43 謁見当日2
お待たせしました。
謁見のお話はこのお話を合わせてあと2話程続きますが、その後は一か月ほど、お休みを頂いてストックを作る予定です。
お待たせばかりして、すいません。
想定問答集の精度が高すぎて、戦慄しております、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
というか。凄すぎませんか、お父様。前世の学生時代、テストの山張りの時にいて欲しかったわー。凄い的中率。
「それはそうと、ジーク。頼みたい事があってな。学園の夏の長期休暇の間、我が弟のドヤール家への滞在を、許してくれないか」
想定問答集第42問目。王弟殿下のドヤール家長期滞在について。噓でしょう。本当に聞かれましたわよ。想定問答集を読んだときは、こんな事、言われるのかしらーなんて、思っていたのだけど。
「先頃の視察で、トーリはドヤール領にすっかり影響されてな。ドヤール領のように魔物が頻発する過酷な環境で、武者修行をしたいと熱望しているのよ。どうだ、引き受けてくれないだろうか」
んまぁ。理由までケース2に合致したわ。ちなみに、ケース1は「ドヤール家の事業をもっと学ぶために」だったわ。
「学園を卒業後、トーリは騎士団に籍を置き、将来は公爵となり、ユルク王国の軍事を担う事になる。そのためにも、厳しい環境で修業を積ませたいと思っているのだ」
厳しい環境。魔物が名産のド田舎モリーグ村の事かしら。確かに魔物は頻発するけど、領兵と村民総出でぼっこぼこにして瞬殺してるから、厳しい環境と言われてもピンとこないわー。そうね。外部の人からしたら、厳しい環境なのかしら。
陛下の言葉を、伯父様はジッと聞き入っていたが、静かに口を開いた。
「それは……。得策ではないと存じます、陛下」
「なに?」
伯父様の明確な拒否に、陛下は驚いたように声を上げた。
「トーリ様の幼いころの剣の師は、先の騎士団長、ダロス・ラズレー殿。つまり、剣の流派はナルイー流。我がドヤール家は流派はガイセン・ドヤールを祖とするガイセン流。まだお若き王弟殿下が、己の剣技が固まらぬまま、違う流派を学ぶ事は悪手と存じます」
私は剣の流派について詳しくはないのですけど。お祖父様や伯父様、ヒューお兄様やマーズお兄様は、対魔物相手に特化したガイセン流の剣技を学んでいらっしゃる。ガイセン・ドヤールは何代か前のドヤール家の当主だったのだけど、このガイセン流を確立した事で、ドヤール家は飛躍的に強くなられたのだとか。ただし、ガイセン流は対魔物に特化した戦法である故、一般的には不意打ち、心理戦などが絡む対人戦は不得意とされている。
お祖父様達は対人戦も強いらしいけどね。不意打ち、心理戦など仕掛けられても、それを上回る力でねじ伏せるのがコツだそうです。ほほほ。そんな事って、あるのかしら。
「そうは思われませんか、ラズレー騎士団長。もしも私の息子が、生意気にも他流で学びたいと言い出したら、私は己の未熟を知らん息子をぶん殴ると思いますが」
伯父様が騎士団長にそう振ると、騎士団長は重々しく頷いた。
「そうですな。我が息子が同じ事を言い出したら、『己の流派も身についておらぬヒヨッ子が』と、私でもぶん殴るでしょう」
騎士二人の意見に、陛下は思案するように黙り込んだ。弟に甘いという事を、婉曲的に言われても怒り出さないのは意外でした。ユルク国王はまだ若いが賢君というのは噂通りだわ。臣下の言葉にきちんと耳を傾けてくださるもの。
これが祖国だったら、不敬だなんだと大騒ぎですわよ。だからあの国では、王家に従順で、おべっかの上手い人が出世するのよね。それが国を衰退させている事に、王族の皆様は全く気付いていなかった。はぁ、お先真っ暗よねぇ。
「そうか……。其方らの忠告、しかと受け止めよう。余が浅慮であった様だ。トーリよ。武者修行がしたいのであれば、今年も騎士団の実地演習に参加せよ」
