兵器にするから死亡や精神錯乱、強化の限界などが存在するわけで、なら始めから生体兵器としての高スペックな魔物を生み出した方が良いということだ。
これなら用途に合わせた魔物が用意出来るし、死なせることに躊躇う必要がない。
テレサの研究は順調に進んだ。
養育した子供達が次々研究を手伝ってくれるようになり、役割分担をして作業効率が年々向上している。また、培養した魔物達もテレサの神気を感じ取っており、かなり従順だ。
その影には、彼女の介入があるのかもしれないが。
おかげでテレサの研究区画では、魔物の暴走事故などは皆無である。
その代わりというか、他の研究区画では年々プロジェクトメンバーの死亡事故が続発していた。
理由は簡単だ。
テレサと違って神の力もないのに、ニクスにした実験を繰り返し続けているからだ。
はっきり言って、かなり無謀である。
精神錯乱状態に陥った被験者達に、ボロ雑巾にされる事故が延々と続いているのだから。
さて、話しを少し研究から逸らしてみよう。
現在テレサは、この施設でずっと研究をしているわけだが、夫であるニクスといつも一緒である。
一時期行方不明になったせいか、テレサはニクスに再会してから研究以外の時間は、かなりべったり夫に張り付いている。
ぶっちゃけバカップルか万年新婚状態だ。
そんな甘々な記憶を見ていると、かなり胸やけがしてくる。
口から砂糖も吐きそうだ。
まあ、そんなわけで、夜の生活も当然充実している。その結果テレサは、毎年新しい子供を出産しており、実子がすでに十人を越えている。
そして、長子はそろそろお年頃なのである。
この施設で相手を捜すと、当然テレサ達が養育している子供達が相手になる。
幼なじみの、兄弟のように育った相手と恋仲になるパターンだ。
まあ、上の年齢の孤児達からして、思春期真っ盛り。
ラブラブなテレサとニクスを見ていれば、相手が欲しくなるものなのである。
そうなるとどうなるかというと、普通にベビーラッシュとなる。
外の世界はテレサの国の戦争、人狩りで、少子化状態。
その反面、テレサの研究区画では子沢山状態。
このままだと、年齢別の人口比率どころか、中と外の人口比率まで入れ代わりそうな有様だ。
この国、よく後数十年も残っているものだと思う。
さて、そんな平和な光景にも、不吉な影は忍び寄って来るものだ。
いや、今回の場合は、ろくでもない考えの奴が近場で発生しただけか。
テレサの研究区画でベビーラッシュが発生すると、それを知った他のプロジェクトメンバー達があることを思い付いた。
それは何かというと、大人を被験者にするから精神錯乱で被害を被るのだ。
ならば、赤子や生まれる前の胎児を被験者にすれば良い。
なんていう、アレな考えをだ。
それを思い付いたプロジェクトメンバー達の行動は早かった。
早速テレサの研究区画から、ベビーラッシュで生まれた赤ん坊をさらおうと行動を開始したのだ。
が、これは完全に失敗に終わる。
単純にテレサの研究区画のセキュリティレベルが高いというのもあったが、テレサの研究区画にはヘルの巫女であるテレサ。神獣の疑いがあるニクス。その二人の影響を受けている実子が十人近く居た。
その結果テレサの研究区画には神気が充満しており、赤ん坊をさらいに行ったプロジェクトメンバー達は、ことごとく正気に戻って、自分達の研究区画に戻って行った。
もっとも、正気に戻った端からすぐまた感染して来るので、行ったり来たりの完全なイタチごっこだったが。
しばらく行ったり来たりを繰り返したプロジェクトメンバー達は、テレサ達に手を出すのをやがて諦めた。
手近な現物を諦めた彼らは、今度はさらに手近な所でその代替を行った。
つまり、自分達の被験者達を交配させて、素材となる赤子を生み出すことにしたのだ。
幸いというべきか、彼らのもとには二十代以降の年代の大人達が揃っていた。
この時の彼らは意図していなかったが、この素材確保の為の行為が、生体強化実験部隊の強化した能力が遺伝するかどうかなどの、別の副次的な研究成果を彼らにもたらした。
ちなみに結果はというと、強化した能力は二割程遺伝した。
もっともそれは、被験者達の毒性に耐えられた赤子だけだったが。
具体的に言うと、百人中十人が無事に生まれ、残り九十人は妊娠六ヶ月にも満たない内に流産した。
人間の赤子がほとんど駄目だった彼らは、次に魔物の子供に目をつけた。
この世界にも、人間を孕ませるタイプのゴブリンやオークのような魔物が数種類存在していたのだ。だが、この試みも上手くはいかなかった。
魔物相手には奴隷の首輪は意味が無く、プロジェクトメンバー達は普通に魔物に襲われた。




