51 お祖父さまの贈物
また間隔が空いてしまいました。
申し訳ありません。
前世から引き続き『ダメ男収集家」が継続しているのか検討中です、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
思い起こせば幼年期。初めて好きになったのはさくら組のヒロタ君。泣き虫で放っておけなくて、あれこれと世話を焼いていたら、『将来、お嫁さんにしてあげる』と上から目線の告白ゲット。ラブラブ期間中も色々とお世話してあげていたら、ヒロタ君はいつのまにか一年下のたんぽぽ組のメイちゃんと仲良しに。『メイちゃんは僕が守ってあげないとダメなんだ』とフラれ、初恋終了。
次は小学校低学年。同じクラスのケイタ君。忘れ物が多くて、あれこれと世話を焼いているうちにいつしかクラス公認の仲に。そんな時、ケイタ君が運動会で3人をごぼう抜きにし、一躍、学年のヒーローに。モテモテになって4組の可愛いエミちゃんに告白され、学年公認の仲に。『あいつは只のクラスメイト。別に好きじゃない。本当は口うるさくて苦手』という言葉でクラス公認は消滅。
いろいろ端折って、大学時代の彼氏。気が弱くて流されやすいのが放っておけなくて、あれこれ世話を焼いているうちに付き合うことに。彼女の私より、身体が弱い幼馴染の子ばかりを優先するので、文句を言ったら『あいつは俺がいないとダメなんだよ』で喧嘩別れに。身体が弱いといっても、子どもの頃によく熱を出していたってだけで、今は完全に健康体でしたけどね。『お前は俺がいなくても大丈夫だろう』というお言葉を、初めていただきました。うふふ。
これ以降もあらまぁびっくり。似たような男性ばかりを選んでいました。思い返せば、頼りなくて放っておけなくて、お世話を焼いている内に恋が生まれるパターンが定着化しているわ。母性本能を擽る頼りない人が好みというよりは、リーダーシップをとるような男性には、同性の仲間の様に見られていたから、恋に発展しなかったのよねぇ。頼りないから放っておけなくてって、本当に恋だったのかしら。恋人というよりは母親の気分に近いのではないかしら。
まぁでも、今世では私が相手を選んだわけではないし。世話を焼いていたというよりは仕事を押し付けられていただけだし。『ダメ男収集品』にミハイル殿下を加えなくてもいいわよね。そうよねぇ。
いえ、ミハイル殿下は誰よりも『ダメ男』の称号に相応しい方ですけど。厳密にいえば、私が選んだわけではないのですもの。そして今後、誰ともお付き合いしなければ、これ以上『ダメ男収集品』は増えないわけで。
そうすると、あら素敵。私の前世の『ダメ男収集家』は、今世では継続していないといえるのではないかしら。男運の悪さは仕方ないにしても、私が選んだわけじゃぁないのですもの。ええ、きっと継続していないわ。
そう脳内で整理をしたら、心がすっきりと軽くなりました。私は『ダメ男収集家』を卒業したのよ。ほほほ。
という事を、久しぶりに可愛らしいプチケーキを手土産に訪ねていらっしゃったアルト会長にお話ししたら、穏やかな笑顔のまま、固まっていらっしゃいました。お仕事が忙しかったらしくて、久々にゆっくりお話しできるのに、こんな話題で申し訳ないわぁ。あ、勿論、前世の部分は端折りましたよ。
今後、誰とも付き合わず、結婚なんてしなければ、ミハイル殿下みたいなのとは、関わらなくて済むわよね、ってお話ししたんですけど。
側に控えていた侍女さんたちが、『お前、正気か?』と言う顔の人と、『可哀そうに』って顔をしている人とで、半々に割れていた。あら?これが最善の策だと思ったのだけど、ダメかしら?
