44 謁見当日3
お待たせしました。クリスマスですがクリスマスとは全く関係ないお話です。
謁見のお話はこれでおしまいです。これから一か月ほど、お休みを頂いてストックを作る予定です。
次話は王弟殿下とその夫人たちと絡むお話の予定。そこで王都で謁見編は終了です。
話題が怪しい雰囲気になってきました、逃げだしたい今日この頃のサラナ・キンジェです、ごきげんよう。
勿論、この国の最高権力者の御前から逃げ出すなんて、出来ませんが。
親戚の集まりで『お前はまだ結婚しないのか』という話題が出た時の気分だわ。あれ、本当に嫌だったのよねー。
和気あいあいの雰囲気が、一瞬にして独身者には居心地の悪いものになる。酔ったオッサンたちに『女の幸せは結婚してこそ』と気持ち良さげに演説され、オバサマたちから口々に『若い内に子どもを産まないと大変よ〜』と諭され、子連れの若夫婦から、『子どもって大変だけど可愛いですよ〜』と無邪気にマウントを取られる。悪気は無いかもしれないけど、無神経にズカズカと他人のプライベートを踏み荒らすなんて、たとえ親戚でもルール違反だと思うの。
アレを躱すコツは、若い時はニコニコ『仕事を覚えるのに必死で~』と逃げ、ある程度の年齢になったらニコニコ『仕事が忙しくて~』で逃げ、最終的にはニコニコ『仕事で責任ある地位を任されたので~』で逃げるの三段活用だったわ。
貴方達は可愛い子どもや孫がいてハッピー、私は高給取りのお一人様で自由を満喫出来てハッピー。お互い幸せなのに、何故結婚していないというだけで、上から目線でお説教されなくてはいけないのかしら。しつこい親戚にはうっかり『その年収で、老後と教育費大丈夫ですか?』と角が立たないように喧嘩売って黙らせたものよ、おほほほほ。
そんな前世の殺伐とした回想のせいで、私が一人、戦闘態勢になっていると。
伯父様と伯母様が私の一歩前で守る様に堂々と立ち、お父様が私の横で頼もしく頷く。あら。なんて安心感。
今世はつくづく恵まれているわね。こんなにも心強い味方がいるのだもの。
前世では私の仕送りで潤っていた筈の家族ですら、私の生き方を認めず、親戚たちと一緒になって責めて来たのに。あの頃は見渡す限り敵ばかり、孤軍奮闘だったわねぇ。
「まだサラナは成人前ですので、その辺はゆっくりと考えたいと思っております」
私の縁談の事なので、陛下の許しを得て、お父様が口を開いた。
「ふむ。だが、成人前でも将来の相手を決める者も多いぞ。悠長にしていたら、良い相手を逃がすかもしれん」
陛下のお言葉に、お父様はニコリと微笑んだ。
「左様でございますね。ですが、焦って下手な相手を選んでしまっては元も子もございません。娘は一度婚約を解消された身。前はそれを理由に、『傷物を貰ってやろう』などと言う輩が多く、その心無い言葉で娘は更に傷付けられました。だから私は、煩わしい柵から逃れる為に、家族を連れ爵位も領地も捨ててこの国に参ったのです」
相手有責の婚約解消だったし、前世日本人の感覚では、『なんで婚約解消になったぐらいで、バカにされなきゃいけないの?お前の嫁になるぐらいなら、一生お一人様上等よ』という気持ちだったのだけど。この世界の貴族女性にとって、良い所にお嫁に行くって、一種のステータスだものねぇ。王子に婚約解消されるって、それこそ貴族女性としての価値が、頂点から底辺へ落ちる様なモノだから。どんなに低い条件の縁談にでも縋り付いてくるだろうと、舐められるのよねぇ。
「私のした事は貴族としての責任を放棄する事で、決して褒められた事ではありません。しかし、あのまま国に残れば、娘を更に不幸にする事は明白でした。幸いにも義兄の温情でこの国に移住することが出来、再び貴族の一員に加えて頂けましたが」
お父様はじっと陛下を見つめて、はっきりと言い切った。
「それにより娘がまた理不尽な目に遭うならば、いつでも爵位を返上して、気軽な身分に戻りたいと存じます」
その言葉に、皆が押し黙った。
お、お父様?それはちょっと、マズいんじゃないかしら?この国のトップの前で、爵位なんか要らないぜ!なんて宣言するのは、下手したら不敬罪っ……。家族ラブなのは分かりますが、そういう事は、思っていても言っちゃダメなやつです。
しかし、伯父様も伯母様も、涼しい顔して頷いていらっしゃいます。あら?焦っているのは私だけなの?