「……はい」
陛下の厳命に、王弟殿下がしょぼんとしていらっしゃいます。騎士としては未熟だと、間接的に叱られていますからね。
そして、追い打ちをかけるように、騎士団長が告げる。
「騎士団の演習は、トーリ殿下にとって温く感じられていらっしゃるようだ。今年は実戦を兼ね、西の遠征で鍛錬を積むとしようか」
ドヤールとは反対の西の遠征。隣国との国境付近はドヤールほどではないにしても、魔物頻発地帯ですわね。あらら。騎士団の皆様、とばっちりですわ、お気の毒だわ。苦情は王弟殿下まで。ウチは関係ありませんよ。
「今年は魔物の討伐制限も撤廃され、我が騎士団の臨時収入も増えましょう。本当に、サラナ嬢には感謝しかない」
ん?騎士団長が怖い顔ながらニコッとほほ笑んだ。あら、笑うと目尻が下がって、優しい雰囲気に。ちょっと可愛い。ギャップだわ。これはギャップ萌えと言うヤツじゃなくて?それにしても、感謝とは何の事かしら。
「サラナ嬢がクズ魔石の使用方法を示して下さったお陰で、これまで魔石の集積場関係で、魔物の討伐数が制限されていたのが、撤廃されたのだ。田畑や人に害を為す魔物だから討伐するというのに、文官たちは魔石の集積には金が掛かるから制限しろなどと言う」
忌々しそうに、騎士団長は吐き捨てるように仰った。
「奴らの言い分も分からんではないが。我らに民の命や生活を守るなというのかと、毎回喧嘩になっていたのだ。それが、今やクズ魔石は魔道具に使用されるからと、そこそこの値段で引き取ってもらえる様になった。魔石の引き取りのお陰で、騎士団の収入も増え、騎士たちの士気も上がった。今回私がこの場に同席させていただいたのも、その礼を是非伝えたくてな」
あらー。それは。大変でしたのねぇ、騎士団長。まさかクズ魔石の産廃問題が、騎士団にまで関わっていたなんて知らなかったわ。アルト商会で扱う魔道具、爆発的に増えてますものね。私も、ついつい前世の便利な生活が恋しくて、色々お願いして作ってもらっていますから。
最近作ったのは、ヘアアイロン。魔石内蔵型なのでコードレスよ。もう、侍女さんたちが狂喜乱舞してましたよ。きゃー、可愛いー、髪の毛クルクルふわふわになるーって。色んなヘアアレンジが流行りそうよねー。あ。ヘアアクセサリーも色々作ってみようかしら。帰ったら伯母様とお母様に相談しましょう、そうしましょう。
私が脳内で新しい商品にワクワクしていたら。
すっと、騎士団長が居住まいを正した。
「これで何に縛られる事なく、民の命と生活を守る事が出来る。騎士団を代表して感謝する、サラナ嬢」
貫禄のある、騎士の礼で謝意を伝えてくださる騎士団長。
その凛々しくも美しい礼に、私はほうっと見惚れてしまった。
きっかけは、あったら便利だわーと思って作った色々な魔道具。クズ魔石の産廃問題の解決になったのは、単なる偶然だった。
それでも、そんな風に感謝されると、嬉しくなってしまう。
私は騎士団長へ向かって、そっと膝を落とした。
「身に余る光栄ですわ、ラズレー騎士団長。どうか騎士団の皆様が、ご無事で御使命を全うされる事をお祈り申し上げますわ」
お祖父様や伯父様、お兄様方が戦う姿を見ているから知っている。魔物という脅威に立ち向かう騎士という仕事は、全ての瞬間が命懸けだ。
そんな騎士達の憂いをほんの少しでも取り除けたのなら。厳しい討伐に少しは貢献出来ているのなら。こんなに嬉しい事はない。
「そして騎士団の皆様に感謝と敬意を。私の様な無力な民が、安全に生活出来るのは、皆様のお力があっての事でございますから」
美しい礼には、心を動かす力がある。
生国での、マナーの先生方の言葉が脳裏を過ぎる。
姿勢や手足の先まで。気を張り詰める。
敬愛する相手への真心を、全て伝えられる様に。
私が、先程の騎士団長の礼に、喜びを覚えた様に。
