85 カルドン侯爵領の大市 ③
前に予告した84話当たりで解説のお話は、次の86話になりそうです。
予定とはままならないものだと痛感しました。
若人の恋愛騒動に巻き込まれてみました。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
ロック君を放っておけなくて、結局、詳しい話を聞こうと皆で鍛冶屋さんに戻ってきました。店主さんは早々に『臨時休業』の札を出しているけど、折角の大市に商売はいいのかしら。今年のノルマはお祖父様のお買い上げでこなしたので、いいみたいです。良かった。
平民のロック君の災難に、律儀に付き合ってくれるカルドン侯爵。まあ、正確にはお節介な私たちに付き合ってくれているのでしょう。単に早く侯爵邸に戻りたくないのかもしれません。覚醒した女性陣に怯えていらっしゃいましたからね、ええ。あの中に自主的に残っていらっしゃるシヴィル様は豪胆だわ。単に逃げる口実がなかっただけかもしれませんが。
「僕とマリーとジーンは、生まれた頃から近所に住んでいて、幼馴染なんです。幼馴染と言っても、ジーンは大きな商家の跡取り息子だし、マリーも裕福な鍛冶屋の次女で、ただの鉱夫の僕とは全然違うんですけど」
ジーン君の家もマリーちゃんの家もカルドン領では一、二を争う商家、鍛冶屋なんですって。マリーちゃんの家は、初心者から中堅の冒険者、騎士を相手に手広く商売をしているそうです。それを聞いた店主さんはふんっと鼻を鳴らしていました。経営方針が違うので気に食わないようです。頑固一徹の職人さんですから。
「僕は鉱夫といっても、体質的に力仕事が合わなくて。子どもの頃からよく寝込んでいたし、いくら食べても鍛えても、なかなか筋肉がつかないので鉱山でもお荷物扱いで……」
確かに、ロック君はひょろりとした身体つきをしている。色白というよりは青いぐらいの顔色。生まれつき、病弱な性質なのかもしれないわね。でも鉱石が好きなロック君にしたら、鉱夫以上に鉱石に触れられる仕事はないから、辞めたくないらしい。
「お前は、親父に似て鉱石に詳しいじゃねぇか。そんなに自分を卑下するんじゃねぇよ」
店主さんがむすっとした顔でロック君を嗜める。ロック君はそんな店主さんの言葉に、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「でも、父は鉱夫としても立派に働いていました。働きながら、鉱石についてずっと研究していて、皆の役にも立っていた。それなのに俺は、研究でも大した成果をあげられなくて」
ロック君のお父さんは、鉱夫として働きながら、鍛冶職人たちから鉱石の配合などの相談にのれるぐらい、優秀な研究者だったようだ。時には鍛冶場に出入りして、職人たちと一緒に剣を作ることもあったのだとか。
そのロック君のお父さんとの縁で、鉱夫たちは力仕事に向いていないロック君に手を貸してくれるので、ロック君はなんとか鉱夫として生計を立てられるのだそう。
「確かにお前の親父は優秀だったが、お前だって丸石の研究をずっと続けているじゃないか」
「丸石?」
聞きなれない言葉に首を傾げると、カルドン侯爵が説明してくれた。
「丸石は、魔鉄を採取する際に出る鉱石の一つだ。丸石が大量に採取される所には、魔鉄が見つかると言われている。魔鉄1の割合に対して、丸石は9ぐらい出るな」
この丸石は、軽く脆い鉱石のため、武具や防具には使えないらしい。少しでも丸石の成分が交ざると、硬度がガクンと落ちてしまうため、鍛冶職人たちからは嫌われているのだとか。
ちなみに、名前の由来はコロコロと丸いからだそうです。ひねりはないわね。
「使い途はないが、大量に出るからな。ロックの親父は、なんとかこの丸石が使えないかとずっと研究していたんだ」
だが結局、『鉱石博士』とまで言われたロック君のお父さんをもってしても、丸石の研究は進まなかったらしい。その研究を、ロック君は引き継いでいるという。
「皆からは、もう丸石の研究なんて諦めろっていわれるんですけど。親父が死ぬ直前まで諦められなかった研究なので、どうしてもやり遂げたいんです」
気弱そうな雰囲気のロック君だけど、そう言い切った時の顔は力強くて。お父さんの事、とても尊敬していたのだろうなと、容易に想像できた。
「新しい丸石の配合が出来たので、マリーに見せる約束だったんです。でも俺、今日が灯篭祭だってことをすっかり忘れていて。マリーを迎えに行こうとしたら、ジーンと鉢合わせてしまって」
鉱夫としても半人前で研究ばかりのロック君の事を、ジーン君は嫌っているらしい。マリーちゃんがロック君を何かと気にかけるので余計に気に喰わないのか、最近では顔を合わせる度に罵られているのだとか。だからロック君はジーン君を避けていたのだけど、マリーちゃんといるところをジーン君に見られてしまい、あの騒ぎになったのだと。
「それは……。ダブルブッキングをしてしまった、マリーさんの落ち度ではありませんか?」
「……っ! マリーは、優しいから! 俺なんかとも嫌がらずに付き合ってくれるんです。でもちょっとそそっかしい所があって、俺との約束とジーンとの約束が被ってしまったのも、たまたま忘れてしまっただけなんです!」
いやいや。あれは天然を装った養殖よ。優しい女の子だったら、仲が悪い幼馴染を鉢合わせないように気を付けるって。『自分を巡って争う男2人を止められない私』に酔っていたわよ、あの顔は。
