111.《森羅万象》のエレメンタル
「何者だ!」
ルーチェは即座に今までいた場所から飛び退くと、突然現れた人影を睥睨した。
「《ヒュドラ》、第二の頭。《森羅万象》のエレメンタル」
ルーチェに問われた人影は、ルーチェの視線を受け止めながらそう答えた。
「《ヒュドラ》、…だと!」
出現した人影。長い髪を腰の辺りまで伸ばし、白い下地に極彩色の樹が描かれた仮面を付けた女性。エレメンタルの名乗りを聞いた面々は、顔を強張らせた。
相手が《ヒュドラ》のメンバーということは、自分達よりも格上である可能性が高かったからだ。それに加え、管理神達とも間接的に戦う可能性さえあった。
どう考えても、ルーチェ達は緊張せずにはいられなかった。
ルーチェ達はまず、エレメンタルの一挙一動に視線を凝らした。エレメンタルの初動を見極め、少しでも情報を集めたいのだ。
それは下手をすると、一撃で決着がつく可能性が高いからだ。
相手は初見の相手であり、その背後には未知の古き神々も控えている。
自分達の予想も出来ないようなことを仕掛けてくるのは、ほとんど確定だった。
一方、ルーチェ達の視線を受け止めているエレメンタルは、まったくと言っていい程、それらの視線には動じていなかった。
逆にエレメンタルは、ライト以外の面子を凄まじい目つきで見ていた。
下手をすると、視線だけでダメージを与えられそうな威圧感を、周囲一帯に放っている。
「くっ!」
その結果ルーチェ達は、エレメンタルの眼力に気合い負けした。
そしてルーチェ達は、一瞬ではあるがエレメンタルから目を逸らしてしまった。
それはある意味、致命的な隙だった。
「凍れ」
エレメンタルはアーク達のその隙を見逃さず、そう一つ呟く。すると、またアーク達の周囲で異変が起きた。
今まで大地から吹き出していた水が急に止まり、直後冷たい風が地表を撫でた。
「寒っ!」
パキィパキィ、ピシィ!
アーク達がそれに身を震わせていると、地上にあった水が片っ端から凍りはじめた。
「うわっ!?」
「くっ!」
それはあっという間にアーク達の足元にまで影響を及ぼし、アーク達の足を地面に繋ぎ止めた。
「なっ!?」
「くそっ!?」
アーク達は慌てて脱出しようとしたが、自分達の足を固定している氷は、こゆるぎもしなかった。
すでにガチガチに固まっていた。
「あなた達はそこでおとなしくしていなさい。あなた達がキャストであるいじょう、私達にはあなた達の生殺与奪権はありませんから。さて」
そう言うとエレメンタルは、今度は視線を自分の足元に向けた。
「来なさい」
ゴゴゴゴゴ
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
そしてエレメンタルがそう呟くと、大地が揺れだした。
アーク達はその揺れで倒れそうになり、慌てて四苦八苦しながらバランスをとっている。
ボォン!ボボォン!!
「ニーナ!?」
そうしてアーク達がなんとか踏み止まっていると、地面から何かが複数飛び出してきた。
リュミエール達がその何かの正体を確認してみると、それらの正体は巨大な氷の塊で、中には先程地面の下に消えていった、ニーナやエルフ達の姿があった。
どうやら先程のエレメンタルの言葉は、地上だけではなく地下にも向けられていたらしい。
「ニーナ!ニーナ!」
………
リュミエールがニーナに必死に呼びかけるが、ニーナの瞼は固く閉ざされたままだ。
どうやら意識がないか、リュミエールの声が届いていないようだ。
「これで役者は揃いました。それでは早速、公開処刑を執り行いましょう」
「「「「えっ!?」」」」
エレメンタルの公開処刑という物騒な発言に、リュミエール達の顔色がみるみるうちに青くなっていった。
「まずは振り分けですね。罪人達を前に」
エレメンタルがそう言うと、リュミエール達が治療をしていた長老エルフ達の身体がひとりでに浮かび上がり、そのままエレメンタルの正面へと移動しだした。
「次に、観客達を後ろに」
「「「「うわっ!?」」」」
そうしたら今度は、アーク達の身体が浮き上がり、長老エルフの後方に並ばされた。
「最後は共犯者達というか、罪人達の親族達ですね」
そうして最後に、ニーナ達エルフ達が長老エルフ達の後ろに次々と置かれていった。
「これで準備は良いですね。それではそろそろ、起きてもらいましょうか」
パチン!
エレメンタルがそう言って指を鳴らすと、エルフ達目掛けて空中から鉄球が次々と降ってきた。
「「「「なっ!?」」」」
ひゅゅゅゅ~
ドッカーン!!
「「「「ぐえっ!?」」」」
アーク達が驚いている中、それは狙い違わずにエルフ達に命中した。
エルフ達から次々と潰れたカエルのような声があがり、そのあとエルフ達は順次意識を取り戻していった。
普通ならぺちゃんこになりそうなものだが、エルフ達の防御関係のステータスは、なかなかに高いようだ。…あるいは、エレメンタルが手加減をしているだけかもしれないが…。
「「「「…ううっ?」」」」
意識を取り戻したエルフ達は、うめき声を上げながら、ぼおっとした状態で周囲を見た。
突発てきな事態の変化のせいで、いまだに意識が回復しきれていないようだ。
「まだ寝ぼけているようですね。それなら…」
パチン!
ニーナ達の様子を確認したエレメンタルは、再び指を鳴らした。
バシャッ!
「「「「冷たっ!?」」」」
すると今度は、エルフ達の頭上から冷水がニーナ達に降り注いだ。
ニーナ達エルフの大半は、それで正気を取り戻した。
…だが一部の者達については、今までに負ったダメージが酷く、昏睡状態に陥っていた。
「少しやり過ぎましたか?これでもだいぶ手加減はしているのですが…。もういっそ、寝ている者達は今すぐに挽き肉にしてしまいましょうか?」
「「「「ちょっと待て!!」」」」
エレメンタルの物騒な発言と、その憎悪に染まった目を見たアーク達は、慌ててエレメンタルに待ったをかけた。
「どうしました?」
「挽き肉って…、それはちょっと待ってください!」
「そうだ!挽き肉はさすがにやり過ぎだ!」
「そうです!いったい彼らになんの恨みがあるんですか!?」
「…恨み?私がそこにいる裏切り者共に抱いている思いは、そんな生易しい感情ではありませんよ」
「「「「!?」」」」
リュミエール達は必死に待ったをかけたが、その内のライトの言葉を聞いた直後、エレメンタルからはどす黒いオーラと、殺意や憎悪といった負の感情が周囲に向かって吹き出した。
ガチガチ ガタガタ ぶるぶる ………
エレメンタルのオーラを正面から受けた面々は、それぞれ恐怖に身体を震わせた。
その恐怖の割合は、二千歳を越える長老エルフ達、ニーナ達普通のエルフ、アーク達、ライトでそれぞれ違っていた。
それはそのまま、エレメンタルがアーク達に向けている感情の強さに由来している。
ある意味部外者のライト。そしてその仲間であるアーク達には、エレメンタルはそこまでの敵意を向けていない。しかし、エルフ達相手にはどす黒いオーラを積極的に浴びせていた。
それだけ自分達が憎まれているのだと、エルフ達一同はいやがおうでも理解させられた。
そしてエルフ達は、少しの間生きた心地がしなかった。
少しの間というのは、すぐに事態が動きだしたからだ。




