60 絵本の監修
書生発売記念の小話です。
やっぱりお祖父様が好きなんですよねぇ。
絵本の監修をしてもらいましょう。サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
孤児院の子どもたちのために、興味をもってもらえそうな絵本を作りました。ええ。前世の絵本のパクリですわ。ほほほ。いくら天才サラナちゃんでも、一から作れる文才はないの。
こちらの子ども向けの絵本って、神話を子ども向けに分かりやすくしたものばかりで。最後は愚かな事をした人間が神の怒りに触れて大火で焼かれたり、洪水が起きたり、国が無くなったり。重い、重いのよ。テーマが重すぎる。こんなの、気軽に読書を楽しめないじゃない。子どものトラウマになるわよ。
そこで。前世でお馴染みの絵本たちを、こちらの世界でリメイクしてみたのだけど。ほら。世界観が違うから。太郎に犬、サル、キジでは通用しないものね。
良い感じで出来上がったと思うのだけど。子どもたちに読ませる前に、こちらの常識を知り尽くす、第三者にも確認してもらいたくて。私の愛する家族に、監修をお願いすることにしました。
「孤児院の子どもたちに、読ませてみようと思うのですけど。おかしくないか、監修をしてほしくて」
アフタヌーンティーのくつろぎタイムにそう申し出て、数冊の本を渡すと。皆は珍しそうにのぞき込んだ
「まぁ、サラナ。貴女が作ったお話なの?」
「え、ええ。まぁ。昔読んだ気がするお話を、色々と子ども向けに作り替えてみたのですが」
お母様にそう聞かれて、曖昧にそう誤魔化す。さすがに、ええ、私が作りましたと胸を張るのは無理だわー。そこまで図々しくなれませんよ。
お父様が一冊の本を手に取り、面白そうな顔で、タイトルを読み上げた。
「モモーから生まれたモモールの冒険」
「待て」
その直訳といわれそうな安直なタイトルに、お祖父様から制止の声が上がる。あら。タイトルから駄目かしら。ちなみにモモーは桃そっくりの果物のことです。
お祖父さまはお父様から本を受け取ると、宿敵に出食わしたような険しい顔で本を凝視していた。本をお父様に返し、お祖父様は私に近づいてきて、両肩に手を置く。そして、なにか逡巡しながらも、覚悟を決めた様に、優しく仰った。
「サラナや……。ショックかもしれないが、お祖父様の言葉をしっかりと聞いておくれ」
「は、はい……?」
そんなに深刻な顔で、深刻な声で、どうしたのかしら。そんなに駄目だったのかしら。タイトルしか発表してないのに、どこが?
「あのな……、その、驚くかもしれないが……。モモーからは、モモーから子供は生まれないんだ。確かに昔からの言い伝えでは、子どもは、女神より賜る金の果物から授かると言われているが。それは御伽話なのだ」
お祖父様が真っ赤な顔で仰った言葉の意味が分らず、頭がフリーズしてしまった。
顔が真っ赤なお祖父様、レアだわ。なんて可愛いの。なぁんて、ぼんやり思っていたけど。
唐突に察して、思わず吹き出しそうになった。
ああー。私がその子どもが出来る言い伝えを、信じていると思っていらっしゃるのね。
いや、まさか。いくつだと思われているの、私。今世ですらもう14歳ですよ。前世も合わせると、ほほほ。そんな可愛い子ぶったら、一発アウトな年齢ですよ。
「こ、これ以上は、ワシからは……っ! カーナ! こういう事は、女親であるお前が伝えるものであろう! サラナはもうすぐデビュタントを迎えるのだぞ! この様に無垢で、何の知識もないまま夜会に参加しては、邪な目的を持った輩にいい様にされてしまうではないか!」
お祖父様がオロオロと、私とお母様を見比べて訴える。
駄目よ、サラナ。「ではどうしたら子どもを授かるのですか?」と、お祖父様に聞いてみようかしらなんて誘惑、断ち切らなきゃ、絶対にダメ。お祖父様の中の無垢な孫娘が、ガラガラと崩れ落ちちゃうわ。
私が狼狽えるお祖父様の可愛さに悶えていると。お母様の呆れた、冷静な声が告げる。
「お父様。サラナは王子妃教育を終えています。その中には閨教育もございますわ。私もきちんと同席いたしましたから、間違いございません」
「ふぁっ? そうなのか?」
私の肩に手を置いたままポカンとするお祖父様に、私はちょっと引きつった顔で頷く。ダメよ、サラナ。お祖父様は心配してくださったのよ。死ぬほど可愛らしくても、ここで笑っちゃダメ。
「ええ、お祖父様。子ども向けの絵本ですもの。もちろん作り話だと、分かっておりますわ」
何とかお澄まし顔で頷くと、お祖父様は安堵の息を漏らした。
「な、なんだ! そうかっ! そうだよなっ! サラナはこんなにも賢いのだ。正しい知識をきちんと身につけた淑女だ! すまぬ、要らぬ心配をしてしまった」
お祖父様の顔が照れて真っ赤。口調もいつもより早くて。でも威厳のあるキリッとした顔をしているぅぅぅ。
あああああ。可愛い。もう、頭ぐりぐり撫でたいぐらい、可愛いぃ。
でもそんな事をしたら、お祖父様が余計にいたたまれなくなるもの。私は慎み深い微笑みを浮かべ、頷くだけで我慢した。我慢したわよっ!
