83 カルドン侯爵領の大市 ①
大市にやってまいりましたっ! サラナ・キンジェですっ!ごきげんよう。
大市。年に一度の催しともなれば、他の領地では普段は売られていないような色々な商品が並ぶ一大イベントになるのでしょうけど、ここカルドン侯爵領の大市は鉱石と武具ばっかり。そのせいか、商人も客も男性が圧倒的に多い。そうなると屋台のご飯も男性向けのガッツリご飯が圧倒的勢力を誇っている。肉、肉、酒、肉、酒、肉って感じです。女子受けする装飾品もスイーツも入り込む隙間が無いわ。
「我が領の大市は無骨だと言われるので、サラナ嬢にはあまり見るところはないかもしれんな」
カルドン侯爵が申し訳なさそうな顔でそんな事を仰っています。まあ確かに、男子対女子の比率が8対2ぐらいの大市の中で、裕福な商家のお嬢様っぽい格好の私は、周囲から浮きまくっている。すれ違う人がギョッとした顔をして、二度見されたりしています。場違い感が半端ない。そこの店員さん、指さしてコソコソ話をしないで。珍獣じゃないですよ。
でもそんな事が気にならない程、私は興奮していた。凄い、凄いわっ! さすがユルク王国一の鉱山があるカルドン領の大市。お馴染みの鉱石から希少な鉱石まで、よりどりみどりよっ! ダッドさんとボリスさんから預かった、巻物なの?と突っ込みたくなるぐらい長ぁい買物リストに書かれていた鉱石がほとんどあるわ!
最近は仕事で魔道具の原材料リストを嫌というほど見ているから、ちょっとばかり鉱石に詳しくなった私には、この大市がお宝の山に見える。ああ、ダッドさんとボリスさんも来たかっただろうなぁ。今回はお仕事メインの訪問だったから、2人はお留守番なのだ。2人とも本気で『何か思いついたらすぐ連絡しろよ、いつでも駆け付けるぞ』って仰っていた。何もなくても駆け付けたかったのでしょうね、本音は。
ダッドさんとボリスさんには悪いけど、私、今回は大人しくしているつもりなのです。カルドン領で何か事業を始めちゃうほど、考えなしではないもの。王都と同じぐらい、カルドン領がアウェイだって分かっているわ。いつも色々やっちゃうのは、ホームグラウンドのドヤールだからよ。
って、ドヤールで皆に胸を張って宣言したら、マオ君にすかさず『お嬢。王都の『こもれび亭』では色々やっただろう』と突っ込まれたわ。ち、違うもん。あれはアルト商会王都店のお仕事で、私はプロデュースだけだもん。
ね?ってアルト会長に同意を求めたら、いつもの優しい笑顔で『サラナ様はお心のままにお好きな事をなさってください。私がどうにかいたします』ですって。だから、何もしーまーせーんーってば。
というわけで、ダッドさんとボリスさんのために巻物リストにある鉱石を買い求めようと思ったのですが。これ全部買ったら、帰りの馬車に載るかしら。重いわよねぇ?
「購入したものは、後からお送りしよう」
大市を案内してくれるカルドン侯爵が、太っ腹ーな提案をしてくださいました。輸送料金なんて、けち臭い事は仰いませんよ。だって西のボスですもの。
「まあ! それでしたらこちらリストにあるものを一通りと、それからこれは私が個人的に欲しい鉱石のリストなんですけど、どこかお勧めの店はございますでしょうか。あ、もし鉱石ごとにお勧めのお店が違いましたら、ぜひ紹介していただきたく!」
ペロンと長い巻物と、私用のささやかなリストを広げると、カルドン侯爵とお付の使用人さんたちが引きつった顔をしている。あら。こんな顔、どこかで見たわ。ああ、港町シャンジャで市場に行った時のドレリック様と使用人さんたちが見せていた顔にそっくりだわ。令嬢が大市を喜ぶのが珍しいからかしら。普通の令嬢は外にホイホイ買い物には行かず、家に商人を呼びつけるものですからね。戸惑うお気持ち、分かります。
「すまんな、侯爵」
苦笑いのお祖父様。私の令嬢らしからぬ生態に寛容というか、すっかり慣れていらっしゃいます。
「な、なんの。教官のためでしたらいくらでも」
引きつった顔のカルドン侯爵が、あわてて余裕のある態度を見せる。ん? 教官? 教官ってなんですか?
