婚約者
「ん……」
倒れていたユリウスはゆっくりと立ち上がった。
既に意識を取り戻しているようだった。
「……まさか私が負けるとは」
状況を把握したユリウスは呟いた。
「なんとか隙をついて勝てました」
「隙か……。あの魔法を使った時点でそんなもの存在しないはずだよ。自分が何故負けているのか、理由が分からない。アルマ君は一体何をしたんだい?」
「種明かしをすると、もう二度とユリウスさんに勝てなくなると思うので秘密にしておきます」
「それはどうかな。アルマ君の実力は計り知れなかった。もう一度やって素直に私が勝てるとは思えないな」
「全然そんなことないですって。もうかなり限界でした」
「ははっ、そういうことにしておいてあげるよ」
……やれやれ、倒し方を少し間違えたかもしれないな。
まぁでも実力はユリウスも掴み切れていない。
一番最悪の事態は俺がユリウスよりも圧倒的な実力を持っていることを知られてしまうこと。
今回の勝ち方は妥協点ぐらい取れたはずだろう。
◇
その後、王の間に戻り、色々なことを聞かれた。
王都に本当に来る気がないのか? とかフランドル領の魔物の安全性についてとか。
それからルナが口から出任せで言った婚約についても少し触れられ、話を合わせるのにとても苦労した。
……そして、婚約者という前提で色々話をした。
そのため俺とルナはこれで本当に婚約者ということになったしまった訳だ。
これについて後ほど詳しく話していかなければならない。
俺としてはルナみたいに可愛くて良い子と結婚出来るのは嬉しいことだが、ルナ本人、そして両親のエリックさんとメイベルさんとも話す必要があるだろう。
そして、俺のギフトについても聞かれた……というよりも神官を連れてきて、授かったギフトを調べられた。
ギフト《転生者》が発動する前の俺ならば、何もないと結果が出るところだが、今の俺は自身のギフトを【事象操作】という魔法で偽装することが出来る。
俺も《賢者》のギフトを授かったということにして、事なきを得た。
謁見は夜まで続き、今夜は城に泊まることになった。
ヴィルヘミアを観光してきたラウルも一緒に城で泊めてもらえるようだった。
ちゃんとお土産を買っており、一人でヴィルヘミアを満喫していた。
その後は豪華な夕食と広い浴場に入ることができ、盛大にもてなしてもらえた。
そして翌朝、俺達はヴィルヘミアを発ち、フランドル領に帰ることとなった。
当たり前だが、帰りの馬車は俺達だけだ。
「ふぅ~、やっと終わったな……」
ヴィルヘミアを出たあたりで俺は言った。
「だな。おつかれさん」
ラウルは馬車を運転しながら労いの言葉をかけてくれた。
「めちゃくちゃ大変だったんだからな」
「しかし、よくあのユリウスに勝てたよなぁ。実質アルマがこの国で最強の魔法使いってことになるわけか。いやぁ~、誇らしいねぇ!」
「大変だったのはそれだけじゃないが……まぁこれはフランドル領に戻ってから言えばいいか」
「勿体ぶらないで教えてくれよ~。フランドル領まで結構距離があるんだぜ?」
「大丈夫だ。こんなときのために屋敷の近くの小屋に空間転移の魔法陣を描いてきてあるから。」
長距離の移動の際には正確な座標が必要となる。
今回俺が描いたのはそのための魔法陣だ。
これで帰りの時間を短縮できる。
「……つまりどういうことだ?」
「馬車ごと空間を転移させるんだ。だからすぐに帰れるよ」
「……あー、やっぱりそうだよなぁ。ユリウスに勝つぐらいだからとんでもない魔法使いなのは間違いないよな」
ラウルはウンウンと納得しながら言った。
「はははっ、まあね。馬車を止めてもらってもいいかな?」
「おうよ」
馬車が止まると俺は【空間転移】を唱えた。
景色が変わり、小屋の中に。
「ヒヒーン!?」
馬車を引っ張る馬は驚いて、鳴き声をあげた。
「本当に戻ってきちまったよ……」
「よし、それじゃあ一旦屋敷に戻ろうか」
「だな。そういえばさっきからずっとルナが黙ってるけど大丈夫か?」
チラっと俺を見て、
「……だ、大丈夫」
