24.老女の過去
俺は寄生した老女の頭にアクセスし、老女の記憶を覗き込む。
この老女の名前は、テレサ=ピースレイというようだ。
俺は、彼女がこの施設で何をしてきたのかを記憶を閲覧して確認する。
「先生、ご用とはなんでしょうか?」
この施設と関わる最初の記憶を探してみると、彼女が十代後半くらいの容姿の時のが見つかった。
「ああ、呼びたててすまないなテレサくん」
記憶の中の彼女は、恩師である教師に呼ばれて、その教師の部屋に来たところのようだ。
「いえ。それでお話というのはなんでしょう?」
「まあ、そんなに慌てないでくれたまえ。話しというのはだな、君の進路についてだ」
「私の進路ですか?」
「そうだ。テレサくん、君は魔物や動植物の生態研究を希望していただろう?」
「はい。魔物の進化や動植物の生態はとても興味深くて、学園を卒業したらぜひ直接調べに行きたいと思っています」
「そんな君に朗報だ。今私はあるプロジェクトを国から任されているのだが、そのプロジェクトにぜひ参加してもらいたいのだ」
「国営のプロジェクトですか?私のような若輩には、荷が重いと思うのですが?」
「いやいや、君は間違いなく適任者だよ。このプロジェクトには、魔物や生物の詳しい知識が必須でね。こないだ提出してくれた君の卒業論文を読ませてもらったが、あれだけの専門知識があればすぐにでもプロジェクトの主要メンバーになれるよ!」
「そんな大袈裟ですよ先生。ですが、そこまで褒めてくださるのは素直に嬉しいです。それで先生、そのプロジェクトとというのは、どういったものなのですか?ある程度話しを聞かないと、請けるとも請けないとも言えないのですが」
「ふむ、そうだね。だがあいにくと、これは極秘のプロジェクトで、詳細な内容は参加メンバーにしか教えられないんだ」
「国営の極秘プロジェクト・・・」
テレサは、その重大性に息を呑んだ。
「しかし、概要なら説明出来る」
「それでお願いします」
「わかった。といっても、簡単にまとめてしまうと、魔物達を研究して我々の国の為に役立てようというプロジェクトだ。もちろん機密にすることからわかるように、国家予算をかけて国全体で取り組むものだ。その為規模や手出しが出来る範囲は、個人では不可能な領域だがね」
「魔物達の研究。それで私を誘ってくださったんですね」
「ああ。どうか請けてもらえないだろうか?」
「・・・わかりました。そのお話、お受けいたします」
「おお!そうか。いや、良かった良かった」
こうしてテレサのプロジェクト参加は決まった。
ただ、この時のテレサは、恩師の言葉をそのまま信じていて、実際のプロジェクトの正体には、まったく気がついていなかった。
この時のテレサの感情は、期待に応えたいというものだった。
しかし、この時を思い返した記憶では、後悔という感情が溢れていた。
さて途中にある記憶を飛ばし、次はテレサが初めてこの施設に来た時の記憶を覗き込む。
「せ、先生、これは、いったい?」
テレサが恩師に連れられ、初めてこの施設に来て目にしたものは、奴隷の首輪をつけられた人々が、壁や床に鉄の拘束具で張り付けにされている様子だった。
「ああ!気にすることはない。彼らはプロジェクトの被験体達だ」
「被験体?」
「嫌だ!やめろ!やめてくれぇ~!!」
テレサが恩師の言葉をはかりかねていると、張り付けにされている人々の方から次々に悲鳴が上がった。
テレサが何事かと慌ててそちらを見ると、先生がプロジェクトメンバーだと説明していた者達が、被験体と呼ばれていた人々に何かを注射しているところだった。
「あれはいったい何をして?」
テレサが疑問を覚える中、異変はすぐに起こった。
注射された人々の肌が変色しだしたのだ。
そして、その肌の変色が注射された箇所から全身に広がっていくにつれ、ある者は絶叫を上げてすぐに事切れ、ある者は身体の一部が人とは違うものに変わっていき、やがて事切れた。
そのまま阿鼻叫喚の地獄絵図は続き、最終的には注射された全ての人々が息絶えた。
「い、いったい何が!せ、先生!いったい彼らに何をしたんです!?」
テレサはその光景に恐怖し、この状況を冷めた目で見ていた恩師に詰め寄った。
「なに、魔物の細胞を注射しただけですよ、テレサくん」
「魔物の細胞を注射って・・・。何を考えているんですか先生!そんなことをすれば、彼らが死ぬのは当たり前ではないですか!魔物の血肉は毒なんですよ!」
テレサは恩師の言葉が信じられなかった。
魔物の血肉が毒なのは、幼い子供でも知っているような常識だ。
「テレサくん。たしかに魔物の細胞は毒です。ですが、ある手順を踏めば、毒を力に変えられるのですよ」
恩師はそう言うと、分厚い紙の束をテレサに手渡した。
「・・・これは!先生、こんなデータをいったいどこから!?」
渡された紙の内容をパラパラとめくって確認したテレサは、そこに書かれていた内容に驚愕した。
そこに書かれていたのは、人間をベースに魔物を融合させた、生体兵器についてだったからだ。
テレサはその内容が信じられなかったし、また信じたくなかった。
だが、紙に書かれていた内容には、それなりの整合性が見てとれた。
少なくともこの資料には、ある程度実際に実験をしたデータが記されていることに間違いなさそうだった。
「今から数年前に、この施設とともに発見されたものです」
「この施設ととともに?この施設は、国か先生達が用意したものなのではないのですか?」
「違います。今から数年前、我が国のある領地で古い遺跡が発見されました。我が国は調査団を派遣し、その遺跡の調査を行いある程度の古代遺産を入手しました。そしてその古代遺産の中に、この施設に転移する為の魔法陣があったのです。もちろん最初はただの偶然でした。いや、事故といった方が正しいでしょう」
「事故?」
「そうです。当時正体不明だったその魔法陣の効果を調べていた際に、偶発的に魔法陣が起動してしまい、魔法陣を調べていたメンバー数人がこの施設に転移してしまったのです」
「その時に先程の資料が発見されたのですね」
「違います」
「えっ!?」
テレサは否定されたことに驚いた。
「その時に発見されたのは、当時この施設にまだ生き残っていた魔物や生体兵器達です。そして、魔物達と交戦することになってしまった転移してしまった者達は、一人を残して全滅しました。しかし、生き残った者の証言からこの施設のことが国に報告されました。国はすぐに討伐の為に軍を派遣。魔物や生体兵器達の対処にあたりました。結果としては、魔物や生体兵器の半数近くを討伐することに成功しました。ですがこちらの被害も甚大なものとなり、最終的には派遣した軍の千分の一程度しか生還出来ませんでした」
「・・・千分の一。まさか!数年前に行った軍の突然の再編の理由は!」
「そのまさかです。この時に出た犠牲者があまりに多かった為、そうせざるをえなかったのですよ」
テレサはその事実に、顔をひくつかせた。
「・・・半数近く?そういえば、残りの半数はどうなったのですか?」
そしてテレサは、残りの半数近くの魔物と生体兵器がどうなったのか不明なことに気がつき、恩師に確認した。
「この施設のあちこちに今も封印されていますよ。そして、それが私達が生体兵器の研究をしなければならない理由でもあります」




