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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第2部 禁書庫の六使徒
95/112

第95話 3回死んだ男

「おかしなことになっちゃったわねえ。こいつら、ちゃんと自分たちの立場わかってるのかしら?」


 カルラは飾った爪を唇に当て、少し不思議そうに辺りをうかがった。


「はてさて、彼らの気持ちやことの顛末は、わたしにはわかりかねますが――おや、この新聞、最新号ですかな」


 ルドヴィークが地面から拾い上げた新聞の一面は過激すぎる見出しで覆われている。『アレシュの力は悪魔の力だ!』『六使徒は魔界と繋がっていた。扉が開き、百塔街が消える!』などという文字が大きすぎるせいで、本文は一文字もないありさまだ。

 すかさずミランが奪い取り、あっという間に細かな紙片へと変えて辺りへまいた。


「何が悪魔だ! そんなもので怯むようなら、とっとと街から出て行け! アレシュ、全部終わったらあの阿呆新聞社は、焼くなりつぶすなり好きにしてしまえ!」


「そこまでする必要もないさ。新聞の調子がおかしくなったのが誰のせいかは目に見えてる。しかも彼は常に実地で事件を目にしないと気が済まないらしいね。その辺りは褒めてあげてもいいけれど……ここから無事に帰れる保証はないよ、ヤルミル」


 アレシュが静かに呼ぶと、くぐもった笑い声があがった。


「ばれてる、ばれてる。まあ当たり前ですかねえ。あたしは現場主義ってやつでして。記者が事件に居合わせなきゃ、まったく意味がないでしょう?」


 怒りに沸き立つ群衆をかき分けてやってきたヤルミルは、いつものように、にやりと笑ったのだろう。それが推測にしかすぎないのは、彼の顔も例の頭巾で覆われているせいだ。ちなみに外套その他、衣装はいつもどおりのよれかたである。

 いつもよりさらに奇っ怪ないでたちで、彼はやたらと楽しげに言う。


「これね、泥沼になってる北方三国戦線の新装備ですよお。悪い瓦斯を防ぐんですって。あすこは死人が多すぎて、死体から剥いだ装備が裏でずいぶん出回ってるんです。あんたの香水に対抗するにゃあこれしかないと思いましてね。あんたに抗議する、っていう強い意志のある奴らに無償で配らさせていただいて、一緒にあんたの館までやってきたってわけですよ」


 いつもの調子のヤルミルに、アレシュは唇をゆがめた。


「そんな暇なことをするから魔界の紳士に引き寄せられちゃうんだよ。――さて、どうする、みんな。ここまで生かしておいてなんだけれど、ヤルミルにはそろそろ退場してもらうかい?

 ……みんな?」


 台詞の途中でアレシュが怪訝な顔になったのは、ミランを始めとした実体を持つ三人の使徒がものすごく微妙な表情をしていたからだ。

 怪訝そうな、というか、決まり悪そうな、というか、そんな顔の彼らは、口々に妙なことを言い出す。


「……あれは、やはり、ヤルミル本人なのだろうな?」


「そう見える、わよねえ……?」


「ふむ、おかしいですな。あれは、わたしが殺したはずなのですが」


 いきなりのルドヴィークの発言に、アレシュは目をむいた。


「えっ、殺したって? 君が?」


「はい、まあ、その……六使徒に圧力をかけている団体を調べましたところ、百塔街新聞社が出てきましてな。最近外の暴力組織の手が入ってもろもろの売れる情報を集めていたらしいのですが、その関係で雇われたヤルミルが暴走し、我々に不利になるよう暗躍しておったのです。

 無謀な割りに、ヤルミル自身はただの人間のようでしたので、さくっと……」


 ルドヴィークは神妙な顔になって説明する。


「そういうわけだったのか……って、あれ? じゃあ、ここにいるヤルミルは」


 アレシュが思わずヤルミルを見ると、今度はミランが調子外れの声を出した。


「待て、待て待て! 俺もあまりのうるささに、先日独断で、その――やってしまったのだ」


「――やった? 下僕が? あれを? えっ?」


 ますます意外な発言に、アレシュは目を丸くする。

 と、カルラも顔色を変えた。


「うっそ、下僕ちゃんもやったの? いつ? っていうか、私も一回やっちゃったんだけど」


「……おい。待て、君たち。それじゃあいつ、三回死んでることになるぞ」


 あまりに奇っ怪な三つの証言に、アレシュは呆然としてヤルミルをうかがう。

 すると彼は、いかにも面倒くさそうに防毒マスクをした頭を傾けた。


「あんた、にっぶいなあ。ここまできて気づきませんか? っていうか、どうして百塔街に赴任してきたこの俺が、なーんの力も持ってないって思うんです。甘い、甘い、甘いなあ。しかも仲間の間での連絡もできてないっていう甘さじゃ、もうどうしようもない。

 あのね、あたしは魔法使いじゃないですけど、呪いは受けてるんですよ」


 ここまで言われれば、彼のいわんとしていることは誰にだってわかる。

 あまりに簡単で意外な結論に、アレシュは緩やかに目を瞠って言う。


「つまり――君が受けているのは、不死の呪いか」


「そういうこってす。死なないあたしにゃあ蛮勇ってもんがある。だから色んな記事をものにできるんですよお。あたしみたいのじゃなきゃ、常識外れのあんたたちには対抗できない。あんたたちを記事にして、真実を暴き、最終的にたたきのめすのは、このあたしです」


 彼の言葉はマスク越しでも怨念じみたものをまとい、重く響く。


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