37 王都へ行きましょう
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初めて王都に参りました、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
ど田舎モリーグ村に比べて、港街シャンジャは華やかだと思っていましたが、王都は桁違いだわ。活気があって緑と茶色が主色の田舎に比べて、何もかもがカラフル。華やか過ぎて、目がチカチカします。やっぱり私は、人口よりも馬の数の方が多いモリーグ村の方が好きだわぁ。
今回の謁見にご同行頂いたのは、伯父様と伯母様、そしてお父様。お祖父様とお母様はお留守番。お祖父様が相当ごねていましたが、魔獣が跋扈する辺境をお祖父様も伯父様もいないのはちょっと……、という事になり。陛下への謁見に後見人たる当主が同席しないのはダメ、という事で、お祖父様は泣く泣く(本当に泣く泣く)、お留守番になりました。お土産を買ってくるので許して下さいな。お母さまが残られるのは、お祖父様の宥め役と、前回の『ラカロ卿は奥様のエスコートをしなくてはいけないだろう』を避けるためですって。なるほど。
そして何故かドヤール家の馬車に、ちゃっかりアルト会長も乗っています。忙しいのに。本当に忙しいのに、無理をして付いてきてくれました。目の下の隈が凄いのに、とっても清々しい笑顔のアルト会長。大丈夫かしら。でも、なんだかねぇ。柄にもなくちょっと緊張しているものだから、アルト会長がいると、心強いわぁ。
モリーグ村を出発する時も一悶着ありました。
馬で駆けていく方が速いぞという、脳筋伯父様、お祖父様、お兄様ズと、貴婦人連れで馬で行けるかという良識派の私達。お父様が、サッサと馬車の手配をなさっていたのですが、伯父様はずっとブツクサと小声で文句を言ってらっしゃった。
馬車はずっと乗っていると疲れるから、馬でパッと行った方が女性だって楽だろうと、本気で思ってらっしゃるのだ。ミシェルは私が、サラナはセルトが、抱えて馬に乗ればいいだろうと主張していらっしゃいます。伯父様には出来ても、生粋の文官体質なお父様には、長時間女性を抱えて馬を走らせるなんて、無理ですよ。ええ、決して私が伯母様より重いだなんて事ではないですよ?
伯母様が窘めても、お父様が諭しても、私が甘えても、伯父様はずーっとブツクサ言っていた。たまに、変な所で頑固になるのよねぇ、伯父様って。普段は大雑把、いえ、大らかなのに。
そんな時。旅の打ち合わせにいらっしゃったアルト会長が、拗ねる伯父様を見てニッコリ笑い、伯父様と暫くの間、2人っきりでお話し合いをなさったのだけど。
「すまなかった、ミシェル、サラナ、セルトっ!私が愚かだった」
アルト会長とのお話し合いを終えた伯父様は、部屋から出てくるなり、真っ青な顔で私たちに頭を下げた。謝るだけではなく、馬車の準備も自ら進んでなさる変貌ぶり。
「アルト会長?いったい、伯父様とどんなお話をなさったの?」
アルト会長にそう聞いたら、小さく微笑まれた。
「特に何も。女性連れの旅に必要な物のご説明をさせて頂いただけです。流石、ご当主様です。私の様な一介の商人の意見も、鷹揚に聞き入れてくださいました」
ニコニコ微笑むアルト会長に、隙はないわ。でも何かしたのでなければ、伯父様の変貌ぶりは説明がつかないし。伯父様は本気でお父様に怒られた時の様な、怯えた顔をなさっているけど。アルト会長が怒るなんて、考え難いしねぇ。
うーん?と考え込んでいると、アルト会長は蕩けるような笑みを浮かべた。
「サラナ様。旅に必要な些事は、私がお引き受けいたします。サラナ様は王都観光に行くぐらいのお気持ちで、楽しまれてください」
