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26.老女の過去3

それからしばらくの記憶は、ダイジェストで流し見した。


テレサが参加してから数年分の研究の結果としては、弱い毒による強化は元の三割までが限界。

それ以上強化しようとすると、軒並み許容量をオーバーして被験者達は死亡した。


だがそれでも以前よりかは確実に強化出来るようになった分、被験者達の生存率はぐっと上昇した。

が、それは被験者達にとって都合の良い話。

国の目的は、ただ人間を死なせずに強化することではない。

人間をたかが三割強化した程度では、封印されている魔物や生体兵器相手には心許ない。

そうなると、より一層の強化が望まれるようになる。


テレサ達プロジェクトメンバーは、さらなる強化を模索することになった。


テレサはさらなる魔物達の生態調査に勤しみ、新たな魔物達の生態を国に報告していった。

その結果、魔物には属性というものがあることが判明した。

そしてこの属性の判明が、このプロジェクトをまた一歩進めることとなった。


被験者である人間の側にも僅かだがこの属性というものを持つ者がおり、同じ属性の魔物の血肉なら、通常よりも多く取り込んでも生き残れる上、より強化が出来ることが明らかになった。

また、違う属性の魔物の血肉を使用した場合、死亡率が上昇傾向にあることがわかった。


この時点からプロジェクトは、より同じ属性の被験者と魔物達の血肉を組み合わせていくようになった。


そしてその結果、被験者達の強化率は三割から四、五割にまで向上した。



その時点から数年の月日が流れ、一つの分岐点が発生した。


テレサ達の国に隣国が攻めて来たのだ。

この時はまだテレサは知らなかったが、隣国が攻めて来た理由は、テレサ達の国が行っている極秘プロジェクトの切れ端を掴まれたからだった。


押し寄せて来る隣国の軍に対し、軍事力が落ちていたテレサ達の国の上層部は、強化した死刑囚達をぶつけることを決定。

この時をもって、テレサ達の国に非正規の生体強化実験部隊が組織された。


そして初期の戦いでは、この部隊は数の不利を覆し、隣国の軍と戦力を拮抗させてみせた。


このことにより国の上層部は、生体強化実験部隊の戦争での有用性について認識した。


それから数年の間、テレサ達の国は隣国との戦争を続け、その間プロジェクトの目的は徐々に変化した。


魔物や生体兵器達と戦う為ではなく、隣国に打ち勝つことに。


それは戦火が拡大するに応じて、より強くプロジェクトに反映されることになった。


戦争の中盤になる頃には、プロジェクトで行われる人体実験は被験者達の生存率を度外視して、多くの死者を生み出した。

そうなるとさすがに被験者である死刑囚達も足りなくなってきて、国の上層部は被験者の対象を死刑囚達から広げた。

死刑囚の一つ下の重犯罪者。

非正規部隊である生体強化実験部隊が戦争で戦った、敵兵士達。

国の上層部はかの部隊が非正規なのを良いことに、敵兵士達を捕虜としては扱わず、死亡したことにして施設に送り、次々と人体実験で消費させていった。


そして敵兵士達に対しては、自国民よりもさらに苛烈な人体実験が繰り返された。


この時の人体実験の過程を経て、人間に魔物の血肉を注射するだけではなく、魔物の一部を人間の四肢などに移植される研究が為されるようになった。


原因は、被験者となった敵兵士達の中に戦いで部位欠損をした者が含まれていたことや、軍の人数が隣国よりも少ないテレサ達の国が、戦い続ける為に必要だったからだ。


この時をもって、さらに一つの非正規部隊がテレサ達の国に設立された。


魔物の肉を移植され、異形の身になった敵国兵士達で構成された奴隷部隊だ。


奴隷部隊は故郷の国に投入され、いくつもの村や町が蹂躙されていった。

そして、その襲撃から生き残った国民や兵士らは捕らえられ、また新たな人体実験の被験者にされていった。