ルナは赤面しながら言った。
ラウルはこの様子を見て、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「オイオイ、これは何かあったんじゃないのか~? アルマも隅に置けないねぇ」
「その何かについては屋敷に戻ってから話すよ……」
「へへっ、楽しみだぜ」
そして、厩舎に馬車を返しに行く。
領民達は俺達に気付くと、いつの間に戻っていたのか不思議に思いながらもみんな温かく迎え入れてくれた。
……本当に王都で暮らすことにならなくて良かったと思う。
フランドル領は良い人ばかりで俺はこの場所が心の底から好きになっていた。
馬車を返し終わると、屋敷に戻る。
扉を開けようとしたとき、丁度エリックさんと出くわした。
「あれ!? もう戻ってきたのかい!?」
「はい。帰りは魔法でささっと済ませちゃいました」
「はは……流石だね。とにかく無事に戻ってきてくれて何よりだよ。3人共おかえり」
エリックさんは微笑んだ。
キッチンの方から声を聞きつけて、サーニャとメイベルさんもやってきた。
「あー! みんな戻ってきてる! いつの間に!? お土産買ってきくれたー?」
「もちろんだぜ。ほれ」
ラウルは包装された箱をサーニャに渡した。
「何が入ってるの?」
「クッキーっていう甘いお菓子だ」
「お菓子! ありがとう~!」
サーニャは喜んで箱に抱き着いた。
「ふふ、帰ってきてくれた途端に家が賑やかになりましたね」
メイベルさんは嬉しそうに言った。
図らずもルナと婚約したことを伝えるべき相手が全員いる。
あのことを伝えるなら今が絶好のタインミグだな。
「みんなに報告することがあります」
みんなの視線が俺に集まった。
あ、あれ……今から言うこと想像以上に恥ずかしいな。
「……ルナと婚約者になっちゃいました」
みんなの目が点になった。
ルナは隣で顔を赤くしていた。
「こ、婚約者!?」
「えー! お姉ちゃんがアルマさんと結婚しちゃうの!?」
「い、いや、まだ決まったわけじゃないから!」
「でもなんで婚約者になってるの?」
「じ、実はな……」
俺は事の顛末を語った。
「……アルマ君、フランドル領に戻ってきてくれたこと本当に嬉しく思うよ。ありがとう」
話を聞いたエリックさんが初めに口にしたのは感謝だった。
「王様には婚約者だということを伝えちゃったのかもしれないけど、関係を解消することだって可能なはずだからね。僕としては二人の気持ちを尊重するべきだと思うんだ。」
俺の気持ち……。
正直なところよく分からないが、これだけは自信を持って言える。
「俺はルナと結婚することになっても後悔することはありません」
「ルナはどうだい?」
「……私も別に構わない」
ルナは恥ずかしそうに声を振り絞っていた。
「それならしばらく婚約者の関係を続けてみるのはどうかな? 僕は二人が結婚することに賛成だよ」
「ええ。私も賛成ですよ。二人はお似合いですから」
エリックさんとメイベルさんは俺とルナが結婚することになっても構わないようだ。
「……じゃあ、このまま婚約者ってことで良いかな?」
ルナにそう話しかけた。
ルナは顔を赤くしながら頷いた。
「っ!」
そして、恥ずかしさのあまり屋敷の外へ逃げ出していった。
「あ~! お姉ちゃん可愛い~!」
それをサーニャが追いかけていく。
「追いかけてやれよ、婚約者さん」
ラウルがニヤニヤとした表情でからかってきた。
「ははっ、そうだな」
俺もルナを追うために歩き出した。
屋敷の外に出ると、フランドル領の全体が視界に入ってきた。
今日も魔物と人間が懸命に働いていた。
この領地でしか見ることの出来ない景色だろうな、とフランドル領に戻ってきたことを改めて実感する。
空は抜けるような青さに澄み切っていて、フランドル領は笑顔で溢れていた。
その光景を見て、俺はこれが幸せなのだと実感するのだった。
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