王都観光かぁ。メインが謁見でなければ、心の底から楽しめそうなのにねぇ。
「とは言っても、王都でも今、目新しい物はほとんど見られないかもしれません」
「あら?どうして?」
アルト会長の言葉に、私は首を傾げた。王都といえば、経済の中心。新たな商品や流行が日々、生み出されているはず。
「現在の王都は、ドヤール領から様々な商品が流入している状態です。そこで売られているものは全て、モリーグ村で作られ、サラナ様のお目を通っておりますから。今の流行の最先端はモリーグ村と言えるのです」
流行の最先端?あのど田舎のモリーグ村が?村民全員顔見知りで、畑と山しかないあの村が?乗合馬車が10日に1回しかこなくって、道を歩けばムカデっぽい虫に遭遇するあの村が?まぁ、なんて事でしょう。
「ウチの王都店の従業員も、ドヤール支店に行きたがっていますからね。毎日の様に新しい商品が生み出されるので、刺激になる。それに。ご存知ですか?サラナ様のアトリエは今、職人達からの研修希望が殺到しているらしいですよ?」
アトリエというのは、元々私たちが住んでいた屋敷の事だ。今は私が商品開発をするためのアトリエとして、使わせてもらっているんだけど、ダッドさんとボリスさんの根城みたいになっているのよね。孤児院での職人の意見交換会の際は、アトリエを宿として職人たちに提供しているんだけど。孤児院での意見交換会の熱気が収まらぬまま、宿に帰ってみたら、目の前に、仕事道具や素材が積まれているわけですよ。そうすると、ねぇ。意見交換しながらの、実践研修が始まっちゃうのよ。
研修については、ルエンさんとその補佐の部下たち(ルエンさんがご学友や、かつての仕事仲間を引き抜いてきました)で取り仕切ってくれているのだけど。さすがよねぇ。宿の滞在費も生活費も、素材の費用も、なんなら新しい工具が欲しければそれも、全て負担する代わりに、成果物に関してのマージンをいただくシステムらしいのよ。人材育成をしながら、ちゃっかり儲けるなんて。やり手よね。ルエンさんをクビにした王宮は、本当に見る目がないと思うの。
お陰でダッドさんとボリスさんは殆どアトリエに入り浸り。そのまま泊まる事も多いのよね。今年の冬は出稼ぎに行かなくて済んだって言ってたのに、こんなに家を空けて大丈夫なのかしら。
そう思って、ダッドさんとボリスさんの奥さんに聞いてみたら。
「あっはっはっは。こんなに近くにいるんだから、何の心配もないですよぉ。好きなだけ、扱き使ってやってくださいよぅ」
「夕飯の支度もいらないし、汚した服も洗ってもらえるし、楽で助かりますよぉ。毎日だって、構いませんよぅ」
奥さんたち、豪快に笑い飛ばしていらっしゃいました。亭主元気で留守がいいのかしら。まぁ、奥さんたちもニージェの花の加工の仕事で忙しいから、家事の軽減になっているなら、いいのだけど。
でも。もしかして奥さんが忙しいから、構ってもらえないのが面白くなくて、ダッドさんとボリスさんがアトリエに籠っているのかしら。大変。何も考えないで、皆を忙しくさせてしまったけれど、モリーグ村の夫婦仲の危機を生み出してしまったのでは?
「ねぇ、アルト会長。もしアルト会長が結婚したら、奥さんには家にいて欲しいと思うかしら?奥さんが働くのは、イヤ?」
私は、経験豊富そうなアルト会長に意見を聞いてみる事にした。何故か横で聞いていた伯父様が、ぶっふぉおと噎せていたけど、大丈夫かしら。ミシェル伯母様はその横で、面白そうな顔をしているし、お父様は興味深そうにアルト会長を見ている。あら?そんなに食いつかれるような話題だった?
