第7話 百塔街の伝説
「むかーし、むかし。そう、それは、魔法使いが政治に関わっていたくらい昔の話だよ」
ここは百塔街からは蒸気列車で七日ほどかかる半島の宗教小国、ゼクスト公国。
青い空の下、美しい聖堂前の円形広場で、道化の衣装を着た男が糸のついた人形を両手で操っている。彼の周りには多くの子供が集まり、噴水の端っこや、石畳に直接座って食い入るように人形を見つめていた。
かつての宗教詩人であり、今も下級聖職者である道化は歌うように続ける。
「百塔街を作った王様は、とっても偉いひとだった! どのくらい偉いかっていうと、その偉さを見せつけるために塔を百も建てられるくらい偉かったんだ。そんな彼を支えていたのは、もちろんひとりの魔法使い。色んなことを知っていて、すごく強いひとだった。王様と魔法使いはとっても仲良し。だけど、仲良しっていつかは喧嘩をするんだよねえ。わかるだろ?」
王様の人形と、杖を持った魔法使いの人形は、がみがみと怒鳴り合う所作を見せる。
子供たちが小さな声で同意し、嘆くのを聞いてから、道化は続けた。
「やがて、王様と魔法使いはひとりの女性をめぐって大げんか。王はそれまで恋人のように遇していた魔法使いを、もう要らないよ! って百塔街から追い出しちゃった。魔法使いはもちろん激怒。彼は命がけで王を呪った。王よ、彼の王国よ、呪われよ! とね」
彼が語るのは、どこの国にも属さない巨大な無法地帯である『百塔街』の物語だ。近隣諸国、ひょっとしたら世界中の人間が、七門教の教義よりも先に知る話。
かつて、魔法が世界を動かすもっとも大きな力だった時代。
希代の大魔法使いの呪いは、現在百塔街と呼ばれる地を奇っ怪な場所に変えてしまった。邪悪なものどもがあふれるとされる魔界へ繋がる地点が無数に生まれ、街の形はあちこちで不条理に曲がり、常識も形も違う魔界の人々が流れこみ、人間を殺して回り始めたのである。
「なら、その国は滅びるはずじゃないの? どうしてまだあるの?」
「いい質問だ」
子供の問いに、道化は王様の人形を操ってこたえる。
「確かにわしの国は滅びる寸前じゃった。しかし、わしはそれを逆手にとったのじゃ。『わしはここを呪われた王国と定める。呪われた者よ、呪われた器物を持つものよ、この国に集まるがよい! わしは呪いを悪と見なさず、呪術師や魔女を裁かぬ』とな。みんながわしを狂ったと思ったし、街はますますゆがむと思われた。ところが、不思議なことに――いや、当然のことか。我が国へ集まった悪党どもは、国にかかったすさまじい呪いを鎮めて名をなそうとし始めた。おかげで、我が国のゆがみはぴたりと止まったのじゃよ!」
「へえええ、すっごい!!」
「すっごいけど、変だよ。どっちにしろ悪党しかいないんでしょう? そんな国、えらい人がとっとと攻めほろぼしちゃえばいいのに」
不満そうな少年に、道化はそっと片眼を閉じて笑った。
「そう思うよね。そのために、日々エーアール派の司祭様たちが頑張っているんだよ」
子供たちは話を聞き終えると、不思議そうに、あるいはちょっと怖そうに、わあわあと自分の意見を口にし始めた。彼ら、彼女らは知らないが、ちょうどそのとき、広場正面の聖堂の最奥にある議場では、実際に『司祭様たちが頑張って』会議を行っていたのだ。
議題はもちろん、『派遣した司祭を魔界の住人に食い殺させた百塔街にどのような罰を与えるかについて』である。




