25.老女の過去2
「魔物や生体兵器が封印されていることが、このようなことをする理由なのですか!?」
テレサは、魔物の細胞を注射されて死んだ者達を見て、そう叫ばずにはいられなかった。
「そうです」
「いったい、どうして?」
「封印はあくまでも封印だからです。いつかは解けてしまいます。そして、その時にまた軍に多大な犠牲を出して封印するのは、国としては避けたい事態です」
「それは、そうですね」
「ですが、今の我が国の実力では、封印を維持し続けるのも、犠牲を出さずに封印された魔物達を再封印。倒すことは無理です。ならばどうすれば良いのか?その答えがあれです」
そう言って恩師は、息絶えた犠牲者達を見つめた。
「あれ・・・。先生、申し訳ありませんが、やはり私にはどうしてそれが人体実験に繋がるのか、わかりかねます」
「目には目を、歯には歯を。私達が対処出来ない敵には、同じような魔物や生体兵器達を当てるべきだという話しです。幸いこの施設には、封印された魔物や生体兵器についての資料が、ある程度残されていましたから、それなりの勝算はあります」
「・・・」
勝算があるのだとしても、人体実験は犯罪だとテレサは思った。
しかし、本当に軍の再編理由がこの施設にあるのだとすれば、そんな人道的なことを言っていられないことも、テレサは理解してしまった。
「あの、先生」
「なんですか、テレサくん?」
「他国に協力を仰ぐという選択肢はなかったのですか?」
「むろん、そういう意見もありましたよ。ですが現在、我が国の軍は弱体化している上、この案件には生体兵器などというとんでもない古代遺産の現物が存在しています。とてもではないですが、他国に干渉させるわけにはいかないという結論になりました」
「そうですか」
たしかに軍が弱体化しているいじょう、他国相手に対等な交渉は難しい。
それに、たとえ交渉が対等なものでまとまったとしても、生体兵器の存在を知った他国が、良からぬことを考えない保証もない。
自国で内々に対処しようとするのは、無理からぬ話しだと、テレサは渋々納得した。
「さて、テレサくんも一応このプロジェクトのことを納得してくれたようですし、そろそろ本題に入りましょうか」
「本題、ですか?」
「そうです。私が君に、プロジェクトに参加してもらいたいと頼んだ理由です」
「それはどういうことでしょう、先生?」
もう現在の時点で騙されて来ているが、まだ何かあるのだろうか?
「まずはこれを見てください」
テレサは先程と別の資料を渡された。
テレサは恩師に言われるままに、その資料に目を通す。
「これは!」
テレサが見た資料には、国がプロジェクトを初めてからの人体実験の結果が記されていた。
しかし、死亡数が二百を越えているのに対して、生存者は僅かに一人。
しかも、その生存者は生きてはいるが、身体に変異を起こしていた。
成功か失敗でいうなら、成功はゼロだと言える。
「現在の私達のプロジェクトは、ご覧のとおりです」
「先程の資料違いすぎませんか?それと、この施設にある資料を入手していたのでわ?」
「ええ。ですがしかたないのです。私達の手元にある資料は、先程見せたデータと、その他は飛び飛びの資料しかないのです」
「どういうことですか?」
「我が国の軍が発見した資料は、資料庫のような場所にまとめて保管されていたわけではないのです。それぞれがバラバラの状態でこの施設のあちこちに散らばっていたのです。それを軍が集めてくれたのですが、魔物や生体兵器を封印した区画や、元々隔壁が降ろされている場所もあり、侵入出来ない場所があちこちにあるのです。おそらく抜けている資料は、その未踏空間にあると、私達は考えています」
「なるほど、そういうことですか」
資料があるのに人体実験で死者が多発していたのは、資料が不完全だったからだったんですね。
「そこで話しはテレサくんのことになります?」
「はい?」
