112.復讐はゆっくりと
「そこまでだ、エレメンタル」
エレメンタルがエルフ達にプレッシャーをかけていると、第三者の声がエレメンタルを止めた。
「…貴方、ですか。どうかしたのですか?」
エレメンタルは自分を止める第三者の姿を確認し、それがアストラルであるとわかると、今まで周囲に放っていたオーラを収めた。
「いや、貴女が簡単に彼らを始末しようとしているのを見て、な。止めておいた方が良いだろうと思ったから来ただけだ」
「そうですか。ですが、なぜ止める方が良いと思ったのですか?」
それはエレメンタルにしてみると、ある意味当然の疑問だった。エレメンタルにとってはともかく、アストラルにとってエルフ達は、ただの敵でしかない。
ここでエレメンタルがエルフ達を挽き肉にしても、アストラルにはなんの問題も無いはずだった。
その為現在エレメンタルの頭の中では、いくつもの疑問符が踊っていた。
「「「「………」」」」
逆にアーク達の方は、ある種の期待をアストラルに向けていた。
このままでいけば自分達はともかく、昏睡状態のエルフ達はほぼ確実に、軒並み挽き肉にされてしまう。だが、今のアーク達にはエレメンタルを止める術がなかった。なんせ、氷でガチガチに拘束されているのだから。
その為ここは、エレメンタルを止める理由が不明でも、アストラルに一縷の望みを托し、エレメンタルをアストラルが説得してくれることを願うしか、アーク達に出来ることはなかった。
「貴女を止めた理由か?それは簡単な話しだ。それでは貴女が二千年もの間我慢し続けた甲斐がないからだ」
「甲斐、ですか?そんな理由で私を止めたのですか?」
エレメンタルは、アストラルが自分を止めたそんな理由に、納得がいかなかった。
「ああ、そうだ。せっかく二千年もの間我慢していたんだぞ。ここであっさり始末したら、貴女の鬱憤がほとんど晴れないじゃないか」
「…たしかに、そうかもしれませんね」
しかし、エレメンタルは続くアストラルの言葉に、そうかもしれないと思った。たしかにあっさりと片付けてしまうと、今まで溜めてきた自分の感情が消化しきれるのかは、エレメンタル自身にもわからなかった。
そう考えたエレメンタルは、アストラルが自分を止めてくれたことに納得した。
「「「「………」」」」
一方、アストラルの説明で納得したエレメンタルとは逆に、アーク達は自分達の希望が潰えたことを理解してしまっていた。
アストラルがエレメンタルを止めた理由は、エレメンタルがエルフ達をあっさりと始末しようとしたから。つまり、アストラルはエルフ達を始末すること自体は止めるつもりがないということに他ならない。
アーク達は、今からニーナ達に起きる出来事に、暗澹たる思いを抱いた。
「さて、それでは目覚めてもらおうか」
パチン!
「「「…ううっ…」」」
今度はアストラルが指を鳴らす。すると、昏睡状態であったエルフ達が、次々と目を醒ましていった。
「さて、これで人の準備は本当に整った。あとは場所も整えておくか」
アストラルがそう言うと、エルフの里の景色が変わりだした。
幾多もあった木々が消失し、森がその姿を失っていく。
他にも空や大地に異変が起こり、その色が徐々に失われて白くなっていく。
最終的には、アストラル達のいる空間から人以外の全てがその存在を失った。
残ったのは、アストラル達とだだっ広い白い空間だけだった。
「これでこの空間は、完全に向こうとは独立し、俺達の領域となった。お前達はもう、例え転移魔法を使用したとしても、ここから逃走することは叶わなくなったぞ」
「「「「!!?」」」」
「別段、俺の発言を信じなくてもかまわない。お前達が転移魔法を使ってみたいのなら、今すぐに試してみると良い。その結果お前達がどうなっても、それはお前達の自己責任だからな」
「「「「………」」」」
アストラルのこの言葉に、アーク達は沈黙を返答とした。
アーク達はアストラルの言葉を嘘だと思っていなかったし、エルフ達には転移魔法を使う余裕がなかったからだ。
現在エルフ達は、エレメンタルの負のオーラによって精神力をガリガリと削られており、精神はかなり疲弊している。とてもではないが、魔法が発動出来る状態ではなかった。
いや、発動出来ることは発動出来るかもしれないが、失敗するか暴発する確率の方が高い。
ここから脱出出来る可能性は、転移魔法が成功であれ失敗であれ、どちらにしろ高くはなかった。
「…あの」
「なんだ?」
「もしも転移魔法を発動させた場合は、術者や対象はどうなりますか?」
「そうだなぁ?」
しかしリュミエールは結果が気になったのか、アストラルに質問をした。
ただ参考にする情報を欲したのか、あるいは時間を稼ごうとしたのかもしれない。
とりあえずアストラルが考えだしたので、どちらの目論みでも一応は成功だろう。
「俺達なら普通に転移するだけだろうが、お前達だと演算能力不足で、転移しきれないだろうな」
「転移、しきれない?」
「ああ。今この辺り一帯は、向こうの世界から完全に独立している。つまり、現在ここと向こうの世界は、概念上は別世界という括りになっている。その為ここから外界に転移するということは、異世界に転移を行うことと等しい。お前達で言うなら、生贄召喚をするに等しいということだ。どれだけの準備と、どれほどのエネルギーが必要かは、お前達の方がよく知っているだろう?」
「「「「!!」」」」
アストラルはリュミエールと長老エルフを見ながら、皮肉げな笑みを浮かべた。
そんなアストラルの顔を見た言われた面々は、ある者は頭を下にうつまかせ、ある者は顔をアストラルから背けた。
「「「「?」」」」
このやり取りの意味を理解出来なかったアーク達やニーナ達は、不思議そうな顔をした。
「それで結論だが、ここから転移した場合、お前達だと確実にエネルギー不足を起こす。その結果起きるのは、転移の失敗による通常空間への現出。今回の場合なら、世界境界での出現だ」
「世界境界?」
「ああ。世界と世界の間にある境界領域。何も存在しない、虚無の空間。ここにお前達が出現した場合、空気その他もまったく無いので、確実にお前達は死ぬ」
「「「「!?」」」」
「さらに付け加えるなら、境界領域には時間の概念さえもない」
「「「「?」」」」
「つまり、お前達が死ぬこと事態は確定しているが、その終わりがいつなのかは確定していないということだ」
「「「「??」」」」
「意味がわからないか?なら具体的に言おう。境界領域には何も無い。光が無いので何も見えず、大気が無いから音も発生しない。さらには嗅覚、味覚、触覚を刺激するものもなにもない。つまり、五感を刺激するものが無いということだ」
「「「「!」」」」
「普通なら、その状態ではすぐに死ぬか発狂することだろう。しかし、時間の概念も存在していないと、肉体の変化が起こらない可能性がある。餓えず、渇かず、疲労しない。だが、いつかは必ず死が訪れる。一秒先か、一分先か。それとも一時間、一日、一ヶ月、一年、体感で百年先に訪れるかもしれない。そんな状態で境界領域に存在し続けることは、どんな拷問よりも酷いことになるだろうな」
「「「「………」」」」
アーク達一同は、アストラルが言うそんな状況に自分達がおかれたところを想像し、全員が顔を青ざめさせながら身体を震わせた。