長ぁい沈黙の後、固まっていたアルト会長が、笑顔を浮かべ、口を開いた。
「……サラナ様のお気持ちは、分かります」
柔らかい表情と、低い声。アルト会長の声、落ち着きがあって耳に心地良いから好きだわぁ。
お気に入りの声に肯定してもらって、ホッとしたのだけど。
「ですが、商人からしますと、いささか勿体無く感じます」
「勿体無い?」
「ええ。商売も、売れるからと同じものばかりを揃え、安定を求めるだけでは先細りです。波風が立たぬ平穏は、緩やかな衰退しかもたらさない。手堅い商売も大事ですが、時には変化を求めて冒険することも大事ではないでしょうか」
「そ、それはそうね」
貴族とて同じこと。長く続く家は伝統を重んじるけど、全く変わらないのではなくて、情勢や時流に合わせて柔軟に変化しているのだ。そうできる家だけが、生き残れる。
「もちろん、リスクは出来うる限り取り除くべきです。新しい商売を始める時は、十分な下調べを行い、様々な事を想定して動きます。結婚相手を決める際に十分精査なされば、問題はないかと」
「そ、そうかしら……?」
「ええ。結婚しないなどと消極的な結論に達する前に、色々な方と出会い、吟味してみても、遅くはないでしょう」
ううーん。生涯お一人様がいいと決めていたけど。アルト会長に言われると、その自信?が揺らぎそうだわ。本当に、私のような男運が悪い女でも、良い人と出会えるのかしら。
「なにより。貴女の様に魅力的な女性が伴侶を求めないなどと。私を筆頭に世の男性が落胆してしまいますよ。我ら哀れな男たちのために、早まらずに再考していただけませんか?」
「うぅっ」
にこりと甘い笑みと言葉を吐くアルト会長。最近。リップサービスが過剰です。苦手なのよ、この雰囲気。
「も、もう少しよく、考えてみます」
恥ずかしくなって俯いていると、クスリと笑う気配がした。
「尤も。サラナ様がお考え直していただけるなら……。他の男になど、その権利を渡すつもりはありませんけどね」
甘い声で、何てこと言うのかしら。くうぅぅ、聞いてるだけで恥ずかしい。
「もう、お止め下さいませ」
「はい。今日は、これぐらいで」
今日は? 今日はって明日もあるの? と動揺していると、控えていた侍女さんから、躊躇いがちに声を掛けられた。
「アルト会長。イイ雰囲気のところ、大っ変、申し訳ありませんが。先代様がお呼びでございます……」
「はい。心得ております。ではサラナ様、参りましょうか」
「え?」
イ、イイ雰囲気って。そんな、こっ恥ずかしい事、何もしていないわよ。
いえいえ、そんな事より!お祖父様がお呼びですって。どうしたのかしら?すぐに行かなきゃ!
思考をこれ幸いと別の方向に切り替えて、私は立ち上がる。
そうでもしないと、頭の中が熱で茹で上がりそうだった。
当然の様に差し出される腕に、ちょっとだけ触れるのを躊躇う。今、この状態で、アルト会長に接近するのは、困るのよ。恥ずかしいのよっ。
私の躊躇いに気づき、アルト会長がフッと笑みを浮かべた。掠れた声で、私の耳元に囁く。
「手をお繋ぎした方が宜しいですか?」
ぎゃー、イイ声っ! 心臓が、心臓が保たないっ。
手を繋ぐって。想像しただけで、アウトだわ。エスコートすら恥ずかしいのに。更にハードルを上げてどうするのよ。
「今日はっ、これぐらいでって、仰いましたっ!」
顔に熱が集まるのを感じて、アルト会長を睨みつければ。
「商人が、好機を見過ごす筈がありません」
澄ました顔でそうお答えになりましたっ。
ちょっとだけ、初めてお会いしたころの初々しい? アルト会長が懐かしい。
どうしてこんな風になってしまったのかしら。色々な事がありすぎて、逞しく育ってしまった気がするわ。あら、原因はもしかして私かしら。
アルト会長が悪い大人へ変貌するのに手を貸してしまったのかもしれない罪悪感と戦いながら、大人しくエスコートを受けていると。
あら? なんだか騒がしくないかしら?
「ふふふ。バッシュ様のサラナ様の可愛がりようには、負けてしまいそうですね」
屋敷の外へ連れ出され、なんだか騒がしい方へ向かう。いつも長閑なモリーグ村なのに。ずいぶん多くの人が集まっているわ。
皆が私に気づいて、道を開けてくれる。モーセかって突っ込みたくなるぐらい、さっと割れたわ。
そして、その先には、満面の笑みのお祖父様が。
「おお、サラナ、待ちかねたぞ!」
大好きなお祖父様にそう言われ、いつもなら嬉しくなるのだけど。
お祖父様の背後に聳え立つモノに、ものすごく嫌な予感しかしなかった。
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