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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第2部 禁書庫の六使徒
61/112

第61話 いつの間にやら英雄に

「……まさかとは思ったけど、続ける気だったんだな、深淵の使徒」


「いやいやいやいや、何を言っている!! やる気満々だったのは貴様のほうだったろうが! 法なきこの『百塔街』にあって、街の平和を守る者、『深淵の六使徒』。せっかく名が売れたところだというのに、解散する必要がどこにある! 見ろ、新聞も期待しているぞ!」


 なるほど、ミランの突きだした百塔街唯一の新聞には、インクがぷんぷん匂いそうな太い文字で『娼婦連続殺人事件を、深淵の六使徒が解決!?』『彼らこそ真の神使だ!』『何かあったら彼らの名を呼ぼう!』などという文句が躍っている。


「へえ、確かに実に大きな扱いだ。ちなみに僕、こんな事件があったことすら今知ったんだけど」


 アレシュが少し面倒くさそうに言うと、ミランは両手を腰に当てて思い切り叫んだ。


「うむ、俺も知らん!!」


「……デマ、だよね?」


「デマだが、我々の名前は出ている!」


 力強いミランの主張に、アレシュはげっそりしてサルーンの隅へ向かった。

 そこには部屋からはみ出した贈り物がきらびやかな山を築いている。アレシュは山の中腹あたりから適当にキャンディの箱を引き抜きながら言う。


「いいかい、ミラン。僕は確かに『六使徒』の活動の中心に立つと言った。だけど僕らが動くのは百塔街の存亡をかけたような事態だけだよ。こんな些末な事件に顔を出しても痛くもない腹を探られるだけだし、下手な期待をされるのもごめんだ」


「いちいちもっともだが、あのクレメンテを倒したことで、すでに百塔街の人々は我々に期待しているのだ。こうして山ほど贈り物が届くのも期待ゆえ。六使徒がらみの虚構を載せた新聞の売り上げは倍増、もはや連続小説の勢いだと聞いたぞ?

 見ろ、この挿絵の俺を! 本物には劣るにせよ、かなりの迫力ではないか!」


 ミランはまくしたてながらなおも新聞を押しつけてくる。

 一応視線をやってみれば、そこにはミランとは髪型くらいしか一致していない屈強な大男が、大鉈を持って犯人を追っているペン画が描かれていた。

 アレシュはうんざり顔でキャンディを指で漁った。


「……創作にしても下の下だな。僕の下僕はもう少しまともな顔だ」


「なんだ、腹の具合でもおかしいのか? いきなり俺を褒めるな。照れるではないか」


「顔を赤くするな気持ち悪い。僕が評価したのはお前じゃなくて、お前の上っ面一枚だ。そもそも体術なんか本で学んだだけのお前に、鉈を振り回したりできるもんか」


 素っ気なく言い、アレシュは小さな花を模した砂糖菓子を口に入れる。口の中でほろりと消えてしまうあまりに儚い感触にもうひとつつまみ出そうとすると、箱の底に小さなカードを見つけた。

 カードには、確かに『あなたの信奉者より』とある。


(……期待、ねえ)


 アレシュは眉根を寄せ、ゆっくりとふたつめの菓子をかみしめた。

『深淵の六使徒』の繋がり自体は、もちろん不愉快ではない。

 むしろ、生まれ持っての美貌の他には最近思い出した調香の腕と、あとは『魔界と人間界の境界を壊してしまう』という扱いづらい力しか持たないアレシュにとって、ミランはともかく百塔街の実力者であるカルラやルドヴィークとの繋がりはかなり喜ばしいことではある。


 ただし、どうも、世間の思う『六使徒』と、自分の思う『六使徒』にずれが出始めているような気がするのだ。


「サーシャ。君は、『六使徒』は続けるべきだと思うかい?」


 いっそこの世のしがらみから逃れてしまった彼に訊くか、とばかりにサルーンの奥の薄闇に声をかけると、古びた絵画の前の大気がゆらりと揺らめく。

 ほとんど目の錯覚かと思える程度の赤と白が浸みのようににじみだし、ぼんやりとひとらしき姿を取ったかと思うと、絨毯が文字の形に毛羽立った。


 子供が指で書いたような文字は、『夜に来る』。


「――夜?」


 どういうことだ、と問いただそうかとも思ったが、サーシャの姿はすでに薄闇の中に溶けてしまっていた。

 幼いアレシュの友人になってくれたサーシャは、もう数年前に死んだ幽霊だ。

 その姿はたまにはっきり現れることもあるが、普段は霧のような姿で存在し、かすかな衣擦れや、床を踏む軋みなどを響かせるだけの静かな存在である。

 そんな彼からの思わせぶりな伝言にアレシュが少し考えこんでいると、ルドヴィークが深い声で小さく笑った。


「サーシャ殿も、我々と同じものに気づかれたようですな。実は、我々は昨晩の『あれ』のせいで、それぞれ勝手にここへ集まったのです」


「『あれ』? そういえばカルラもそんなことを言ってたね」


 ふと顔を上げたアレシュの横から、ミランが真剣な顔を出して主張する。


「そのことなら、とっくに俺も言っていただろうが! 昨晩の『あれ』でねぐらをつぶされた、と!」


「お前の言うことは自動的に却下するように習慣づいてるんだ。だけど、ルドヴィークとカルラまでその件で来たなら本物だな。――で、一体何があったって?」


 今さらながらのアレシュの問いに、カルラとルドヴィーク、そしてハナも、一瞬視線をからませる。

 そして、皆を代表して、カルラがゆっくりと片眼を閉じて囁いた。


「穴が空いたのよ。百塔街の、真ん中にね」


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