「はっはっは!」
そして怒り出すと思った陛下は、爆笑していた。
「大人しげな顔をして、中々、我の強い男よ」
陛下は機嫌を損ねるどころか、何だか楽しそう。
「恐れ入ります。義父や義兄より、陛下にはコソコソと根回しするよりも、正面から本音をぶつけた方が話が早いと教えて頂きました」
お父様が澄ました顔でそう仰ると、陛下は更に爆笑した。笑い上戸なのかしら。
「あっはっはっはっ!違うぞ、ラカロよ。ドヤール家の者は誰に対しても、正面からしかぶつからん。此奴等に根回しなど細かい芸当が出来るものか」
確かにっ!って声に出そうになって、慌てて扇子で口元を隠して誤魔化しました。伯母様も王妃様も同じく扇子で隠していらっしゃいます。ウフフ、扇子って表情を隠せて便利ですわよね。
「そう、構えるな、ラカロ。余はサラナ嬢に、望まぬ縁談など命じるつもりはない。その逆だ。もしも面倒な縁を押し付けられそうになったら、余に申せ。力になろう」
陛下の思い掛け無いお言葉に、私たちは驚いた。てっきり、どこぞの貴族家に嫁に行けーとか言われると思っていましたから。
その時はどうするつもりだったかって?いくつか対抗策は考えてありました。
まず第一に、お祖父様と伯父様が、急病のためもう魔物の討伐は出来ませんと、分かり易いボイコット作戦で王家を揺さぶると仰っていました。力業ですが、お祖父様はこの国の英雄。未だにその名声は根強く、魔物のみならず、存在するだけで周辺国への牽制になるという規格外の存在だ。そのお祖父様を筆頭とするドヤール家が討伐ボイコットなんて、王家に翻意があるとも思われる行動を取れば、国を揺るがす大事となるので、賢明な陛下は引くだろうと仰っていました。どこまでも力業ですが、ドヤール家らしいやり方よねぇ。
そして第二に。私の持つ利益登録。これは商業ギルドで正式に認められたもの。商業ギルドは各国にまたがる商人のギルド組織で、王家からは独立した組織だ。商業ギルドの利益登録は、例え一国の王でもどうこう出来るものではない。
つまりどういう事かというと。私がユルク王国に対して、私が利益登録した商品は卸しませんと宣言すると、それが叶うという事。開発した魔道具や化粧品や大きなものではルイカー船が、ユルク王国では製造出来なくなるのだ。今の所、魔道具と化粧品はアルト商会で専売、羽毛布団やモーヤーンの毛織物、ルイカー船については、国内において、私の許諾があり、使用料を払えば誰でも製造出来る様になっている。
無理な縁談を勧められたら、これで対抗しようというのがお父様の案。「当たり前の様に享受していた安全と、便利な生活がなくなるのは、誰にとっても痛手になる。魔道具やルイカー船で他国に優位に立てる機会を逃す事が得策でないと、きっと陛下も分かってくださるよ」とほほ笑んでいらっしゃいました。ソウデスワネ。オトウサマノオッシャルトオリ。
そんな策を持って、徹底抗戦するぞ!という気持ちでこの会見に臨んだのですが。思ってもいなかった陛下のお言葉に、完全に肩透かしを食らってしまった。
「余はな、我が国に力を尽くす臣下を大事にしたいのだ。貴族の婚姻は政略の絡むものだ。気に食わぬ相手でも、国の為、家の為に従わねばならない場合もある。だがなぁ、気に食わぬからと言って、政略の絡む相手を粗雑に扱うなど、許される事ではない。愛する事は出来ないかもしれん。だが、相手の家が自分より格下だとしても、伴侶となるべき相手を敬う事は、最低限必要だろう」
ニヤリと、陛下は凄みのある笑みを浮かべた。