私の礼も、騎士団長に感謝を届けてくれるだろうか。
ほうっと、息を呑む様な声が漏れた。
十分に時間をおいて顔を上げると、満面の笑みを浮かべる騎士団長が。あら。怖いお顔が綻ぶと、とってもキュートだわ。
「……我が最愛の妻が居なければ、愛を乞う為に、膝をつく所であった」
お腹に響くような声で、なんて事仰るのでしょうか、騎士団長。
「ま、まぁ……。私の様な者より、是非、奥様に愛を捧げて下さいませ」
「無論だ、驚かせて済まぬ。余りに美しい礼だったのでな。ふむ、凛とした顔も美しかったが、照れた顔はまた可愛らしいな」
動揺して、思わず赤くなった頬を両手で隠してそう返すと。騎士団長が再び恥ずかしい事を仰る。もうヤメテホシイワ。気難しそうな印象だったのに、タラシなのかしら、この人。
「私の大事な姪を、口説くのは止めてもらおう!」
伯父様にぐいと引き寄せられ、伯母様の後ろに隠されました。ガルルルルと歯をむき出して、騎士団長を威嚇している。伯父様ー。あれは騎士団長の社交辞令ですよ。ご心配なさらないで。
「不躾だったな、謝罪しよう。素晴らしい令嬢だな。是非、我が息子との縁を望みたくなった」
伯父様の威嚇などものともせず、騎士団長はシレっと恐ろしい事を仰った。
あらあら、息子さんはダメですよー。ほら、王弟殿下が怒りが爆発しそうなお顔をなさっていらっしゃいますから。今にも切りかかりそうじゃないですか!
それにしても、王弟殿下があんなに怒るなんて。もしかして、第三夫人、順位が繰り上がっているのかしら。大変!寵愛ランキングの見直しが必要だわ。ドヤールに帰ったら侍女さんたちに報告しなくちゃ!
「ラズレー、生真面目なお前が、ご令嬢を揶揄うなど、珍しい事もあるものだ……。まぁそれぐらい、サラナ嬢の事を気に入ったという事であろうが、それぐらいにしておけ」
陛下が苦笑しながら、目線で王弟殿下を諫めている。
あら?王弟殿下のお怒りの理由を分かっていらっしゃるという事は。もしかして、陛下は多様な愛の容認派でいらっしゃるのかしら。
だとしたら、良かったですわねぇ、王弟殿下!家族に理解があるって、きっと、心強い事だもの。
「ラズレーの気持ちも分からんでもない。これほどまでに聡明で魅力的であれば、サラナ嬢の縁談なども、降る様に舞い込んでいるであろうな、ジークよ」
「……そのような話も、無い事はございませんな」
陛下のさり気無い言葉に、伯父様の警戒度が一気に上昇した。あ、ちょっと。なんだかどす黒いものが、伯父様から漏れ出ているような?伯母様がポンポンと伯父様の腕を叩き、振り向いた伯父様に小さく首を振る。どうどう、落ち着きなさーいと言ってらっしゃいます。
あらー、嫌な流れだわ。
お父様が一番懸念していた事。それは、私の縁談についてだ。
ユルク王家ぐらいにもなると、私の前の婚約解消理由が捏造である事ぐらい、掴んでいるだろうと。
そして、色々と有益な事業を持つ私を、国に縛り付ける為に、どこぞの貴族家と縁組させようと動くかもしれないと。
あぁぁぁ。調子に乗って利益登録を増やし、うっかり小金持ちになってしまった私のバカ。どうしてこう、ほどほどに働くという事が出来ないのかしら。悪い癖よー。前世でも『仕事も遊びも全力で!』がモットーだったから、全力で遊んでうっかり旅先で迷惑を掛け倒して死んじゃったし。
嫌だわぁ。部下には『失敗を次に活かせ』とドヤ顔で説教してたのに。
『お前がな!』という部下たちの総ツッコミが、時空を超えて聞こえてくるようだわぁ。
そのため、私の縁談話について、ドヤール家では最大級に警戒していた。何度も対応策について、話し合いを重ねていたのだけど。
老獪な商人の様に、読めない顔で笑う陛下に、勝つ事が出来るのかしら。
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