目を覚ます前のおはなし
アルマが目を覚ます2時間ほど前のことだ。
森の方から魔物がやってくるのを見張り役が確認し、すぐさま領民達に知らせた。
領民達は武器を取り、魔物の襲撃に備えたが、目の当たりにしたのは気を失ったアルマを背負ったフェンリルのフェルナートだった。
「フェンリルだあああぁぁぁ!?」
「で、でも見ろよ! あのフェンリル背中にアルマさんを乗せているぞ!」
領民達は フェルナートを目の当たりにした恐怖で震えながら、武器を構える。
錆びた鉄の剣、石の槍、そして開拓作業や農作業で使われる道具。
フェンリルを相手にするにはあまりにも粗悪すぎる武器だった。
「フェ、フェンリル……!? もしやアルマさんが言っていた話は本当だったのですか……!?」
オスカルは以前アルマが話していたことを思い出していた。
アルマは冗談のように話しており、オスカル自身もあり得ない話だと決め付けていた。
まさか本当だったとは……と、オスカルは驚愕を隠せなかった。
「アルマくん……!」
領主であるエリックはこの事態にいち早く駆けつけた。
畑から走って来たため、ハァハァと息が切らしていた。
「みんな、武器をおろして」
言葉を発したのはルナだった。
ルナはゆっくりとフェルナートに向かって歩いていく。
「ま、待て! 相手はあのフェンリルだ! 近づくのは危険だ!」
エリックはルナの肩を掴んで止めた。
娘に何かがあっては遅いと思ってのことだった。
「大丈夫。私はこのフェンリルと会ったことがあるから」
「なに……?」
驚いたのはエリックだけではなく、その場に居合わせた領民達も驚きを隠せなかった。
「安心して。ね?」
「う、うーん……。分かったよ……」
少し納得がいかないエリックだったが、ルナの肩から手を離した。
どちらにしろフェルナートがこちらを襲ってくれば、みんな助からない。
頭では分かっていたが、大事な娘をフェンリルのもとへ近づけさせるのは父親として抵抗があったのだ。
ルナは平然と恐れることなくフェルナートのもとへ近づいた。
フェルナートは屈んでアルマを優しくおろし、ルナはそれを受け止めた。
アルマの顔色は青くなっていて、ルナはこの症状に見覚えがあった。
「魔力が枯渇している……アルマが無茶して魔法を使ったの?」
問いかけにフェルナートは首を縦に振ってみせた。
「そう。アルマを運んできてくれてありがとう」
ルナは礼を言うと、フェンリルの後ろからこちらに近づいて来ている魔物達に気付いた。
「……やはり襲って来ないのだな」
勇気を振り絞って、エリックは娘とフェンリルのもとへ近づいていった。
「うん。きっと、フェンリル達もアルマを心配してくれたみたい」
「……達? なっ! まだ魔物がやってきているじゃないか!」
「お父さん、アルマが魔力が枯渇するまで魔法を使った経緯を考えてみて。アルマは既に魔物達を手懐けているわ」
「……確かにその可能性は高いと思うが、僕は領主として領民達の安全を無視するような思い切った判断をすることは出来ない」
「……なぁ、邪魔するようで申し訳ないんだけどさ、一つ提案してもいいか?」
領民達と一緒に静かにしていたラウルは手をあげて発言した。
「提案? 話してもらえるかい?」
「そこにいるフェンリル……さん……は森の主なはずだから、あの後ろ魔物達を森に返すことも出来るんじゃないか? 既にアルマがあの魔物達に二つ名を付与してあるなら野菜の収穫に手伝ってもらいたい数だけこっちにいてもらえばいいと思うんだ。もうウルフとボアは収穫を手伝っているわけだし」
「ガウッ!」
「ボアッ!」
ラウルの言葉にウルフとボアは返事をするように鳴き声をあげた。
「そんなことが本当に出来るのかい……? 出来るなら10体ほどこちらに残してもらえると助かるけど……」
エリックは恐る恐るフェンリルの様子を伺った。
フェルナートは『やれやれ』といった様子で後ろの魔物集団に合流し、森へ帰っていった。
フェルナートが去った後、大半は森に戻っていくが、残った10体はこちらに向かってやってきた。
「すげえ! 魔物がこっちにやってくるぞ!」
「マジかよ! アルマさん凄すぎるだろ!」
「若いのによくやるよなぁ本当」
一部始終を見ていた領民達は歓声をあげた。
魔物達の反応だけでなく、フェルナートが無事に去ってくれたことも大きかった。
それだけフェルナートが発する威圧感は尋常じゃなかったのだ。
「はぁ〜〜〜〜〜っ! よかった〜〜〜〜っ!」
エリックもどさっとその場で崩れ込み、ほっと一息ついた。
「お父さんだらしない」
「いやいや、エリックさんの反応は普通だから! こうなるのが普通だから! ビビらずに近づけるルナが凄いだけだからな?」
ラウルは一度フェルナートに会ったことはあるものの、恐怖で動くことは出来なかった。
フェルナートに近づくルナを見て、ラウルは負けていられないと思ったからこそ、あの場で発言することが出来たのである。
「そんなことない。本当に凄いのはアルマだから」
「大丈夫だ。お前も十分に凄い。って、そんなこと言ってる場合じゃないよな。早くアルマを運んでやろう。ほら、俺が担いでやるよ」
「うん。分かった」
ルナはアルマをラウルの背に乗せた。
「運ぶのはアルマの部屋でいいよな?」
「いいと思う」
「よし、それじゃあいくか」
ラウルは屋敷に向かって、意識のないアルマを運んで行く。
ルナもそれに付いて行き、残されたエリックは自分の不甲斐なさを痛感していた。
領主として情けない。
エリックはパチン、と両手で自分の顔を叩いて気合を入れた。
「我々もまだまだ若者達には負けていられません。アルマくんの頑張りを無駄にすることなく、僕達も精一杯頑張りましょう! 引き続き、今日の作業を皆さんよろしくお願いします!」
エリックさんの呼びかけに領民達は応えて、一層各々の仕事に励むのだった。
アルマの気絶は自身のうっかりミスのようなものだったが、思わぬ形で領民達のやる気に火がついた。
【重要なお知らせ】
『その無能、実は世界最強の魔法使い』の《コミカライズ》がスタートしました!
掲載先は【ヤンマガWEB】です!
漫画は三川彡先生が担当してくれています!
なろう系ならではのテンポの良さを存分に楽しめる内容になっています。
本作を好んで読んでくれている方なら気に入ること間違いなしです!
金曜更新の隔週連載みたいなので、是非ヤンマガWEB内でお気に入り登録して更新をチェックしてみてください!
是非【ヤンマガWEB】で本作品のコミカライズを楽しんでいただければなと思います!
引き続き応援よろしくお願いします~!