何とも言えぬ雰囲気の中。お祖父様のわざとらしい咳払いだけが聞こえていたが。
気を取り直して、監修をお願いいたします。
「うむ。サラナ。このモモールの供がイヌートとサルルとチキールだけでは心もとないのではないか?タイタロックの巣を叩くのに、かような弱弱しい動物だけとは、いくら絵本でも現実味がない。希少職業のテイマーならば、もっと強い魔物を連れて行った方がいい。最低でも空からの襲撃ならば、グェーぐらいは供にせねば」
戦闘力について的確なアドバイス、ありがとうございます。伯父様。ちなみにチキールは鶏みたいな飛ぶ鳥です。キジに相当するものはいなかったの。タイタロックは人型の魔物よ。鬼に近いんじゃないかしら。見た事はないのだけど。グェーがお供。それは強そうだわぁ。
「この王子……。王族なのに毒の処置に対して無知が過ぎます。王族や高位貴族は、最低限の毒の知識を身に付けなくては、命がいくらあっても足りませんよ。毒リンゴを食べた姫に、口付けをするなど、論外。二次被害で王子まで毒に倒れてしまいますよ。解毒薬を飲ませるに変更した方が……」
伯母様の毒への危機管理の厳しさが半端ない。女性目線でも、真実の愛の口付けで生き返るなんて、受け入れて貰えないようだわ。なまじ魔法がある世界だけに、違和感があるのよねぇ。
でもよくよく考えてみたら、原作でも、初対面なのに真実の愛ってどういう事なのかしら。死にかけている姫は王子を見た事すらないのに、勝手に口付けされて、生き返ったにしても、良く怒らなかったわね。王子の強烈な一目ぼれがあったにしても、真実の愛はちょっとおかしいわぁ。
「ガラスの靴か……。割れたら危険そうだが、シャンジャで使った強化ガラスでできているのかな?」
そんな靴はちっともロマンチックじゃありません、お父様。確かに安全性は大事ですが……。
え? 王子から走って逃げる姫の靴が、割れてしまうのではないかと気になる? ううーん、強化ガラスですと注釈をいれるかは、もう少し検討させてくださいませ。
「7匹のメエメが主役のお話は、面白いわね」
おお。7匹の羊っ子のお話はお母様に好評だ。ウルフーに食べられてしまうところは、ハラハラしたそうです。末っ子、がんばれーと、声援を送っていました。お母様、可愛い。
「主人を守って、立ったまま事切れるとは! なんとも騎士の鑑のような漢だな!」
すみません。童話とは違うかなーと思いましたが。完全にそのお話は私の趣味です、お祖父様。ハッピーエンドでもないので、子ども向けにはどうかなと思いましたが。兵士向けの読み本としてはいいらしいです。勝てないと分かっていても最後まで剣を捧げた主人を守るのが、騎士としての本分なのだとか。あらあら、では、対象年齢を上げた仕様に直しましょう。
なんだかんだと、皆さまに楽しんで監修して頂きました。
無事に、モリーグ村の孤児院の本棚には、新しい絵本たちが並び。子どもたちも好評で、順番待ちがでるぐらい、絵本を喜んでくれたのだけど。
でも。監修の楽しさに目覚め、子どもたち以上に次の絵本をまだかまだかと催促する、家族の圧の方が強くなるなんて、想像していなかったわ。
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