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訪れる悪意

大陸南部、ゾーア地方にあるアスター王国。

その国に最初に起きた異変は、本当にたわいのないものだった。

まずは本当に小さな虫達の姿が、人々の前から消えた。

次に小動物。その次は森を住み処としていた大型の動物達。

それからも数多の生物達が、人々の前からその姿を消していった。

人々が異変に気がついた頃には、人々の生活圏から魔物達さえもその姿を消していた。


異変に気がついたアスター王国の人々は、急いで調査を開始した。

しかし、一行に生き物達がいなくなった理由はわからなかった。

その後も異変は続き、野菜が消え、果実が消え、最後の方では植物も全てが人々の生活圏から消えた。

……枯れたや腐ったではなく、消えた。

文字通り人々の目の無い場所で、日毎に植物達は次々と消失していた。今やかつて植物があった場所には、ただ渇いた地面だけが存在していた。

そう、渇いた地面が…。


人々は最初は生物や植物達だけに気をとられていた。しかし、異変は生物や植物達の消失で終わっていたわけではなかった。

植物達が消えた場所を起点に、大地がゆっくりと渇きだしていたのだ。

それらはやがて他の地点からの現象と重なっていき、大地を砂礫へと変貌させていった。

そして三日も経たぬうちに、アスター王国の国土全てが砂漠へと変わり果てた。

また、他の異変も同時進行しており、アスター王国の人々の状況は、彼らが異変を認識した時点から僅か四日。実際の異変の始まりから日数を数えると、一週間の間に生活不可能なレベルにまで落ち込んでいた。


ちなみに、大地の砂漠化以外の異変は次のようになっている。


異変一。井戸、泉、湖、川などの各水源の水量減衰。今では水源は完全に干上がり、穴や溝だけが残っている状態となっている。


異変二。大地より未知のガスや煙りが定期的に噴出。このガスや煙りを吸った者達は、軒並み喉や肺を傷めることとなった。

ちなみにガスや煙りの正体は、高濃度の排気ガスと光化学スモッグ。ついでに異常濃縮された煙草の煙りである。


異変三。風が吹かなくなり、大気の循環が停止した。

その結果、大地より噴出しているガスや煙りは拡散せず、その場に残留し続けた。そして、噴出する毎にどんどん累積していき、広範囲の空間を汚染していった。

また、大気の循環が停止したことにより、アスター王国一帯に雲が発生・流れて来ることがなくなり、異変が起きだしてからは一切雨が降ることはなかった。


異変四。大地の砂漠化。地上を覆うガス。雲の無い快晴。これらが複合的に作用した結果、アスター王国一帯の気温が急変した。

朝昼は四十度以上の灼熱地獄。夜はマイナス十度以下の寒冷地獄。

温暖だったアスター王国一帯の気候は、完全に砂漠のそれとなっていた。

また、急激な気温の変化によって体調を崩す者達が続発。さらには食料事情の悪化(野菜や家畜が消え、森の恵みも失われている。さらには食用から毒草まで、全ての植物が消失。水源も枯渇しているので、飲料水の確保もおぼつかない)により、栄養失調・免疫能力の低下。それによる病原菌達の躍進。

それらの結果アスター王国では、大量の病人達が溢れかえることとなった。


ここまでが環境に関する異変である。


だが、アスター王国の異変。いや、何者かの悪意は、ここからが本番であった。


アスター王国の人々が異変にあわてふためく中、各地にある貯蔵庫の類いが次々と襲撃を受けた。

突然出現した蝗の大群が貯蔵庫に突撃をかまし、貯蔵されていた穀物を軒並み食い尽くしていった。

これにより、アスター王国の人々が餓死する未来がほぼ確定した。

すでに食べ物の補給経路(畑や家畜)は全て潰されていて、貯蔵庫にある分(穀物)だけでアスター王国の人々は食いつないでいたのだ。それが失われたいじょう、餓死することは必然だ。


ここで普通なら、国外に助けを求めるのが正しい。

しかし、アスター王国の人々はその選択を採ることが出来なかった。

それはなぜか?

答えは簡単。アスター王国の外に通じる道が、全て閉ざされていたからだ。


ちなみにどうなっていたかというと、蠍、毒蜘蛛、毒蛇、毒蜂等など。あらゆる毒持ちの昆虫・爬虫類達が、アスター王国をぐるりと囲むように周囲に陣取っていた。その様はまるで、毒と悪意の海のようであった。

また、そのアスター王国包囲網は、だんだんその範囲を狭めていっていた。

つまり、毒持ちの群勢がアスター王国の中心点を目指して、どんどん移動していっているというわけだ。

一日毎に包囲網は狭まっていき、いくつもの村や町が毒に侵されていった。

毒を受けた人々は即死するような事例はなかったが、凄まじい痛みでのたうちまわることとなった。

ちなみにこの毒の正体は、リライトポイズンである。


そして、ここまでくると異変も末期となっていた。

刻々とアスター王国から命が消えていき、最後には住人全てが屍へと変わり果てた。

これにてアスター王国の歴史は幕を閉じ、一つの国が世界から永遠に失われた。


されど、全てがそこで終わったわけではなかった。

国が滅びた後、生気がアスター王国の跡地一帯を覆い尽くした。すると、最後まで残っていた屍が次々とアンデットに変貌し、地上をさ迷いだした。


アンデット達は蝗達と共に、アスター王国の跡地をローラー方式で歩き回った。


そして、アスター王国にあった二つの宝玉を回収した。


回収された宝玉の中身は、魂の管理神ヘルの宝玉と、願望の管理神バイラヴィの二柱。


アンデット達が回収した宝玉二つはある者に献上された。


「宝玉」「回収」「完了」


その人物は、三つ首の竜の意匠の仮面を付けた人物。

《ヒュドラ》のアジ・ダハーカであった。


「撤退?」「否」「侵略」


アジ・ダハーカは二つの宝玉を亜空間エリアに収納した。

その直後、仮面から三つの言葉が同時に飛び出した。


アジ・ダハーカはアストラルと違い、三つの頭にそれぞれ人格が存在しているからだ。


「肯定」「進撃」「進撃」


そしてアジ・ダハーカの意思決定は、三人の話し合いによって行われる。

ちなみに、アストラルの特殊能力で三人に分裂することも可能となっているので、アジ・ダハーカが一つの身体を共有しているのは、アストラルのイメージのせいである。


「滅びお」「滅ぼす」「滅亡」


そして三頭の意見は、このままアスター王国跡地を中心に、他国へ進撃することで一致した。


アジ・ダハーカの号令で、今までアスター王国の跡地に集結していたアンデットや蝗達が一斉に散開していく。


こうして災禍は拡大を開始した。


それからまた数日の期間を経て、小国が三つ程消えた。


後にこの事件は、そのあまりにも人々を苦しめていくことから、『悪意の災禍』と呼ばれるようになった。



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