「資料が欠落しているいじょう、そこをどうにかして穴埋めしなければなりません」
「そうですね」
「しかし、それは容易なことではありません」
「それは当たり前だと思います。暗号とかではないのですから、解けることが前提にありません」
「その通りです。ですが、足りない情報の一部は、前後の資料から類推することが出来ます。そして、その足りない情報の一つは、生体兵器の材料となる魔物の情報です。魔物の討伐方法などの情報は、国の書庫にそれなりに記録があります。ですが、生態や性質などについては、情報不足の感がいさめません。討伐する為に必要なことは記録されているのですが、それ以外の部分についてはおざなりで、ほとんど白紙の状態です。まあ、それもしかたがないのでしょう。魔物の血肉は毒でしかなく、私達もこの資料を入手するまでは、利用出来ることはないと思っていましたから」
「それはしかたがありません。魔物の血肉が毒で、利用方法が無いのは常識なんですから」
「それもそうなのですがね。とまあ、そういうわけで、テレサくんの研究資料や知識を貸してもらいたいと思い、こうしてテレサくんをプロジェクトに参加してもらったわけです」
「そういうことですか。ちなみに拒否権はありませんよね?もう私は、これを見てしまいましたから」
「残念ながらそうだ。騙す形になったことは申し訳なく思う。だが今の犠牲と、未来の被害を防ぐ為には、必要なことなのだ」
「・・・わかりました」
こうしてテレサは、本当の意味でプロジェクトへの参加を了承した。
それからテレサは、手持ちの資料をプロジェクトに提出し、本人も魔物の情報集めを開始した。
テレサは軍から派遣された数名を共とし、国のあちこちで魔物の生態調査を行った。
そして、毒性の弱い魔物の情報などを施設に次々送った。
施設はテレサからの情報をもとに、生体兵器の研究を進めていった。
それにより、被験者達の生存率は、かなり向上した。
もっとも、生存率は上がったが、生体兵器としては駄目なことが多かったが。
ちなみに被験者達の正体は、テレサ達の国の重犯罪者の死刑囚達であった。
死刑が執行される人間達を、死亡率の高いこの人体実験に利用していたのだ。
この時点では、テレサはこのことで多少なりとも罪悪感を緩和していた。
記憶の閲覧を、一気に進める。
テレサがプロジェクトに参加してから一年が経つ頃には、多少の成功例も出るようになっていた。
身体能力が、一割から二割程向上した者達が現れ出したのだ。
これは毒性の弱い魔物を材料にしたことにより、その毒性に打ち勝つ者が現れたからだとプロジェクトメンバー達は考えていた。
また理由はともかく、効果があることがわかった国は、さらにプロジェクトに予算を割きだした。
目標は、封印した魔物や生体兵器達と戦える兵士の誕生。
そこまでいかなくとも、国に何かしらの利益をもたらしてくれることを、国の上層部は見越していた。
この頃はまだ真ともだった。
テレサがこの頃を思い出した時、そんなことを思っていた。
だが、この頃からすでに歯車は狂いだしていたのだ。
やはり、一度人体実験にGOサインが出されてしまうと、歯止めが効かなくなるものらしい。
少しずつ、けれど確実に、人体実験への抵抗感や拒否感、許される行動の敷居が下がっていった。
それは月日が流れると共に、また人体実験の成果が出る毎に、国やプロジェクトメンバー達にほとんど違和感をもたらすことなく、ゆっくりと確実に彼らを浸蝕していった。
それはある意味病に冒されたようであり、あるいはただ倫理感が壊れただけなのかもしれない。
テレサが気がついた時には、全てが遅すぎた。
次の数年で、プロジェクトはさらに加速した。
テレサにはこの時見えていなかったようだが、俺にははっきりと見えた。
テレサ以外のメンバーを薄く包む、赤黒い靄の存在を。
そしてそれが何か、俺は本能的に理解していた。
なぜなら、俺もそれを扱えるからだ。