「け、結婚したら、ですか?」
アルト会長は首まで真っ赤になっていた。あら、どうしたのかしら。アルト会長もお年頃だから、結婚の事なんて、色々な人に聞かれるでしょうに。
「ええ。ほら、男の人って、奥さんに働かせるのを嫌がる人もいるじゃない?『俺が甲斐性無しと思われるから、働くのはやめろ』みたいな」
こちらの世界では、奥さんが専業主婦なのが一般的だ。前世みたいに家電があるわけでもないし、洗濯一つにしても、手作業だから大変なのよ。どっちかが家事をやらないと、家の仕事が回らなくなるから、妻は家にいる事が多い。女性が働ける職場も、限られているからね。モリーグ村のニージェ加工の仕事は、そういう意味では珍しいのだ。ほぼ、女性しかいない職場だからね。
そういう面から言っても、女性が働く環境のサポートが必要かもしれないわ。仕事が順調でも、家事が滞って、夫婦が喧嘩ばかりなんて事になったら、幸せになれないものね。
「わ、私は……。そうは思いません。女性でも、自分の仕事に誇りを持つ事は、素晴らしい事だと思いますし。つ、妻が楽しそうに仕事をしているのなら、そのサポートを、全力でしたいと思います」
恥ずかしそうに、つっかえながらそう仰るアルト会長。まぁ。なんて素敵な考え方なの。アルト会長と結婚する人は、幸せね。そんな風に思ってもらえるなんて。……いいなぁ。
ちょっとだけ、胸がもやもやした。あら。どうしたのかしら。お昼ご飯を、食べ過ぎたかしら?
「サラナ様。どうなさったんですか、いきなりそんなお話をなさって」
なんだか真剣な目で、アルト会長に問われる。いつも思うけど、アルト会長って、本当に真面目よね。こんな私のたわいない話を、真剣に聞いてくださるのだから。
「いえ。モリーグ村は事業のせいで共働きの夫婦が多いでしょう?短い期間で随分と生活スタイルが変わってしまったから、村人の負担になっていないか心配で。それで、奥さんが働く事について、男性の一般的な意見が聞きたかったのよ」
「男性の、一般的な、意見を……。なるほど……」
途端に、アルト会長が目に見えて落ち込んだ。え、え。どうしたの?だって、この中の男性陣で一番、平民の生活を知っていそうなのはアルト会長だから。聞いちゃダメだったのかしら。オロオロと伯母様に助けを求めれば、あーあって顔をしています。なんですか?私、やっぱり何かいけない事を聞いちゃいましたか?
「あの、ほら。ダッドさんとボリスさん。アトリエに籠ってばかりで、あまり家に帰らないでしょ?夫婦仲が悪くならないか、心配で。奥さんがニージェの仕事で忙しくしているから、帰らないのじゃないかと心配で」
「あの二人は、単に職人バカなだけですから。妻に構ってもらえないから帰らないだなんて、そんな繊細ではないと思いますよ……。放っていても、大丈夫ですよ。はぁ……」
珍しい。落ち込むアルト会長。どうしましょう。落ち込ませたのは、私だわ。
「いえ。すみません。ちょっとだけ、予想外でしたがっ!それで、サラナ様。共働きの夫婦のために、どの様な負担軽減をお考えですか?」
アルト会長は頭を一つ振ると、笑顔を浮かべた。あら?立ち直ったのかしら?大丈夫?見た目には、いつものアルト会長だけど。
「そ、そうねぇ。食事の宅配や、お弁当を売る店があったら、便利よね。ほら、食事処はあるけど、持ち帰りのサービスがあると、家でゆっくりしたい時はいいと思うの。あと、お洗濯やお掃除の代行サービスとか」
「なるほど。食事の宅配に、貴族家の使用人のような仕事を、請け負うサービスですか。それは確かに、需要がありそうですね。一般的な平民の家庭でも利用出来るような料金設定にしないと、顧客の獲得は難しいかもしれませんが……」
しっかりとメモの準備をして、聞き入っているアルト会長。すっかりいつものお仕事スタイルだわ。伯母様やお父様は、再び面白そうな顔で一緒に聞いていた。
伯父様?揺れる馬車の中で、目を瞑り、すっかり熟睡していました。伯父様ですから。こういう大らかな所は、お祖父様と親子なのね、としみじみ思わせるわよね。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。