チラリと窺うと、お祖父様もカルドン侯爵も店主さんも、何とも言えない顔をしていた。ロック君やジーン君くらいの若い男の子だったら可愛い女の子にコロッと騙されるかもしれないけど、流石に大人には通用しないわよねぇ。
そんなマリーちゃんですが、ロック君から見ても、あきらかにジーン君に惚れていて、でもロック君にも子どもの頃と変わらず接してくれるので、ロック君もマリーちゃんから離れがたく……。
なるほど。絵にかいたような三角関係なのね。いや、ロック君はジーン君の嫉妬心を活性化させるスパイスとして、うまくマリーちゃんに活用されているわー。
まぁ、恋愛なんてねぇ。当事者たちが納得しているのなら、いくら理不尽だと感じても、赤の他人が口出しをする事ではないとは思うのよ。まあ、ロック君には『早く気づいて』と言ってやりたい気持ちもあるんだけど。
いやほんと、恋愛相談なんて、他人が口出しする事じゃないわ。前世でも、可愛い後輩が彼氏の浮気に悩んでいて、泣く後輩に付き合って5時間もカフェで話を聞いて、慰め、アドバイスをしたけど。次の日にケロッとした顔で、『彼氏と仲直りしましたー。彼、謝ってくれてぇ。先輩、色々お話聞いてもらって何ですけど、彼の事、悪く言うのヤメテくださぁい。いくら先輩でも、私、許しませんからぁ』と言われた時の無力感っていったらなかったわ。それから1カ月も経たないうちに、『先輩。彼がまた浮気してぇ』って泣きながら相談を持ち掛けられたけど、勝手にやってくれと断ったわ。仕事は出来る子だったのに、恋愛が絡むと途端にダメなのは何故かしら。いや、私も他人の事をアレコレいえないわね。なんせ『ダメ男コレクター』の名を冠していたのだから。
「それより、丸石の配合ってどんなものなのかしら? 私にも見せて頂けるのでしょうか?」
私の発言に、ロック君どころかカルドン侯爵と店主さんまで目を丸くする。恋愛話より鉱石の配合の方を気にする令嬢なんて、あまりいないからかしら。お祖父様?『やっぱりそこが気になったか!』と納得したような笑みを浮かべている。私の事、良く分かっていらっしゃるわ。
「ええ、っと。今回の配合で出来たものはこれなんですが……」
ロック君が袋から幾つか取り出したものは、白っぽい石の塊だった。店主さんがヒョイとそれを摘まみ上げ、じっと観察する。コンコンと机に打ち付けたり、ハンマーで叩いたりしていたが、首を横に振った。
「元の丸石と比べりゃ、少しは強度が増したようだが。まだまだ使えんな」
「はい、分かっています。でも、丸石と相性のいい鉱石が幾つか見つかったので……」
ロック君が店主さんに滔々と丸石について説明をしている横で、お祖父様が剣を構えてって、へ?
「ふんっ!」
ぽんっと放り投げた丸石を、さしたる力も込めた様子はなく、軽く剣を振って真っ二つに斬った。ビュンッと凄い風圧を感じました。
「ふうん? 面白い感触だな。岩よりは柔らかいが、かといって皮よりは固い」
「はい! ですが他の鉱石より断然軽いので、なんとか武具や防具に活用できないかと検証しているのです!」
丸石を真っ二つにした事に一切動揺せず、むしろロック君が目を輝かせてお祖父様に丸石の硬度について語っている。ああ、この人も職人だわ。しかも研究者気質の職人。モリーグ村のボリスさんタイプね。緻密な設計図を作って魔道具を改良するタイプなのよ、ボリスさんって。ダッドさんは逆に、職人の勘とかが鋭いタイプ。ダーッと勘を頼りに作って、それなのに不思議と上手くいくのよね。逆に設計図があると失敗するらしい。謎だわ。
「ふうむ。小僧の言う通り、この軽さはなかなかいい。だが店主の言う通り、もっと強度を上げなければ、武器にしても防具にしても使えない。すぐに魔物の牙に貫かれてしまうな」
「そうなんですよね……。ははは、やっぱりダメかぁ」
シューンと項垂れるロック君。あら。どうしてそんなにがっかりする必要があるのかしら。
私はお祖父様に真っ二つにされた丸石を拾い上げ、繁々と観察した。まず、軽い。そこらの石よりも明らかに軽い。他の鉱石を混ぜ合わせても、元の丸石の軽さを損なっていないのね。
「今回の配合では、大分強度をあげられたんです。薄く伸ばしても形が崩れることなくしっかりとしていましたし。剣で斬りつければさすがに割れますが、落としたぐらいじゃ割れない強度はあります」
まぁ。薄く出来て、落としても割れない強度があるの?
「落としても割れない……。まあ、丸石にしては飛躍的な進歩だな」
微妙な顔のカルドン侯爵。
「そうだな、丸石にしてはなぁ」
同意するように頷く店主さん。
「その程度の強度では使いものにならんわ」
遠慮も忖度もなく、ぶった切るお祖父様。男子には全方向厳しめですから。
それにしても。この方たち、どうして丸石に対してこんなに評価が厳しめなのかしら。
薄く伸ばしても、落としても割れないぐらいの強度があるのよね。それって、陶器より強いってことなんだけど。え? もしかして思考が武器と防具にしか向いていないから、使いものにならないって言ってるの? さすがカルドンとドヤールね。
あまり気が進まない小旅行だったけど。思わぬ拾い者をしたわ。
私はにっこりと笑って、カルドン侯爵との交渉に臨むことにした。
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