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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第2部 禁書庫の六使徒
76/112

第76話 魔女と葬儀屋の秘密の話

 アレシュは心の底からそう言ったが、ルドヴィークはじっとハナを見つめたまま、オルゴールを差し出している。


「大丈夫です。ハナさんも、本当に本気なのだと伝わってきましたし、実際、わたしもこうしたいような気もしておりまして。さあ、ハナさん。どうぞ」


 ルドヴィークは押し殺したような声で言い、ハナはその言葉に勢いよく顔を上げた。いつも真っ白で陰鬱なハナの顔がやけに大人びて見え、アレシュは息を呑む。

 彼女はせわしなくルドヴィークとオルゴールを見比べたかと思うと、遠慮なしに彼の腕からオルゴールを奪い取る。


「おい、ハナ。せめて礼くらい……!」


 アレシュがかけた声も虚しく、ハナの姿は彼女の扉の中に消えてしまった。

 するすると薄闇に溶けていく扉を見やり、アレシュは深いため息を吐く。


「――すまなかった、ルドヴィーク。そして、ありがとう。あの子、最近は特に何を考えているのかわからなくなってきた」


「いえいえ、ハナさんだけではないでしょう。女性は誰しも男の手にはおえないものですよ。それが異界から来た者となればなおのこと。魔界ではすべての法則が、こちらとは違うと申しますからな。彼女には彼女なりの、我々には理解しがたい理屈や悩みがあるのかもしれないではないですか?」


「異界……か」


 アレシュは口の中で繰り返し、少々乱暴に頭を引っ掻く。

 穴の事件に関わってから、ハナが魔界の少女だと思い知ることばかりだ。そんなことはずっと忘れていたかったのに、どうやらそうもいかないらしい。

 アレシュは深いため息を吐いてからルドヴィークを見上げ、いつもより殊勝に言う。


「これからは、もう少し気をつけるよ。六使徒を続けるからには、ね。――さて、じゃあ、今日はここで解散だ。それぞれ、調査に入ろう」


 最後は周囲を見渡すようにして言うと、カルラ、ルドヴィーク、ミラン、そしてぼんやりとしたサーシャもいつもよりはっきりと姿を見せてうなずいた。

 アレシュは皆にうなずき返してから踵を返す。

 地下に戻るのにハナを呼ぼうとしかけて、軽く唇を噛み、本来の順路をたどるためにサルーンを突っ切っていった。


 残されたミランは腕を組んで憔悴したアレシュの後ろ姿を見送りながら、いささか神妙な面持ちになる。


「ふむ。労働に目覚め、六使徒のまとめ役としての自覚も出てきたようで、喜ばしいことではあるな。しかしどうもハナさんの扱いについては感心できん。あいつはあれだけ女遊びをしておきながら、どうして女心というものに疎いのだ? なあ、カルラ姉さん、ルドヴィーク……って、おい! 俺がまだ話しているだろうが!」


 ミランの叫びも虚しく、カルラとルドヴィークはとっとと玄関に向かっていた。


「あなたの話って、基本的に毒にも薬にもなんないんだもん。軽く笑いたいときしか要らないわー」


「わたしはそこまで失敬なことは思っておりませんが、ただ、それなりに多忙でしてな」


 遠慮のないことを言いながら、玄関広間にたどりついたルドヴィークがカルラのために扉を開ける。カルラは扉をくぐる前にふと足を止め、少し悪戯っぽく長身のルドヴィークを見上げた。


「ありがと。にしてもあなたも、最近大変そうねえ。街の有力者で変な動きをしてるのがいるんだっけ? それって六使徒がらみなのかしら。そういやこっちも、六使徒として動くと変な難癖つけられたりしてるのよ」


 カルラの戯れに探りを入れるような問いに、ルドヴィークは形だけ紳士的な、は虫類じみた笑みを取り戻して答える。


「六使徒がらみなのか、アレシュやわたし個人への恨みなのかは存じませんが、こちらも色々つかんでおりますよ。裏で焚きつけている連中もわかってきまして、早急に対処させていただこうと思っております。おそらく、もうすぐそちらへの難癖とやらもなくなるのではないかと」


「あらあら、そうなの? まあ、組織で動いたほうが強いところは全部お任せするわ。私はどうしてもひとりが好き。群れるのって向かないのよね」


「わかりますぞ。その割りに、六使徒の活動には熱心なようですが」


 ルドヴィークの言葉に、カルラは外界へと踏み出しながらちょっと首を傾げた。

 目の前には真っ赤な空を頂く百塔街が広がっている。あまりにも見慣れた風景。あまりにも慣れた、物騒な日常。

 けれど、昨日と今日はいつだってちょっとだけ違う。

 カルラは緩やかに瞬いて言った。


「そういえば、そうね。六使徒はあんまり、群れるって感じじゃないのがいいのかな」


「それは確かに。六使徒は組織ではない。だから何かと言われると、なかなかに定義が難しいのですが」


 珍しくルドヴィークも煮え切らない様子だ。

 カルラが数段の石段を下りていくと、ふと生臭い風が足下に一枚の紙片を運んできた。足に引っかかってかさかさ音を立てる紙片を見下ろし、彼女は軽く眉をひそめる。


「うわ、この新聞、まだ出てたんだ。しかもまあ――相変わらずっていうか、ますますひっどい内容じゃない。もう、完璧にねつ造の域」


 カルラがすねたように言って踏みつけると、新聞は端から焦げて丸まっていく。

 燃えて消えていくその新聞の見出しはというと、『六使徒、事件に奔走! しかし捜査に進展なし。内部に裏切り者の影?』というものであった。

 焦げて小さな黒い固まりとなった新聞を見下ろし、カルラはつぶやく。


「でもまあ、こんなばかな新聞が出るのも、ここまでだわね」


「しかしまあ、このような愚かな記事が躍るのも、ここまででしょう」


 ほとんど同時にルドヴィークも同じようなことを言ったので、カルラとルドヴィークは怪訝そうな顔を見合わせる。


 が、結局どちらも問いを投げることはなく、それぞれ視線をそらすことにした。

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