「どこの国とは言わんが、余は王族でありながら、身勝手な理由で婚約を解消し、尚且つ相手に非があるように触れ回る様な奴らは、気に食わん。国を預かる身でありながら、身近な者すら蔑ろにする輩など、到底、信用出来んわ。だからな、万が一、どこかの国が余の国の貴族に無茶な要求をした時は、それ相応の対応をしようと思っている」
笑顔の圧が。圧が凄い。この人には逆らっちゃダメと本能が叫んでいるわ。
それにしても、どこの国とは言わんがって、ボカシているようで全くボカされていないですよ。陛下。
「だからな。そう意固地にならず、気楽に構えよ。今日の謁見も、其方らに褒美を与えたくて呼んだのだ。横道に大分に逸れたがな……」
陛下は僅かに姿勢を正した。その瞬間。全てを従わせるような、王者の威厳が漂う。
「此度のルイカー船の功績により、セルト・キンジェ・ラカロを、子爵とする」
「……っ」
お父様が思わず息を呑んだ。
私も驚いて、口をぽかんと開けてしまった。
だってねぇ。陞爵って、功績を上げた貴族家に与えられる栄誉なのよ。特にその陞爵を受けた当主は、陛下の覚えもめでたいという事で。つい今しがた、陛下の御威光に逆らう様に爵位の返上を口にした相手に、普通は授けませんって。
陛下は砕けた雰囲気に戻り、ふんと鼻を鳴らした。
「ドヤール家の長年の功績を考えても、これは妥当な褒美よ。そもそもお前らが、これ以上領地が増えては面倒だと出世から逃げ回っているから、そのツケがラカロ卿に回ってきたのよ。これほどの功績を上げる家を差し置いて、他家に褒美を与える事は出来ん。何事にも、バランスというものがあるからな。それに、ルイカー船だけではない。他家からの推挙も多くてな。ラカロ卿が男爵位のままというのは相応ではないと」
陛下が視線を向けた先には。宰相閣下と騎士団長が。なるほど、お二人はラカロ家陞爵の推薦人でいらっしゃいましたか。
「余も色々と考えたのだぞ?陞爵ならばラカロ家にはドヤールだけでなく、余の後ろ盾もあると知らしめることになる。ラカロ卿の気に入らぬ煩わしい縁談などは、余の名を出して断っても構わんぞ」
『名を出しても構わん』で、これ以上の最強のカードがあるのでしょうか。ユルク国王の後ろ盾を頂いちゃったわよ。
余りの事にぼーっとしている私たちに、陛下は悪戯が成功した様な顔をしていた。
「余はな。成果を出す臣下に報いるべきだと考える。恩義は、無理強いした婚姻などよりも、強い縁になろう」
この方が、若くして賢帝と呼ばれる理由が理解出来たわ。お祖父様や、伯父様が、真正面からぶつかってみよと仰った意味も。
色々勘繰って、小細工するより。率直にお話ししたほうが伝わるって事なのねぇ。
「陞爵に伴う報奨は追って沙汰を出すがな。一つ、聞いても良いか?」
「は、はい」
衝撃から立ち直ったお父様が、少し慌てた声で答える。
「サラナ嬢の結婚相手について。どのような者をと考えているのだ?」
「は……」
虚を衝かれた様に、お父様は瞠目したけれど。陛下の目が、純粋な好奇心で溢れているのを見て、渋々と答えた。
「サラナが望む者をと、考えています。この子が選んだ相手ならば、多少の身分の違いも気にはしません」
「ほう」
お父様の答えに、陛下が意外そうな声を上げる。普通の貴族令嬢ならば、親が結婚相手を選ぶのは当たり前ですからね。お父様とお母さまの様に、学園で出会って恋に落ちて結婚を許されるというパターンは珍しいのです。伯母様に少し教えて頂いたところによると、お母さまの一目惚れから始まり、ドヤール家の娘らしい、怒涛の攻めだったらしいですけど。どうやって攻めたのかは、帰ってからお母さまに伝授してもらいなさいと言われました。伝授?
