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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第2部 禁書庫の六使徒
94/112

第94話 書き割りの百塔街

『愛』の書架を通り抜けた先は、完璧な暗闇である。

 普段なら夜目のきくアレシュだが、ここでは本当に何も見えない。

 ということは、ここには一切光がないか――もしくは、何者かの力でアレシュの視力が奪われたか。

 ここでそんな力をふるう者は、ただひとりだ。


「……なるほど。あれをあのようなやり方で倒し、ここまで来るとは。やはり君の才能は素晴らしく、その力は得がたいようだ。わたしはそろそろ本当に君を認めねばなるまい」


 またも四方八方から同時に響いたグリフィスの声に、アレシュは答える。


「ありがたさで泣いてしまいそうだけど、僕はハナさえ戻って来ればそれでいいんだ。どうだい? そろそろハナを返す気になったかい?」


「それとこれとはまったく別の話であるよ。しかし、君たちを無視してはいけないことはよくわかった」


 グリフィスの声は少し神妙な調子になった。魔界の紳士にこんな声を出させたという時点で、己の有能さに浮かれ踊ってもいいくらいだ。

 アレシュはすうっと目を細め、誘惑者の顔で甘く囁く。


「無視はさせないよ。なんなら、君も僕の香水を楽しんでみる?」


 そんな彼の態度が面白かったのか、周囲からは軽やかな笑い声が響いた。


「跳ねっ返りの子供だ。可愛いね。だが、こういう手はどうであろうか?」


 グリフィスが笑い混じりに言ったときから、辺りに淡い光が生まれる。

 あっという間にアレシュの足下には石畳の感触が生まれ、空には薄赤い光が満ちた。


「これは――」


 アレシュは驚いて空を見上げる。

 そこにあるのは、一見本物の空のように見えた。一見、というのは大気の香りは未だに屋内のものだからだ。

 ただ、見た目は完璧な赤い空が頭上に広がっている。

 これは一体、どういうことだ。

 足下でがさり、と音がして、アレシュは視線を地面に引きずり下ろした。

 アレシュの足下に引っかかっているのは、粗悪な紙質の『百塔街新聞』。


「……本物かい?」


 誰にともなく訊きながら、アレシュがしなやかに腰をかがめて新聞に手を伸ばす。

 そのとき、アレシュの頭部目がけて何かが飛んだ。

 ルドヴィークの刃が走り、飛んできたものが真っ二つにされてふっとぶ。ごっ、と鈍い音を立てて石畳に落ちたのは、握り拳大の石だ。

 ルドヴィークがかちり、と音を立てて仕込み杖を鞘に戻し、外套の裾を翻して振り返る。


「――ふむ。なにゆえか、我々は百塔街に戻ってしまったようですな」


 探るような彼の言葉に、カルラが不思議そうな顔で瞬く。


「……違う。そうじゃないわ。ここは相変わらず魔界だし、図書宮殿の中よ。魔法の気配がさっきのままだもの。この風景は幻。ただ――ちょっと、信じられないんだけど……」


「どうなさいました、カルラ殿」


 彼女らしくもないためらいに、ルドヴィークが問いを投げる。

 カルラが答える前に、周囲からは濁りきった叫びがあがった。


「アレシュ・フォン・ヴェツェラ! 百塔街を魔界に売ろうったって、そうはいかねえぞ!」


「買収のためにわざわざあの穴空けやがったの、てめえらだろう! 一体何人死んだと思っていやがる!」


「今度は時計塔をぶっこわす気か! やっぱり魔界側の人間だってのは本当だな!」


 以前とは打って変わって敵意に満ちた声を投げてくるのは、アレシュたちを少々遠巻きに囲んだ人間たち――おそらくは、人間たちだ。

 おそらく、というのは、彼らの顔が奇っ怪な頭巾で覆われていたからである。古い潜水服のマスクもかくや、といった様子の密閉性のある頭巾で、目の位置には大きなレンズがふたつはまり、口元の通気孔から濁った声が零れる。

 そんな姿に、アレシュはいっそ感心してしまった。


「なるほど、これなら僕の香水の影響は受けないか。あまりに無粋すぎる対処法で、ちっとも思いつかなかったよ。だけどこれは、一体誰の入れ知恵かな?」


 ざっと見渡した限り、数は五十ほどだろうか。周囲の建物の柱の陰やら、路地やらに半ば隠れたまま叫んでいる者たちもいる。

 アレシュはひとまず、中空に向かって叫んだ。


「グリフィス! これは一体どういう茶番だ? このひとたち、本物の百塔街の住人たちじゃないか!」


「本物……だと? それは一体どういう意味だ? これも幻の類ではないのか?」


 ミランが顔をしかめた直後、グリフィスの声が愉快そうに告げる。


「幻ではないよ。君たちがしばしば我々の仲間を向こうへ呼び出すように、わたしたちも君たちの仲間をこちらへ呼び出すことはできるのだ。彼らはちょうど人間界で君たちの館へ向かうところだったので、お招きしてみたのだが――さて。


 魔界のものを殺すことになんのためらいもない君たちは、罪はあれど同じ街で暮らしてきた彼らを、六使徒として守ろうとしてきた彼らを、どのように殺すのであろうか? 是非とも、私に見せておくれ!」


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