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27.老女の記憶4

「あなた。あなたは今何処にいるのです?」


終戦後しばらく経っても、テレサの夫は帰っては来なかった。

テレサは軍に問い合わせてみたが、所属が非正規部隊だった為、夫がどうなっているのかの情報は開示されなかった。

ただ、戦死したとは言われなかったので、テレサは夫が生きていると信じていた。


ただそうなると、テレサは嫌な想像を一つしてしまう。


「神よ、あの人は今も無事なのでしょうか?」

『・・・生きてはいる』


テレサの周囲には誰もいないのに、テレサは誰かの声を聞いた。

そしてテレサは、そのことにまったく驚いてはいなかった。


「本当ですか、ヘル様!」

『本当だ。だが、五体満足とは言い難い』



テレサは神に問い掛けをしていた。そして、テレサの問い掛けに答えは返ってきた。

テレサは神と会話しているのだろうか?

そしてその神は、封印されている管理神の一柱なのだろうか?


俺はそこを気にしつつ、テレサの記憶の続きを見た。



「やはり人体実験の被験者にされてしまったのですね」

『しかり。汝の夫は戦争で重傷を負い、かの忌まわしき施設に運び込まれた。あの施設には我の力が及ばぬが、ある程度の情報は入手出来る。それによれば、汝があの施設を離れている間に開発された、ある技術の被験者になったようだ』


テレサの嫌な想像は、見事に現実のものとなった。


「それはどういったものなのでしょうか?」

『魔物の能力を取り込む研究だ』

「魔物の能力を取り込む?」

『しかり。今までの奴らの研究は、魔物の血肉を移植し、人類種達の身体能力を向上させるものだった。しかし容量の関係で、汝がプロジェクトを離れている間に頭打ちとなった。だから奴らは、次に魔物の能力を取り込めないかと、そちら方面の研究をしだしたのだ』

「そんなことが可能なのですか!?」


テレサは自分が知らないうちに、プロジェクトがそんなことになっていることに驚いた。

そして、魔物の能力を取り込むことが可能なのか、自分の信仰する神に尋ねた。


『可能だ。実例もある』

「実例。そのような存在が?」

『汝は実物を見たことはあるまい。されど、話しだけは聞いたことがあるはず』

「私がですか?・・・いえ、申し訳ありませんが、そのような画期的な研究の実例などに心当たりは・・・」


記憶を探ってみたが、テレサには思い当たるものがなかった。


『いな。汝は知っておる。汝が居たあの忌まわしき施設。かの施設に封印されし生体兵器達こそが、件の実例なのだ』

「えっ!?」


テレサはプロジェクトの発足理由が実例なことに驚いた。

そして、プロジェクトが着実に進展していることに危機感を覚えた。

このまま研究が進んだ先には、かつて軍を壊滅に追い込んだ存在が、いくらでも生み出されていくという未来があるからだ。


今の国の方針なら、それが可能になれば、躊躇わずに使用される。

そうなれば、今回以上の戦火が各地で巻き起こることになる。


テレサの心に暗雲が立ち込めた。


『汝がそのことを案ずる必要は無い。今汝が気にするべきは、あの忌まわしき研究の餌食となっている夫の方であろう?』

「・・・そう、ですね。ヘル様、私の夫は今どのような状況になっているのですか?」

『先程告げた研究の被験者となり、現在は精神錯乱状態にある』

「精神錯乱状態?魔物の能力を移植する研究でですか?」

『しかり。肉体から精神へ、精神から魂へ。または魂から精神へ、精神から肉体へ、どちらにしろ影響がある。汝の夫の場合は、移植された魔物との相性が悪く、肉体から精神に負荷がかかった結果そうなっておる』

