第54話 竜殺しの顛末
思えば、最初から色々とおかしなことは多かった。
消えた死体。
妙にはっきりとしたサーシャの幽霊の出現。
その直後に、アレシュとクレメンテとの邂逅。
すべての事件はアレシュの周りに吸い寄せられるように起きてきた。
アレシュたちはそれらをすべてクレメンテの差し金だと思っていたが、さっきクレメンテは確かに言ったのだ。
『自分は死者をよみがえらせることなどできない』と。
彼は理解しがたい人間だが、きっと嘘だけは吐かない。
ならば、すべてを仕組んだのは?
「クレメンテは信仰を失った衝撃で、我が家で寝こんでるよ。彼は彼でかわいそうなご老人だ、少しつきあってみてよーくわかった。あんなひとが僕のハナを人質にしようと考えるなんて、あるわけなかったんだ。僕も早く気づけばよかったよ」
軽やかにアレシュが言うと、クロイツベルグは重々しくうなずいて同意する。
「そうですね。思ったよりはずいぶん気づくのが遅かった。そういう点では、俺の狙いははずれてはいなかったんですが」
「最初に聖ミクラーシュで回収した死体を隠して、僕に罪をなすりつけようとしたのも、君かい?」
ほとんど陽気とも言えるほどの口調の問いに、クロイツベルグは世間話のように答える。
ただし、銃は構えたまま。
「当たり前です。どこの聖職者があんな妙なことをしますか。俺はあなたに罪を着せられればそれだけでよかったんですが――クレメンテほどの化け物が出てきたのは計算外でした。俺もこの街を浄化されてしまっては困りますからね。少々計画変更して、あなたたちとクレメンテがぶつかってくれるよう、小細工を」
「ひょっとして、僕とクレメンテが最初に魔法小路で会ったときも?」
「なじみの呪術師にあなたたちとクレメンテの後をつけさせていました。あなたの気を引くよう、呪術人形を放ってクレメンテのほうへ誘導したのは確かに俺の差し金です。クレメンテは実に善良なひとだ。最初の出会い以降あなたが気になって仕方なかったようで、ついさっきもあなたが逆さ教会にいると親切ぶって教えてあげたら、喜んで飛んでいきましたよ」
なめらかな彼の言い分を慎重に聞き、アレシュは静かに言う。
「……なるほど。君は、最初は単にルドヴィークを追い落としたかっただけなんだな」
「なぜそう思います?」
クロイツベルグの瞳が少しばかり興味の色に光ったので、アレシュは親切に解説してやる気になった。
ここまでしてやられて引きずり回されたのだ、少しくらいはこいつの鼻を明かしてやりたい。
「死体が消えたときに、ここの地下で見た壁の絵。あれ、君が描いたんだろう? ハナをさらったときの書き置きと筆跡が同じだった。僕らはあの竜の絵を『聖職者が水に細工をしようとしている』と読んだけれど、それは間違い。あれには君がこめた呪術的な意味があった。
『竜』はすべてを呑みこもうとする親や、目上の者の象徴とも読める。この見立ての場合、『竜』殺しは、若者を一人前にするための通過儀礼だ。つまり君はルドヴィークを『竜』に喩え、自分を竜殺しの英雄だと宣言していた」
アレシュに言われると、クロイツベルグはどことなく面白そうに小さくうなずいた。
「否定はしません。ルドヴィークは今の葬儀屋にとっては邪魔な存在でした。もちろん、個人としての能力はすばらしい。ですが我々は組織です。組織を適切に動かす力をなくしたのに引退もせず、人形遊びをしている男など必要ない。むしろ、害悪だ」
「それは君たちの事情さ。君たちがルドヴィークと話をつければよかったんだ。僕なんか巻きこまずにね」
半ば呆れてアレシュが言うと、クロイツベルグは低く笑う。
「彼を直接切り捨てると面倒が多い。あなたの不祥事の責任を取らせるのが一番簡単だったんです。あなたは人形に次いで、ルドヴィークの弱点でしたからね」
「――弱点? なんで」
少々不意を突かれてアレシュが訊く。
クロイツベルグは辛抱強く言った。
「友達だったでしょう、彼の」
「……まあ、一応」
ついつい言葉を濁してしまうのは、向こうがそう思っているという自信がないからだ。
ミランやハナはともかく、ルドヴィークはアレシュの父への義理と、アレシュの力への興味で通っていただけのような気がする。
クロイツベルグはそんな彼を見つめ、迷いを切り捨てるような乾いた声音で告げた。
「あなたの認識はどうでもかまいませんが、彼が友達と呼ぶ人間の中で生きているのは、随分前からあなただけでした。まあ、あなたはそれなりに俺の役に立ちましたよ。ルドヴィークの人形を壊して彼を役立たずにしてくれたし、あのとんでもない司教も片づけてくれたようだ。――あなたの役目、このへんで終わりにしてあげましょう」
さあ、ここからが勝負だ。
予想通りの台詞に、アレシュはとびきり甘く笑って言う。
「試してみる? 僕はこの位置からでも、君を化け物に変えることができるよ」




