表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第1部 廃王国の六使徒
53/112

第53話 真犯人のもとへ

 冷えた石の建物は、今やすっかりと血で装飾されていた。

 床には何人もの葬儀屋たちが血を流して転がり、己の運命を呪ってうめいている。

 今回の香水の効果は『攻撃的な幻覚、幻聴』。彼らはアレシュの香水で化け物が襲ってくる幻覚を見た結果、同士討ちして戦闘不能に陥ったのだ。

 不吉な音楽のようなうめき声の間をぬって、アレシュは慎重に先へと進む。


(ここまではうまくいったけど、ちょっとうまくいきすぎた。案内に使えそうな奴がほとんどいないじゃないか)


 はたしてクロイツベルグはどこなのか。

 倒れた葬儀屋をつついてみても、みな苦痛を訴えるのに忙しくて案内はしてくれなさそうだ。

 幹部の居場所となれば、外から攻めづらいところかな、と思いながらアレシュは広間を抜け、体を低くして細い通路の様子をうかがう。

 すると、通路の先のほうに数人の葬儀屋がたまっているのが見えた。

 アレシュの香水にはやられていない。抜け目なく周囲を警戒しつつ、この騒ぎでも持ち場を離れようとはしていない様子だ。


(当たり、かな?)


 アレシュは軽く息を吐いて心を決め、すっと背を正すと、その通路へと入りこんだ。

 喪服姿の男たちはすぐにアレシュを見つけ、数人が銃を構える。


「――ヴェツェラさん。止まってください」


 明らかな警戒の気配はあるが、まだ言葉には敬意の欠片があった。

 警鐘は聞いていても、アレシュが侵入者だという確信はないのだろう。

 彼らの態度に淡い不快感をかき立てられて、アレシュは毒を潜めて笑う。


「君がどうしてもというのなら止まってあげたいけれど、今日だけは駄目なんだ。どうしてもクロイツベルグさんに会わないと。案内人が僕の不注意から死んでしまったから、代わりに君がクロイツベルグさんの部屋まで案内してくれるかい? ちなみに、抵抗は認めない」


 アレシュは言い、自分のつけている香水の効果範囲を計算して指を鳴らした。


「さあ、動いて」


 アレシュの声に、五人ほどいた男たちは面白いほど簡単に従う。

 瞳からぱっと意思の光が消え、五人はきれいに整列した。ひとりが通路の端にあった扉を開けて、あとはぞろぞろと全員扉の向こうへ入って行く。

 アレシュが慎重に後へ続くと、扉の向こうはちょっとした控え室だ。

 壁紙も、ソファと茶卓の組み合わせも、壁にかかった絵も、どれも落ち着いていて調和している。

 そんな部屋の片側の壁に、やけに上等な木で作った扉があった。

 葬儀屋の男たちは、その扉の前に固まって沈黙する。


「なるほどね、この先が彼の部屋っていうことか。ではそこの君、銃を構えて。僕が安全に会話できるように、クロイツベルグさんをおどしつけてくれないかな?」


 アレシュの指示で、ひとりが銃を構え、ぎこちなくクロイツベルグの部屋の扉を叩いた。

 直後、くぐもった銃声が響いた。

 少し遅れて、扉を叩いていた男がよろよろと後ろへさがったかと思うと、上等な絨毯の上へ倒れ伏す。


「ん……? 何だ、今の」


 一体、誰がどこで銃を撃ったのだろう。

 アレシュが今ひとつ状況を理解していないうちに、さらに何発か銃声が響き、扉の正面に居た男たちがあとふたり、銃弾を受けて倒れた。

 アレシュは扉に空いた小さないくつかの穴を見つめ、恐れるよりも先にびっくりしてつぶやく。


「えーと、つまり。今の数発の銃声は、扉の向こうから撃った銃声ってわけか。扉を貫通させて、人間に弾を当てた、と。……ねえ、君たちの上司、本当に人間かい? 物騒だなあ。これからはもう少し注意して扉を開けたらいい」


「は……はは、ははは……嫌……もう嫌です、クロイツベルグさんにゃ、絶対勝てる気がしねえ! 許してください……!」


 衝撃のあまり多少正気を取り戻したのか、葬儀屋のひとりが半笑い、半泣きになって叫んだ。アレシュも一瞬慈悲の心をだしそうになったが、弱肉強食、悪が悪を食らうのは百塔街の掟である。


「いや、僕より君のほうが身体能力的には絶対ましだよ。頑張って先に立ちたまえ、ほら」


 アレシュが無責任に葬儀屋を元気づけ、指を鳴らすと、ふたりの葬儀屋は泣き顔のままで扉の脇に控えた。

 中の気配をうかがい、ひとりが扉に体当たりをして中に飛びこむ。

 もうひとりも、間をおかずに飛びこんだ。

 すると今度は、たん、と一発だけ銃声が響く。


(ふたり対ひとりで、銃声がひとつ。――こっちの勝ちかな?)


 アレシュが考えながらそっと扉の向こうを見ると、そこにはクロイツベルグの姿があった。

 彼は重厚な書き物机の向こうで、くわえ煙草に火をつけているところだ。

 ちなみに、クロイツベルグの片手には拳銃。

 机の手前には、葬儀屋の死体がふたつ転がっている。

 ひとつの死体の胸の真ん中に焼け焦げた銃創があり、もうひとつの額には、細く美しい銀のナイフが柄近くまで押しこまれていた。


「なるほど。一瞬でひとりを撃ち殺して、ひとりはナイフでやったのか。それなら銃声ひとつでふたり殺せるね」


 すっかり呆れてしまい、アレシュは何度か軽く拍手した。

 なんだかここまで鮮やかだと、見世物でも見ているかのようだ。


「お久しぶりだね、クロイツベルグ。葬儀屋っていうのは、奇人変人並みに戦闘能力が高くないと上に立てない職業なのか?」


 アレシュが言いながら室内へ踏みこむと、クロイツベルグは手首の返しでオイルライターの蓋を閉じ、じっとアレシュのほうを見つめてきた。


「ごきげんよう、ヴェツェラさん。派手な登場ですね」


 冷たい声に、冷たい瞳。自分の部下を自分の手で殺した直後でも、彼は完璧に落ち着いている。これなら嘘を吐くなんてお手の物だろう。

 こいつは本物の悪人だ。

 この街に掃いて捨てるほどいる悪人の中でも、悪いほう。

 アレシュは緩やかに笑って、軽く肩をすくめてみせた。


「君たちのお出迎えが盛大すぎるから、ついついつられて派手になるんだ。君がもうちょっとの間だけ僕の味方のふりをしてくれてたら、多少は地味になったと思うんだけど」


「ならばもっとゆっくり来てくださならないと。こちらにも対策を立てる時間はいるんです。……クレメンテは、どうなりました?」


 無造作に出されたクレメンテの名に、アレシュはそっと赤い瞳を細める。

 やはりだ。

 確信と共に唇をゆがめ、アレシュは囁く。


「ハナをさらって、クレメンテと僕が対決するように仕向けたの、君だね?」


 クロイツベルグは答えない。

 その沈黙は肯定と同じだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