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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第1部 廃王国の六使徒
46/112

第46話 ミランがここにいるわけ

 ミランに、軽くはたかれた。


 そう気づいた途端、頭が疑問でいっぱいになった。

『一体なんなんだ』と顔中にでかでか書いてアレシュが黙っていると、ミランはいつになく真剣に、怒りすら感じさせる瞳で告げる。


「俺の行動を、貴様が勝手に決めるな。俺は、俺のやりたいことしかやらん」


「ああ。……すまない」


 アレシュは少々呆気にとられたまま、とにかくうなずく。

 幼いくらい素直な返答に、ミランは小さくうなって腕を組み、微妙に視線をそらした。


「素直に謝られても気味が悪いな。まあ、我ながら五年前はよく思い切ったなとは思うが」


「……そうだよな? さすがにそうは思ったよな? お前はあの――今回のアマリエみたいになった……サーシャを。見たんだろ?」


 サーシャの名を口に出すと、まだ勝手に体が、声が、情けなく震える。

 恥ずかしくはあるが、隠すのも今さらだろう。アレシュがあきらめてまつげを伏せていると、急にハナが声を大きくした。


「私っ!! 今すぐこれから台所へこもって、お料理してこようと思います。集中しますのでしばらく出てきませんし、何も聞きません。何か食べたいものがあれば、ご主人様のご要望に限っては聞かないでもありませんが?」


「お前が料理するのか? 珍しいな。料理屋から買ってくるのじゃなくて?」


 滅多にない申し出にびっくりして聞き返すと、ハナはむっとした顔でにらんでくる。


「私の料理じゃお嫌ですか」


 噛みつくような口調だが、よどんだ瞳に敵意はないようだ。

 少々腑に落ちないものを抱えながら、アレシュは小さく首を横に振った。


「そんなわけないだろう。じゃあ、消化に良さそうなものを頼む。肉か魚を煮たものに、芋のパンケーキをつけて」


 百塔街周辺の郷土料理を頼むと、ハナはどこか満足げに顔を上げる。


「わかりました。後は男同士、せいぜいいちゃいちゃしていてください。では!」


 颯爽と立ち去った彼女の背を見送り、アレシュとミランはなんとなく気まずく目をあわせた。


「……いちゃいちゃだそうだ」


「うむ。彼女なりの配慮というか、気遣いなのだろう。ハナさんはいつだってわかりやすいひとだからな。……ちなみに彼女の料理の腕は?」


「なんというか――『面白い』」


「了解した。これ以上は聞くまい」


 殉教者じみた顔になったミランに、アレシュは少し考えこんでから言う。


「それよりお前、ハナを追いかけたほうがいいんじゃないか?」


「は? どうして」


 返ってきたのは本心からの疑問いっぱいの声音だ。

 アレシュはきょとんとして、少し頭をもたげて訊ねる。


「え。だって。ハナは変な誤解をしてるけど、下僕はハナのことが好きなんだろう? ここは追いかけていって、あんな阿呆より君のことが好きなんだ、一緒に居たいとかなんとか言うところだぞ。僕ならそうする」


「ほお」


 ミランは顔をしかめてアレシュを見つめてから、なぜか大きく肩を落とした。


「……常々思ってはいたが、ハナさんは貴様よりは大分大人だな」


 どことなく投げやりに言い、ミランは身を翻す。そのままハナを追っていくのかと思えば、彼はアレシュから一番離れたソファへ身を埋めた。

 かち、こち、かち。

 柱時計の音が奇妙に大きく響く。

 アレシュはしばらくソファの背にもたれてじっとしていたが、すぐに落ち着かなくなった。ミランがそばに居てこんな気分になるのは初めてだ。彼は自分にまとわりついてくるのが普通で、どれだけ足蹴にしてもめげない男だった。

 自分はミランがどうでもよくて、ミランはミランで勝手に兄貴と自称してこの家に寄生して、それが永遠に続くような気がしていたのに。


「――ミラン。僕は今、ここ数年間で一番、お前のことがわからない。お前は、どうしてここにいるんだ?」


 アレシュがぽつりと聞いても、しばらく返事はこなかった。

 かち、こち、かち、こち。

 柱時計の音に、天窓のほうでばさばさっ、と鳥の飛ぶ音が響く。

 やがて、至極面倒くさそうにミランが言った。


「……そんなことを説明しなくては駄目なのか。面倒くさい男だな」


 少しばかり首を伸ばして、ミランのほうを見る。

 ミランはアレシュに横顔を見せたまま、ゆっくりと足を組み替えて口を開いた。


「俺は、人殺しだ。今さらの話だが、ここから始めないと始まらんからな。

 俺はガキのころに呪いを受け、自分の家族も、友人も、隣人も、誰も彼も、村ごと全部氷漬けにして殺してしまった。これはまあ、悲惨だが、事故のようなものだ。俺はただ、自分の運命を嘆き悲しんでいればよかった」


 いつもの笑いの影を消し去て、ミランはそっとまつげを伏せる。


「……問題はそのあとだ。俺の力では呪われた自分の心臓を滅ぼせない。つまり、俺は自分では死ねない。そんな俺はどうすべきだ? どう思う、アレシュ」


「……わからない。死ねないんなら、しょうがないんじゃないか? ひとまず、生きるしか」


 アレシュの答えに、ミランは薄く笑った。


「優しい答えだな。優しくて、どっちつかずだ。俺は『しょうがない』とは思わん。自分で死ねないのなら、俺は荒野をひとりで歩き続けるべきだった。誰にも見つからないように隠れ住み続けるべきだった。そうして永遠の孤独に甘んじれば、誰も殺さずに生きることは出来たのだ。


 だが、俺はそれをしなかった。

 呪いを克服するとかなんとか言い訳をしては他人に近づき、そいつを殺した」


「それは……」


「『しょうがない』か? ……そう。実は俺も、当時はそう思っていた。しょうがないんだ。生きるためだ。本当は嫌だけれど、しょうがないんだ。

 ……そうやって自分に言い訳し続けていると、なんだかあやふやな気分になってくる。自分が、信じられなくなるのだ。こんなにもひとが死ぬのに、俺はどうして生きているのか。どうして狂いもせず、逃げもしないのか。俺は一体何者なのか。

 ひょっとして、俺は、《《殺したくて殺しているのではないか》》」


 淡々と語られた話が胸に迫ってきて、アレシュは言葉に詰まってしまう。

 こんな葛藤がミランの中にあるとは、正直アレシュは想像すらしていなかった。

 ミランの横顔は精悍で美しく、瞳はどこかを睨みつけている。その視線の先にあるものがやっとわかった気がして、アレシュは緩やかに先を促した。


「……それで?」


「それで、どうにか護符作りを身につけたはいいが心はすさみきった状態で、この街にたどり着いたのだ。それが五年前。ここなら悪人だらけ、誰を殺しても後悔することはないと思ってやってきたが、百塔街の悪党は俺のような小物とは格が違った。俺はインチキ札を売りつけた呪術師に喧嘩を売られ、早々と凍気を解放するはめになりかけていた。……そこへ出てきて、相手をさらりといなしたのがやけに綺麗なガキ。お前だ」


 ミランは言い、ちらとこちらに視線をよこす。

 その瞳がいつもより鋭いのを感じ、アレシュは少しぞくっとした。

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