こいして奴隷部隊の人員は随時補充されていき、さながら吸血鬼やゾンビのごとくその数を増やしながら、敵国に被害を与え続けた。


この奴隷部隊の投入を契機に、一気に戦況はテレサ達の国が優先となった。


最終的にはテレサ達の国が攻めて来た隣国を攻め滅ぼし、この戦争は幕を閉じた。


戦争が終わるまでに消費された人体実験の被験者の数は、一万人を超えた。



テレサがその事実を知ったのは、戦争が終わってからだった。



戦争が終わってから五年。

表向きは戦後の復興に務め、テレサ達の国は平穏な雰囲気を装った。

だがその間も、テレサ達のプロジェクトは前進を続けていた。


戦争で一度外れたたがは戻らず、被験者達の生存率を気にしない、悲惨な人体実験が繰り返された。


戦争中も外回りだったテレサは、終戦してから再び施設を訪れてみて、プロジェクトのこの変質に息を呑むことになった。


テレサは恩師達にこんなことはやめるように説得したが、誰ひとりとしてテレサの説得に耳を貸す者はいなかった。


それも当然のことだ。

もうこの頃には、テレサの知っている彼らは存在していなかったのだから。


俺から見たテレサの記憶の中の彼らは、すでに赤黒い靄に埋没しているように見え、もういろいろと手遅れなことがわかった。


テレサはしばらくの間彼らの説得を続けたが、やがて説得を諦めざるをえなくなった。


そしてテレサは、ここで一旦プロジェクトから離脱した。


機密保持の為にテレサには監視がつけられたが、テレサはそれを容認した。


テレサも黙ってプロジェクトから解放されるとは思っていなかったからだ。


プロジェクトを離れたテレサは、その後も魔物の生態調査を続けた。

もともとのライフワークなのだから、これはある意味当然のことだろう。


それから一年が経ち、テレサは結婚した。

相手は、プロジェクト参加当初から一緒に魔物の生態調査をしていた、護衛の一人だ。

ちなみに、プロジェクト離脱後のテレサの監視役でもあった。


テレサは結婚を気に魔物の生態調査を一旦止め、家で夫の帰りを待ちながら今まで集めてきたデータのまとめを始めた。

しばらくテレサは穏やかな日常を過ごし、やがて夫との間に子宝も授かった。


順風満帆、テレサは自分の好きな研究と、育児にせいをだした。


けれど、その日々も長くは続かなかった。

生まれた子供が二歳になる頃、再びテレサ達の国が戦争を開始したのだ。

今回はテレサ達の国は攻められる側ではなく、仕掛けた側だった。


テレサは知らなかったが、俺はこの戦争の理由が容易に想像出来た。

おそらくこれは、あの施設のプロジェクトメンバーを通じ、赤黒い靄が国の上層部に感染した結果だ。

感染した人々の人間性や倫理感は狂い、より多くの血や負の感情に惹かれる。


何故かテレサやその夫、子供にはまったく感染しないようだったが、それでも確実に赤黒い靄はテレサ達の周囲に近づいて来ていた。


やがてテレサの夫に出兵の命令が下り、テレサの夫は最前戦に向かって出兵していった。


テレサの夫は、プロジェクトの内容を知る者の一人として、かつての生体強化実験部隊や奴隷部隊、新たな創設されていた非正規部隊と共に戦地に向かった。



八年近くの間人体実験を繰り返して戦備を整えていたテレサの国は、瞬く間に戦争を仕掛けた隣国を滅ぼし、生き残った国民達をまた次々と人体実験の被験者にしていった。


その勢いは留まることを知らず、テレサ達の国は全ての隣国を攻め滅ぼしていった。

最終的には全ての隣国が滅び、全ての相手国民がテレサ達の国の人体実験の餌食となった。


テレサ達の国は滅ぼした隣国の国土を吸収し、小国から一気に大国へとのし上がった。


もっとも、ほとんどの相手国民達があの施設行きになった為、国民は増えずにゴーストタウンがテレサの国の周辺一帯に広がっているのが実際のところだが。



やがてこの戦争は完全に終結した。


しかし、テレサの夫は終戦後戻っては来なかった。



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