「そんな」

『されど安心せよ。幸い精神から魂までは異変は到達しておらん。適切な処置を採れば、汝の夫は十分正常な状態に戻せる』

「本当ですか!」

『我の巫女たる汝に、嘘など告げぬ。方法が適切ならば、確実を我が保証しよう』

「それでは、その方法というのは私に可能なのでしょうか?」

『我は不可能事を提案などせぬ。我が巫女よ、封じられし我。魂の管理神、ヘルの力を受け取るが良い』


ヘルが厳かにそう宣言すると、頭上からテレサに神々しい紫色の光が降り注ぐ。

紫色の光はテレサの身体に染み渡り、テレサの魂にヘルの力を宿せる。


『・我が・・巫女・・よ。汝・の心・の赴く・・ままに』


紫色の光を注ぎ終わると、ヘルの声は力尽きたように途絶えがちになっていった。


「感謝いたします我が神よ。待っていてあなた!」


やがてヘルの声が完全に途絶えると、テレサは最後にヘルに感謝の祈りを捧げ、子供を連れて夫のもとへ向かった。



ヘルは魂の管理神か。なら、ヘルの宝玉を回収しないとな。

場所はテレサが知っているか?

後でその辺りも確認しておくとしよう。



そこからの記憶は、テレサの奮闘記だった。

まずテレサは、今だに現役でプロジェクトに参加している恩師に連絡をとり、施設にいる夫を捜してくれるように頼んだ。


幸いなことに、恩師の感染具合は軽度だったらしく、その頼みを簡単に引き受けてくれた。


ただし交換条件として、テレサがプロジェクトに戻ってくることを望まれた。


すでに研究が新しい方面に移行していたが、それでもテレサの研究資料や成果が有益だったからだ。

この記憶に関連した記憶を覗いて見ると、それは表向きの理由だったらしい。

裏の理由は、感染したプロジェクトメンバー達よりも、信頼出来る人間が欲しかったらしい。


やはり感染した人間でも、その軽重で思考の狂いに差があるようだ。


テレサはこの交換条件に応じた。

ただし、テレサはいくつかの条件を提示した。


まずは研究資料や成果の提供には応じる。ただし、テレサ自身は人体実験には参加しない。


次に夫の管理は自分に任せてもらいたい。

この条件を聞いた恩師は、テレサが夫の状況を知らないから、被験者となった夫の身柄を要求しているのだと考えたようだった。


実際のところは、テレサは夫を元に戻せるから要求していたのだが。


次に、施設でテレサ個人の研究区画を設けてもらいたいこと。

もちろん、そこでの研究成果も提供する。

最後に、人体実験の被験者達の内、若年層。赤ん坊、幼児、十代の少年少女達を自分の管轄にしてもらいたいということ。子供を持つ母親のテレサとしては、子供達を人体実験の犠牲者にしたくはなかったのだ。


この最後の要求については、恩師の方からお願いしてきた。

子供は人体実験の被験者としては扱いずらく、狂ったプロジェクトメンバー達も四苦八苦していたからだ。


こうしてテレサは、全ての交換条件を呑ませてプロジェクトに復帰した。



プロジェクトに復帰したテレサがまず行ったのは、精神錯乱状態の夫を元に戻すことだった。


再会したテレサの夫は、精神錯乱状態の影響ですっかり変わり果てていた。

その表情からは理性を感じられず、絶えず唸り声まで上げている始末。

首には奴隷の首輪がしっかり嵌められ、四肢は鎖で幾重にも拘束されていた。


まずテレサはヘルから与えられた力で夫の魂を掴んだ。

すると、唸り声を上げていたテレサの夫が急におとなしくなった。

次にテレサは、その掴んだ夫の魂にヘルから与えられた神力を注ぎ込んだ。

魂に注ぎ込んだ神力は、やがて精神の方に流れ込みだす。

しばらく神力を注ぎ込み続けると、テレサの夫の精神は徐々に正常化し、最終的には健全な状態になった。

テレサの夫は完全にまともな状態に戻ったのだ。


ただ、この時テレサの夫の魂に変化が現れた。


テレサは魂を掴むことは出来ても、魂の姿は認識出来ていないようだったが、俺にはバッチリ見えた。


テレサの夫の魂が、人型から赤や青の炎が揺らめいているような鳥型の姿になっていくのを。

そして、その正体に俺は心当たりがある。

まず間違いなく、この鳥型は神獣だ。

現在上で待たせているアリアンロッドと同じ気配がするから、この予想が外れている可能性はない。


俺はこれからは、テレサの夫の方も気にかけることにした。


魂の管理神ヘルの巫女たるテレサ。

神獣の魂を宿したテレサの夫、ニクス。


この二人は俺や彼女の仲間になりえるのだから。


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