「ああ。サラナ嬢は知らないのか。バッシュ様は昔、王国騎士団で臨時の指南役をなさっていたのだ」
「よさんか、侯爵。そんな昔の話を……」
お祖父様の苦り切った顔。そんなお顔も素敵! じゃなくて。
お祖父様が、騎士団の臨時指南役? なにその、いかにも英雄伝説を匂わせる話題は。大好物です。ぜひ教えてくださいませ、カルドン侯爵。
「あれは私がまだ騎士団にいた頃だから、十数年も前になるか。若い騎士たちの指南役が、急病で倒れたのだ。そこで、急遽指南役が必要となった」
騎士は、正式な騎士になる前に見習い期間がある。騎士見習いたちは、騎士団に所属しながら、騎士団内にある騎士学校で2年間学ぶのだが、その見習いたちの指南役が病に倒れたのだという。指南役は高齢な事もあって、次の指南役を検討していた矢先のことだったそうだ。
「指南役は、騎士の鑑たる人物が就くものとされ、退団した騎士には人気の職だ。大抵は、実力も身分もある方が就くのだが、何人かの候補者を選抜している最中だったので……」
新しい指南役の選出が急がれたが、様々な貴族家の思惑が絡まり、後任の指南役の選出は難航したそうだ。
「指南役候補の家だけではなく、推薦している貴族家の関係もあって、調整に時間が掛かった。だが、その間、騎士見習いたちの鍛錬を放っておくわけにもいかず……」
そこで、当時はまだお元気だった先王と仲良しだったお祖父様が、臨時の指南役として抜擢されたらしい。ドヤール家はどこの派閥にも属しない中立派だったので、新しい指南役の選抜には影響しないと先王は考えられた様だ。
お祖父様も当主の座を伯父様に譲ったばかりの頃で、家令のベイさんに、伯父様のお仕事に手出しをしない様、注意されていたらしい。当時の伯父様は、お祖父様がいると書類仕事より討伐を優先していたらしく、できればお祖父様は家から離れていた方が都合がよかった。
最近の伯父様は、お父様が目を光らせているから書類仕事をサボる事は無くなったんだけど、『仕事が終わらないと討伐に行けないと、ようやくご理解いただけたんです』ってベイさんが泣いて喜んでいたっけ。宿題より先に遊んじゃう小学生みたいと思ったのは内緒だ。
そういうわけで、お祖父様は臨時の指南役を引き受ける事になったらしいのだが。どうやら、騎士見習いたちは、お祖父様が臨時の指南役になるのは、不満だったようだ。
お祖父様はユルク王国の『英雄』として有名だけど、騎士団の中には、お祖父様を過去の栄光に縋る田舎貴族と侮る者も多かったようだ。そういう風潮は若い騎士に特に多くみられ、当然、若い騎士見習いたちの中にもその風潮は伝わっていた。
お祖父様が騎士見習いたちに初めて指南をした日。騎士見習いたちはお祖父様の指示に従わず、指南役が倒れてから、騎士見習いたちの指導をしていた騎士たちの言う事ばかり聞いていたそうだ。ちなみに、この時、騎士見習いの指導をしていた騎士の中に、カルドン侯爵がいたらしい。
挨拶すらいい加減で、お祖父様の言う事を一切聞かずにふざけた返事ばかりする騎士見習いたちに、お祖父様は激昂した。
お祖父様の怒りポイントは、お祖父様を蔑ろにしたことより、国王より騎士見習いたちの指南役に任命されたお祖父様の指導に従わなかったことだったらしい。王命を軽んじていることはもとより、指導をしている騎士たちの上官にあたるお祖父様の指示をきかなかったのだ。騎士団において、上官の指示は絶対だ。背く事は規律違反であり、厳しい処罰の対象になる。そんな事は、騎士として知っていて当たり前の事なのに敢えて逆らったのだ。