「それではサラナ嬢は、どの様な相手を伴侶に選ぶのかな?」
陛下が優しく笑ってナチュラルに聞いてきます。おおう。前世だったら上司のこんな発言は「陛下。セクハラですぅ」で躱せましたが。陛下といえば国のトップ。セクハラしても許されちゃう身分の人です。あらまぁ。答えなくてはいけませんよねぇ。
どの様な相手をなんて。お一人様街道まっしぐらのつもりなので、考えた事もなかったわぁ。
「まぁ……、結婚相手なんて、考えた事もございませんわ」
「ふむ。だが、好ましい男の傾向ぐらいはあるだろう。ほれ、男らしい強い騎士で身分が高く、顔の綺麗な年頃の釣り合う男が良いとか」
「はぁ……」
なんだか陛下の仰るタイプが、やたらと具体的ですが。王妃様や宰相、騎士団長も興味津々といった様子でこちらを見ていらっしゃるし、王弟殿下まで期待の籠った目を向けていらっしゃるけど。王弟殿下ってば、女性には興味がないのに、恋愛話には興味があるのかしら。若いわねぇ。
それにしても好きな男性のタイプ。どんな男性が好きかと言われれば、それは、勿論。
「お祖父様……」
「は?」
ぽつりと零れ出た言葉に、陛下が目を丸くする。
「お祖父様とは、バッシュのことか?」
「はい。それに、伯父様や、お父様……」
自然と頬が緩んでしまう。私の周りの男性って、ものすごくレベルが高いので。私、目が肥えちゃっているんですよねぇ。
いっその事、全ての理想を積み込んでみようかしら。
「そうですねぇ。お祖父様の様に度量が広くて、伯父様の様に頼りがいがあって、お父様の様に優しくて聡明な男性が好ましいですわ」
祖父コン、伯父コン、ファザコンを拗らせているのは自覚していますよ。
「ぶっ!ぶっふっふ。そこは、バ、バッシュの様に強い男とは言わないのか?奴ほど逞しく強い男は居らんだろう?」
陛下が面白そうにそう聞いてきますが。何を仰っているのでしょう、この方。
「まぁ陛下。そんな事を望んでいたら、私、一生お嫁には行けませんわ」
お祖父様の様な強さを他人に求めるなんて、非現実的な事は致しません。それを理想に加えてしまっては、一生独り身を貫く覚悟だとバレてしまうではありませんか。
陛下から本日一番の爆笑を頂きました。他の立ち合いの皆様は微妙な顔をなさっているのに、一体何がそんなに面白かったのかしら。
「ラカロ卿。ふははっ、これは、可愛い娘を持ったものだ。手放し難いであろう」
陛下が笑いながら仰るのに、お父様はため息交じりに答えた。
「ええ。特に義父は、目に入れても痛くないほどの可愛がり様で。片時も側から離しません」
「あのバッシュがなぁ。だが気持ちは分かる。もしも余に娘がいて、先ほどの様な事を言われたら、望むもの全てを与えてしまいたくなるわ」
そんなに変だったのかしら。私は素直に理想の男性のタイプを語っただけですけど。
「サラナ嬢の選ぶ伴侶は、それ程までに出来た男という事か。いつの日か、サラナ嬢が選ぶ男に会ってみたいものよ。楽しみだ」
そんな上機嫌な陛下のお言葉で、長い謁見はようやく終わったのだった。
★書籍化作品「追放聖女の勝ち上がりライフ」
★「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常(完結済)」
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