103.森の中での邂逅
鬱蒼とした森の中を、大勢の人々が行き交っている。
彼らは皆、堕悪エルフ側として戦争に参加する者達だ。
そんな人々のただ中に、一人だけやたらとキョロキョロしている者がいた。
「どうかしたのか、ライト?」
そんな挙動不審な人物。ライトの様子を見かね、ルーチェはライトに声をかけた。
「この近くにあいつがいるはずなんだ」
「あいつ?……ああ、ダンタリオン殿のことか?」
ルーチェはライトが捜しているあいつという人物に思い至り、確認の為に名前をだした。
「そうです。教会の情報では、あいつがこの近辺で複数回目撃されています」
「ちょっと待て!そんな情報はなかったはずだ。あったのは、仮面を着けたローブ姿の人物の目撃情報だったはずだ?」
ルーチェは自分の知っている情報を思い返し、ライトにそう言った。
ルーチェが把握している情報によれば、仮面をした謎の人物が今回の戦争の戦場のあちこちで目撃されているとのことだ。ただ、あくまでも目撃情報でしかない上、その目撃情報にしても少々微妙な感じだ。
なぜならその件の仮面の人物は、ただ戦場で見かけられているだけで、こたびの戦争でどちらの陣営にも関与した事実が確認されていないのだ。
ただ戦場に現れ、唐突に姿を消す。
神出鬼没ということで、目撃報告などは各陣営の上層部に伝わっている。しかし、被害も実害も無い為、誰もその仮面の人物のことを気にしてはいなかった。
そう、被害も実害も出ていないのだ。
だから、その仮面の人物がダンタリオンである証拠はどこにも存在していない。
これがルーチェ達の知っているダンタリオンの特徴である、仮面に蛇や竜の柄。複数の本。数多の時計や糸車。唐突に現れる黒い武器。普通ではありえない古き神の御業。これらの内どれか一つでも確認されていれば、仮面の人物がダンタリオンである証拠や根拠になっただろうに。
その為、ルーチェは仮面の人物の報告を聞いてはいても、それがダンタリオン殿と同じ人物だとは考えていなかった。
「たしかに俺もそう聞きました。ですが、俺の勘があいつだと囁いているんです」
「…ライトの勘、か。たしかにお前の勘がそう言っているなら、仮面の人物がダンタリオン殿である可能性は普通よりも高いだろうな」
ルーチェはライトの勘の確度の高さを知っているので、ライトが勘だといったことを頭から否定することはなかった。
ルーチェの知っている大きな事件だけでも、一週間前の私達への援軍。一ヶ月前に起きた、憤怒の邪神サタンの信者達による聖教会への襲撃の阻止。三日前に起きた、城壁都市ルクスとへの魔物達の氾濫を最小の被害で抑えたこと。
これにその他の大小様々な事件も合わせると、ライトが私達の前に現れた半年前から数えて、六十近い事件がライトの勘働きによって防がれたり、最小限の被害で解決されている。
これだけの実績があるのだから、ライトの勘を疑う者は、今の聖教会にはほとんどいない。
……巻き込まれ過ぎのような気もしますが…。
ルーチェはあらためてライトの実績を思い返してみると、ライトは相当なトラブル体質だと思った。
あるいは、ダンタリオン殿が言っていたことが正しいだけなのか…。
「あっ!」
「どうした?」
「見つけた!」
「見つけた?…むっ!あれは…」
ルーチェが思考を巡らせていると、ライトから声が上がった。
ルーチェが何事かとライトを見ると、ライトは明後日の方向を見ていた。
釣られるように、ルーチェはライトの視線を追う。
そして、その追った先でルーチェはある人影を見つけた。
ルーチェ達の視線の先にいたのは、無地の白い仮面をつけ、黒のスーツに白い手袋をした人物。
「…ダンタリオン、殿?」
たしかに仮面をつけた人物ではあるが、ルーチェにはダンタリオンと同一人物のようには見えなかった。
「違う。俺は《ヒュドラ》、第一の頭。《顕現》のアストラル」
「やっぱり別人ですか」
「そんな嘘に騙されるか!」
ルーチェは仮面の人物。アストラルの声を聞いて、ダンタリオンとは別人だと判断をくだした。
逆にライトは、仮面の人物をダンタリオンだと断定し、アストラルに襲いかかった。
「残念」
「「なっ!?」」
しかし、襲いかかったはいいが、ライトの攻撃はアストラルの身体を擦り抜けてしまった。
「残念ながら、これはただの幻だ。俺の本体がここにいるわけじゃない」
アストラルはそう言うと、幻と言った身体をうっすらと透明にしてルーチェ達に見せた。
「幻……それが戦場で神出鬼没だった理由ですか?」
「ああ」
ルーチェの確認に、アストラルは肯定の返事を返した。
「では、なぜ戦場に幻などを出現させていたのです?」
「お前達をおびき寄せる為だ」
「「えっ!」」
アストラルのその返答には、ルーチェもライトも驚いた。
戦場での理解不能な行動の理由が、まさか自分達をおびき寄せる為のものだとは、二人ともかけらも思っていなかったからだ。
「…なぜ、私達を?」
「正確に言えば、知りし咎人である聖女リュミエールが本命だ」
「あの子を!」
「そうだ。今回の戦争で、四柱の管理神達が復活を遂げる」
「四柱も!というか、なぜ今回の戦争のタイミングで!」
「もちろん、管理神達が封印されている宝玉がこの地に集まって来ているからさ」
「「!」」
「まったく愚かなものだ。周囲を破壊し尽くす戦争を起こし、それが自分達を滅ぼすことになるのだから。ドワーフもエルフも、自らの手で滅びの引き金を引く」
「…貴方達が滅ぼすのですか?」
「いいや。俺達の目的は管理神達の解放。ドワーフとエルフは、自分達が起こした行動の結果、この世界から滅びる」
「それはどういう…?」
「詳細を教えるつもりはない。自分達のその目で見届けると良い。まあ、この地にいるいじょう、高確率で巻き込まれるだろうしな」
そう言った直後、アストラルの幻が薄らぎだした。
「待て!」
「聖女に伝えろ。因果は応報し、業は形を顕す。自分達の行ってきた禁忌のツケが、お前達に滅びをもたらすのだと、な」
アストラルの幻は、その言葉を最後に完全に消失した。
「……禁忌のツケ?」
ルーチェは、アストラルの最後の言葉を口の中で転がした。
「……リュミエールに伝えるとしましょう」
ルーチェは、とりあえずリュミエールにアストラルからの伝言を伝えることにした。そして、リュミエールが何をしたのかを問いただすことを決めた。
「ライト、お前はどうする?」
「…もうしばらく、あいつらを捜してみる。あの様子なら、少なくともこの近辺にはいるはずだから」
「そうか。気をつけてな」
そう言ってルーチェはライトと別れ、リュミエールのもとに向かった。
ただ、ルーチェもライトもこの時には気がついていなかった。
自分達の影が僅かに揺らめいていたことに。
そして、アストラルがリュミエールのもとではなく、ルーチェとライトの前に現れたその理由に。
影は揺らめき、アストラルは笑う。
すでに種は蒔かれ、時とともに発芽する。
彼らはやがて歴史の証人となる。




