第26話 「私のこと、愛してる?」
言ってしまうと、胸の熱さがぱっと血に乗ってアレシュの全身に広がった。
体中が、魂が、暗い喜びに震え始めているのがわかる。
なんて心躍る綱渡り!
何も持たない遊び人の自分が、『使徒』を再結成して戦争にくわわるなんて、実にくだらなくて面白い。
しかも敵はあの、おそろしく美しくて神様に愛されたあの男。
とんでもない手練れたちが集まっても、勝てるかどうかはわからない。
でも、だからこそ、最高に面白くて下らなくて、醜い美しさの生まれる気配がした。
「いや、しかしだな! 俺と他はわかるが、貴様は――」
口ごもるミランから視線を外し、アレシュは続ける。
「無能な下僕のミランはともかく、ルドヴィークとカルラにはただで協力しろなんて言わないよ。商売の手を止めさせるんだもの、無事に奴を追い出したら、君たちの望む香水をなんでもひと瓶提供する。これでどう?」
香水、と言った途端、ふたりの目はかすかに熱を増した。
アレシュの父が作った芸術品、ありとあらゆる魔法を引き起こす魔法の香水。
アレシュの父の死以降新たに作られることのないそれは、年々希少価値を高めている。ひと瓶ぶんなど売り払えば、値段は天文学的なものになるだろう。
欲としがらみと、その他もろもろの複雑な感情が交錯し、室内の温度がわずかに上がったような感覚があった。
しばらくの後、最初に動いたのは意外にもハナだった。
彼女は机から下りると、アレシュをじっと見つめてつぶやく。
「ご主人様。ほんとにそれだけですか?」
「それだけ、ってどういう意味だい? ハナ」
「だから。本当に『この街が浄化されるのが嫌』っていうだけで『使徒』再結成なんていうばかの王様みたいなことをしようっていうんですか、って訊いてるんです。寝て食べて煙草とお酒と女性におぼれる他に能のないご主人様には、ふさわしくない言動ですから」
相変わらず遠慮のひとつもないハナの態度は、無礼を通り越していっそ爽やかだ。
アレシュは小さく笑い、ゆるやかに瞬いて柔らかな声を出す。
「それしか能のない僕だからこそ、だよ。僕がこんな暮らしをできるのはこの街でだけだ。悪徳がはびこり、魔香水があがめられ、葬儀屋が僕を守ってくれるこの街でだけ、僕は自由で美しくいられる。この街の呪いを解くってことは、遊び人の僕を殺すことと同じだ。
それに――魔界へ繋がっている穴やら扉を片端から封じられたら、サーシャの幽霊だって出てこられなくなるかもしれないじゃないか」
「ああ、納得しました。結局そこなんですか、いやらしい」
「別にいやらしくはないだろう。えっ、いや、本当に、どこがいやらしかった? いつもの僕よりは大分いやらしくないよね、カルラ?」
アレシュが問いを投げると、カルラは美しい眉を寄せて首を傾げた。
「……アレシュ、私のこと、愛してる?」
「…………」
「……っ! な……っ、か、カルラ姉さん、どうして、そういう話に!?」
アレシュが沈黙している間に、ミランが派手にお茶にむせる。
アレシュは優美に立ち上がり、カルラの眼前まで歩み寄ると、静かに片膝を突いた。幼い子の憧れる王子のようなやり方で魔女の瞳を見あげ、そっと告げる。
「僕の大切なカルラ。僕を抱きしめて、色々なことを教えてくれた君。僕は君が大好きだったよ。心の底から、『愛していた』よ」
「……『愛してる』、じゃないのね」
カルラは悲しげに眉を下げる。




