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廃王国の六使徒  作者: 栗原ちひろ
第1部 廃王国の六使徒
36/112

第36話 祭壇を閉じろ!

「そのとおりだよ、ルドヴィーク。じゃあ、打ち合わせ通りに――」


 始めよう。


 アレシュがそう口にする一瞬前に、辺りに一発の銃声が響き渡った。


「正気に戻れ! ここで諦めては、ラウレンティス様への申し訳がたたん。行け、蓋を開け!」


 続いて響いた士官の声に、はじかれるように数人の教会兵が顔を上げる。

 同時に濃い血の臭いが辺りに漂い、アレシュは状況を把握して緩やかに瞬いた。


「……自分の足を撃って、血の臭いで僕の香水の効果から逃れたのか。根性のある奴がいたもんだな」


「感心している場合か、アレシュ! 早く奴らを捕らえなければ!」


 ミランが叫ぶ間にも、派手な水音が上がる。

 上官の血の臭いで我に返ったひとりの教会兵が、ためらいなく浄水槽に身を躍らせたのだ。


「おおっ、さすが狂信者!」


「あらあら。ひょっとして、あのばかみたいに重い祭壇を手動で開けようっていうの? 頑張るわねー」


 なぜかちょっと嬉しそうにミランが言い、カルラはきょとんとして祭壇に向かって泳いでいく教会兵を見やる。

 ルドヴィークは薄笑いを浮かべたまま、一歩前へ出た。


「いかなる苦行も、エーアール派の信者なら望むべきところなのでしょう。これは後追いが出ますな。ちょっと失礼」


 紳士的に言った次の瞬間、ルドヴィークはさっき銃を撃った士官の前に居た。

 ほとんど瞬間移動でもしたかのように、人々の視線の間をかいくぐって駆け抜けたのだ。いつの間にか目の前に立った不吉な老人に、士官は愕然と目を瞠る。


「……っ!!」


 士官が何か言う前に、彼はルドヴィークの刃に切り下ろされて絶命した。

 鮮血を撒いて士官が通路にくずおれるのを見届けてから、アレシュは彼に声を投げる。


「ルドヴィーク、君の体は呪いを受けてはないな? 祭壇のほうは頼んだ!」


「――了解しました。我が友の願いとあらば」


 ルドヴィークは帽子の縁に軽く手を当てて返すと、外套を翼のようにばっ、と広げて空中回廊の欄干へと飛び上がる。そのまま軽やかに疾駆したかと思うと、ためらいなく浄水槽へと飛び降りた。

 異様な距離を跳んだ彼は、水の割れ目、祭壇の傍らに過たず着地する。

 直後、水の壁からざばりと教会兵が姿を現した。

 さっき水に飛びこんだ教会兵だ。彼は乾いた床に転がり落ちると、どうにか立ち上がろうとする。


「お疲れ様でした、死んでください」


 ルドヴィークが言い、軽やかに剣を突き出す。

 教会兵は目を瞠り、手にしていた銃剣でぎりぎり受けた。

 硬質な音と火花が散る。

 それを見た教会兵たちが、次々と水に飛びこむ。

 また、空中回廊のアレシュたちのほうへも押し寄せてきた。


「よぉし!! アレシュ、ここは俺に任せ……!」


「ここはお姉さんに任せてもらうわね~」


 のんびりと前に出たカルラに、アレシュとミランはそろって瞬く。


「カルラさん。あなたはもう少し下がっていたほうがいいのでは!?」


「そうだよ、カルラ。君には、なんなら祭壇のほうを頼みたい。どうにかあれを閉じられないか?」


 ふたりの声を背に聞いて、カルラは振り返らずに小首を傾げた。


「あの向こうは神界よ? 祭壇が開いてるうちに寄っていったら魔界がらみのものはみんな大打撃を受けるわ。うちの使い魔とかハナちゃんは命が危ない。呪われた心臓で生きてるミランも死ぬ。私が自分にかけてる呪術も解けるから、年齢が元に戻って灰になるわ。

 この中であのそばに寄れるのはアレシュ、あなたとルドヴィークだけ。ってことで、ルドヴィークが無事に蓋を閉じたら、使い魔呼んで全部壊しちゃいましょ。それと……」


 カルラがそこまで言ったとき、ふたりの教会兵が奇声をあげて彼女に迫る。

 カルラは軽やかな体捌きで攻撃を避けると、ひとりの襟首をつかみ、その顔面を自分の美しい膝に容赦なくたたきつけた。

 次に、つかんだままのそいつの頭を鈍器にして、ふたりめの顔面を殴りつける。


「う……あ……!」


 鼻血を振りまいて通路に転がるふたりの教会兵を尻目に、カルラはちらと振り返って片眼をつむる。


「私、アレシュよりは強いと思うんだ。殴りあいに関しては」


 茶目っ気たっぷりな彼女の言いように、ミランは青くなって黙りこみ、アレシュは真顔になって言う。


「君とだけは喧嘩しちゃいけないって、今はっきりわかったよ、カルラ」


「してもいいのよ。アレシュ、あなたの顔はつぶさないわ、絶対に」


「『修復できないほどにはつぶさない』の間違いだろ?」


「うん。当たり前じゃない?」


 あっけらかんとした返事にアレシュとミランは黙って顔を見合わせ、ハナはその後ろで不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 そんな間にも、貯水槽の底では次々と現れる教会兵とルドヴィークが大立ち回りを演じている。

 いつの間にやら屍累々となったモザイクタイルの上で、まだどうにか立っていた教会兵のひとりが、ルドヴィークに向き合って調子外れの声で叫んだ。


「貴様……! 貴様らなんかに、神の意志は邪魔させない!」


「我々も、そんな大それたものを邪魔する気はありません、ご安心を」


「ほざけ!」


 怒声と共に教会兵が走る。

 ルドヴィークは無造作に剣先を下ろし、ひらと教会兵を避けた。

 教会兵はそのまま数歩走った後、不意にばったりとくずおれる。

 ルドヴィークが軽く剣をふると、タイルの上に前衛絵画よろしくばしゃりと敵の血しぶきが散った。


「よい庭を保つには草むしりが必要、ということです。……さて、大体片付きましたかな。それではそろそろ、神の門には閉じていただきましょう」


 ルドヴィークは平然と言って振り返り、銀の祭壇の蓋へ手をかける。


 そして、不意にびくりと震えた。

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