「この、戯けどもが」
怒鳴られたわけでもないのに、その言葉には逆らえない程の圧があり。続いて恐ろしい程の殺気をぶつけられ、騎士たちも騎士見習いたちも一歩も動けなくなったそうだ。
「あの時、一番初めにぶっ飛ばされたのは私だった」
遠い目をするカルドン侯爵。指導をしていた騎士たちの中で一番身分が高く、剣の腕も良かったカルドン侯爵は、リーダー的な存在だったそうで。お祖父様的には一番罪が重かったらしい。
「目が覚めたら、指導の日から3日が経っていた。あの時は、地獄から生還したような気持ちだったな」
シヴィル様の時とは違い、カルドン侯爵は1発では許してもらえなかったそうだ。戦っては打ち倒され回復してを繰り返し、身も心も折れるぐらい、徹底的にやられたそうだ。さすがお祖父様。道理をわきまえない相手には、容赦がないわ。
騎士たちは全員、ズタボロになったらしいが、お祖父様の行動は問題にならなかった。まぁ、規律を破っているのは騎士たちのほうだったので、たとえやり過ぎだと思っても文句は言えなかっただろう。先代陛下も、お祖父様を咎めるどころかお褒めの言葉をくださったのだとか。どうやら先代陛下は慢心する騎士団を引き締めるつもりで、お祖父様を投入したようだ。
先代陛下のお墨付きを得て、お祖父様は新しい指南役が選ばれるまで、見習いだけではなく、騎士団全てを徹底的にしごいたそうだ。ようやく新しい指南役が選ばれた時は、騎士団全員から歓喜の声が上がったとか。
「我々世代の騎士たちは『英雄』の恐ろしさ、いえ、凄さを、その身をもって知っている。しかし最近、シヴィルたちの様な若い世代の騎士たちに、再び辺境伯家を蔑ろにする風潮があるらしくてな」
騎士の仕事は、身体を酷使するので引退が早い。年を経るごとに当時を知る騎士団の人員は入れ替わり、『英雄』を直接知る騎士たちは少なくなる。当時を知る年輩者は騎士団を指揮する団長職や管理職の立場で、若い騎士たちに『英雄』の凄さは伝えてはいるけれど、若い騎士たちにとって『英雄』の逸話はお伽噺に聞こえるようだ。
「まぁ。地方と中央の認識はこれほど違うのですねぇ」
未だ魔物が日常的に出る地方は、辺境伯家の凄さは単なるお伽噺ではない。なんせ、自分の領地で討伐が手に余れば、まずは国よりも地方同士が助け合い、駄目なら辺境伯家を頼るのが通例と化しているぐらいなのだ。遠い中央より近くの地方、最後の頼りは辺境伯家。ぶっちゃけると、国の騎士団が応援で来るのを待っていたら、地方は壊滅してしまう。
「だから奴らは対人相手ばかりが得意になるのだ。まぁ、反対にドヤールは魔物ばかりが得意になるのだがなぁ」
偏りがあるのは嘆かわしいと首を振るお祖父様ですが、対人も対魔物も関係なく無双なさっている超人なので、一般的な騎士の苦労は分からないのだと思います。
「まぁ、そのうち騎士団の認識も変わるであろうよ」
にんまりと、なぜかお祖父様が人の悪い笑みを浮かべていらっしゃる。
野性味溢れるその笑みにノックダウン(古っ)されましたが、不穏な空気に、素直にときめく事が出来ませんでした。何を企んでいらっしゃるのかしら、お祖父様。




