124.何かからの提案
アストラルの姿が亜空間の中から消えると、その代わりのように亜空間内で未知のエネルギーが何処からともなく吹き出し始めた。
「『むっ!』」
「これは!?」
そのエネルギーはあっという間に亜空間全体を満たし、ブレイバルトやエレメンタルに強い異変を感じさせた。
他の面々。アーク達勇者一行や堕悪エルフ達の方は、未知のエネルギーを感知出来ていなかった為、周囲の異変を感じてはいなかった。
しかし、場の空気が変わったことは敏感に感じとっていた。
ズズ ズズ ズズズ
「『「「!!?」」』」
未知のエネルギーが亜空間に充満し終わると、今度は何かがはいずっているような音が亜空間全体にゆっくりと響き渡った。
「ブレイバルト様、これは…!」
「『ふむ。……我の感知が弾かれるな』」
「ブレイバルト様の御力がですか?」
その音の正体をエレメンタルがブレイバルトに尋ねるが、創主であるブレイバルトの力をもってしても、音の正体は不明だった。
ブレイバルトは多少は驚いているといった程度だったが、エレメンタルはブレイバルトの答えに驚愕した。
なぜなら、ブレイバルトが自分の創造主と同格の相手だからだ。
この驚愕は、当然のことではあった。
ズズ ズズ ズズズ
エレメンタルが驚愕している間にも、亜空間に響き渡る音はどんどん大きくなっていた。
ズズ ズズ ズズズ
ズズ ズズ ズズズ
やがてその音は、一つから二つに増えた。
ズズ ズズ ズズズ
ズズ ズズ ズズズ
ズズ ズズ ズズズ
そして時が経過すると響き渡る音は、三つに増えていた。
時が経過するにしたがって、亜空間に響き渡る音の数はどんどん大きく、そして数を増やしていった。
一が二、二が三、三が四。
どんどんどんどん、次々と音は増えていき、最終的には三十を超える数の音が、亜空間全体に木霊するまでになった。
……………………
そしてその音がピークに達した直後、今まで五月蝿く鳴っていた音が一斉に沈静化した。
今までやたら五月蝿かっただけに、沈静化した後の静寂は普通よりも静かな印象をアーク達に与えていた。
「…止まったのでしょうか?」
「『いや、どうやらお出ましのようだ』」
「「「「えっ!?」」」」
音が止まったのでエレメンタル達が周囲を確認していると、ブレイバルトが亜空間の中心を見ながらエレメンタルの発言を否定した。
ピキィ ピキィキィ パリーン!!
その直後、亜空間の上面の境界壁が一気に砕け散った。
「「「「ひっ!?」」」」
エレメンタル達が慌てて上を見上げると、そこには自分達を見下ろしている無数の眼があった。
その眼を見た面々。とくに女性陣からは、ちらほらと小さな悲鳴があがった。
「なんなんですか、アレは…」
エレメンタルはだいたいの察しがついてはいても、そう呟かずにはいられなかった。
今現在エレメンタル達の眼前にいるのは、エレメンタル達の通常の視覚では捉えきれない巨大な何か。
エレメンタル達が例え視界を限界いっぱいに広げたとしても、せいぜい全体像の一割にも満たない部分を見えるか見えないかという、まさにとんでもないサイズ。
まさに常識を逸脱した存在だ。
ただし、創主であるブレイバルトについてはこの何かの全体像をちゃんと把握出来ている。
星々のように煌めき、月明かりのように淡く光る虹色の鱗。
ブレイバルト達を見据える無数の眼。
それを宿した複数の龍と竜、そして多種多様な数多の頭。
その頭達に繋がる太く長い胴体。
それらは亜空間の向こう側。境界領域のあちこちから縦横無尽に伸びていて、ブレイバルトの感知能力をしても、それが単体なのか複数なのか判断をつけられずにいた。
「『「『■■■■■』」』」
エレメンタル達が見上げる中、その頭達が一斉に何かの音を発した。
「「「「!?………」」」」
そしてその音を聞いた直後、アーク達は一斉に意識をシャットダウンして昏睡した。
アーク達が意思をシャットダウンした理由は、何かの頭達が一斉に発した音に含まれていた情報量に、アーク達の頭が。その演算能力や処理能力がついてこれなかったからだ。
もしもアーク達が自ら意識をシャットダウンしていなければ、物理的に頭が弾け飛んでいたことだろう。
いや、頭がショートしていた可能性もあった。
アーク達は、なかなかに危ない橋を渡っていた。
「『「『■■■■■』」』」
何かが再び音を発する。
「『ふむ。なかなか膨大な情報量だな』」
「ぐっ!さすがはブレイバルト様ですね。私の方は処理能力の限界いっぱいですのに」
その音に含まれている膨大な情報を、ブレイバルトは難無く受け取る。
だがその傍にいるエレメンタルの方は、自身の情報処理能力の限界ギリギリの情報量に頭を痛めていた。
外側にあるアンダーネットワークに、現在進行形で受け取った情報の半分近くを流しているが、それでもエレメンタルはいっぱいいっぱいだった。
「『ふむ。一世界の情報処理能力では負荷が大きい、か。だがまあ、今受け取った情報でこれが何かはだいたいわかったな』」
「それは、…はい」
エレメンタルは顔をしかめつつ、その点はブレイバルトに同意した。
「『「『■■■■』」』」
「またですか!?」
そして何かから発っせられる三音目。
エレメンタルはまた、必死に情報のやり繰りを行った。
「『むっ!』」
「これは!」
そしてその情報を咀嚼したブレイバルトとエレメンタルは、互いに顔を見合わせた。
「『…ふむ、悪くない提案だ』」
「…たしかに、これなら私も同意出来ます」
「『我としても、この辺りが落とし所だろうな』」
「では?」
「『ああ。この内容で交渉は成立だ』」
「わかりました」
二人は見つめ合い、そして一緒に頷き合った。
何かの正体。それは、アストラルの内側に潜んでいた存在だ。そしてその存在は、ブレイバルトが指摘していたとおり、創主であるパラノークと複数の創主の力。それと、ブレイバルトにとっても未知の何かが入り交じった存在だ。
そして何かが発していた音の正体は、その何かの言語。
超高密度に圧縮された、情報の集積振動だった。
これにより何かは、一つの単語である提案をブレイバルト達にした。
その内容は、先程アストラルが提案しかけていた、ブレイバルトとエレメンタル。両者の妥協を引き出す為の提案だった。
そしてブレイバルトは余裕で。エレメンタルはギリギリだがなんとか送られてきた情報を咀嚼し、そのアストラルの提案で合意することを決めた。
その後は、最初にブレイバルトの姿が亜空間の中から消えた。
その次に、アーク達や長老エルフ達の姿が次々と亜空間から消えていった。
その次には何かの姿が霧散し、エレメンタルの傍にアストラルの姿が復活した。
最後に、エレメンタルの姿が復活したアストラルと共に亜空間から消えていった。
あとには、ただ亜空間だけが残っていた。
そんな誰もいなくなったはずの亜空間の中で、正体不明の影がうごめき、一つ笑った。
本来であれば、作成者であり、維持者であるアストラル達が去った時点で、亜空間は消滅しているはずだった。
しかし、影のせいでそうはならなかった。
誰もが知らないうちに、また一つ、新たな異変が起きはじめていた。




