116.顕現神
「さて、これで俺達がお前達の神を悪神と呼ぶ理由は説明した」
「「「「………」」」」
「ふむ。狂信者なら、ここで喚き散らすところなんだがな?信仰心が足りないのか、価値観が壊れたのか?……まあ、どちらでも良いか。ただ、一つだけ言っておくことがある」
「「「「?」」」」
真剣な眼差しのアストラルが何を言おうとしているのか、アーク達はそれぞれが身構えた。
「七罪邪神達も、お前達が崇める悪神達のことも、否定はするな」
「「「「………!?」」」」
アーク達は最初、アストラルが自分達に何を言ったのか、わからなかった。
「……なぜ、ですか?あなたは先程、私達の神をさんざん悪だと言っていたではないですか!?」
そこから最初に声を出したのは、リュミエールだった。
リュミエールは、アストラルの言葉の真意を知りたい。知らなくてはならないと思い、混乱しながらもアストラルに疑問を投げ付けた。
「そうだな。七罪邪神も、お前達の神々も、俺達にとっては敵でしかない。しかし、お前達が彼らを否定することは、断じて許せない」
「なぜ、ですか?」
「それは七罪邪神達も、悪神達も、信仰神だからだ」
「「「「信仰、神?」」」」
また新たに出てきた神の種類に、リュミエール達は首を傾げた。
「そうだ。神にはいくつかの種類が存在する。まずは、エレメンタルのような【世界神】。世界神は、その世界の意思の顕現。基本的には、一つの世界に一柱だけ存在している。また、その世界神と共に、その世界を管理する神々。これを【管理神】と呼ぶ。管理神達は、それぞれが属性や事象を一つ管理・司っている存在だ。この世界の場合だと、時の管理神ノルニルや、運命の管理神ラケシスがそれにあたる」
「はい」
「そしてここまでが、世界を運営するのに必要な神々だ。これ以外の神々については、この世界では必要とされていない神となる」
「必要とされていない神?」
「まあ、世界側ではという注釈は付くがな。世界の運営は、世界神と管理神達だけで成り立つからな。というか、その世界の初期から存在するこの両者で運営出来ないような世界は、バランス調整などをミスっている失敗作だろうな。運営が成り立たないということは、すぐに破綻するということだからな」
「……まあ、そうでしょうね」
リュミエールは少し考えると、アストラルの意見を同意した。
「さて、ここからはいよいよ信仰神達の説明になる。ただ、信仰神にはいくつかバリエーションがあるから、先に信仰神の定義から説明しておこう。不特定多数の人々の、強い思いを受けている存在。それが信仰神の定義だ」
「「「「…強い、思い?」」」」
今までとは毛色の違う条件に、アーク達は首を傾げた。
「そうだ。世界神、管理神達は、神として最初から存在していた神。逆に信仰神は、人々の思いや願いが神に為った存在だ」
「「「「神に為る!?」」」」
リュミエール達から、一斉に驚きの声が上がった。
リュミエール達の常識では、神は最初から神だったからだ。
「何を驚いている?勇者、聖女、守護騎士、お前達とて擬似神格化しているだろうに」
「「「えっ!?」」」
続くアストラルの言葉に、アーク、リュミエール、ルーチェからより大きな驚きの声が上がった。
「先程信仰神にはバリエーションがあると言っただろう。人々の思いや希望、願望が直接神に為ったのが【顕現神】。七罪邪神達やお前達の悪神達が、このタイプだ」
「顕、現、神」
「思いが現実に顕れた神で、顕現神。わかりやすいだろう?ちなみに、七罪邪神達が望まれ顕れるまでに至ったお前達の先祖の思いは、簡単に言えば人間の欲望だ」
「「「「人間の欲望?」」」」
「他者より優位に立ちたい。他者を支配したい。驕り、慢心したこれらの感情が集い、傲慢の邪神ルシファーと為った。他者に対して噴き出す苛立ち。周囲に向ける意味無き怒りと破壊衝動が集い、憤怒の邪神サタンと為った。現状に満足出来ず、ありとあらゆるものを強く欲する思い。この思いが集い、強欲の邪神マモンと為った。仕事を、自身の役割を放棄し、より楽になりたい。自分達は何もしたくない。怠けたい、惰性で生きたい。その思いが集い、怠惰の邪神ベルフェゴールと為った。餓えと渇きを満たしたい。あらゆるものを、あらゆる場所から暴き、必要が無くても食い尽くしたい。その思いが集い、暴食の邪神ベルゼブブと為った。他者を羨み、妬み、嫉む。その思いが集い、嫉妬の邪神レウ゛ィアタンと為った。色恋に溺れ、他者の思いもかえりみず、ただ相手を欲する思い。その思いが集い、色欲の邪神リリスと為った。人々の思いは結実し、こうして七体の邪神達がこの世界に誕生した。ゆえに、七罪邪神達の罪は、お前達人類種達の罪だ」
「「「「………」」」」
アストラルにそう解説された面々は、なぜアストラルが七罪邪神達を否定するなと言ったのか、だんだん理解しだしていた。
「次いで悪神達について。光神エードラムに、水神アックア。称号の部分ですでに七罪邪神達とは印象が違っているが、なんでだと思う?」
「「「「………」」」」
「……天変地異のせいですか?」
アストラルからの問い掛けに、アーク達は考え込んだ。
そしてその内の一人であるリュミエールは、これまで得た情報を振り返り、一つの可能性を口にした。
「正確だ。エードラム達悪神達は、二千年前の戦いの後。管理神達が全員封印され、この世界のバランスが崩れた結果起きた天変地異。そのさなかにこの世界に誕生した。天変地異から生き延びたいという人々の願いが神という形になってな。その為悪神達は、天変地異の時に起きたそれぞれの種類の災害に対応する為、全員が属性神として誕生した。だから人の大罪の化身である七罪邪神達との違いは、こういうお前達の先祖の願いの種類によるところが原因というわけだ」
「「「「………なるほど」」」」
「そして俺がなぜ、七罪邪神達と悪神達を否定するなと言ったのか。そのもっとも大きな理由は、今までの発生過程ではなく、その行動原理にある」
「「「「えっ!?行動原理!?」」」」
アーク達からは、一斉に驚きの声が上がった。
アーク達はてっきり、今まで説明された部分が原因だと思っていたのだ。
自分達の先祖の自己チューな願いと、天変地異から助かりたいという思い。それらが七罪邪神達と、自分達の今崇めている神々をこの世界に生み出していた。
だからアーク達は、自分達の先祖が生み出した神を、否定することは許さないとアストラルが言ったのだと解釈していた。
だが、アストラルいわく、それ以外に他の大きな理由があるらしい。
「そうだ。七罪邪神達に悪神達。つまり、顕現神達の行動原理。それは、お前達思いや願い、信仰を顕現神達に送っている者達の総意だからだ」
「「「「私達の総意?」」」」
「ああ。顕現神達は願いの結晶。その為顕現神達には、自由意思などというものは無い」
「「「「えっ!?」」」」
「顕現神の行動。そして意思決定の全ては、お前達の意思の総算にすぎない。つまり顕現神というのは、お前達人類種達の操り人形。ただの願望出力装置でしかない」
「「「「はっ?はあぁぁぁぁ!?」」」」
アストラルが告げた自分達の神の正体に、アーク達は絶叫を上げずにはいられなかった。
「ゆえに、顕現神達を否定することは許さない。顕現神達の悪行は、お前達の罪なのだから」
絶叫の後フリーズした面々に、アストラルは最後にそう告げた。




