29 カイとブレッド
モリーグ村に戻って、アルト商会カイとドヤール家分家のブレッド(New⭐︎)の視点です。
「残念ながらこちらは、当商会がお売りしたものではございません」
「なんだとっ!そんなバカなっ!これは確かに、さる高貴な方を通じて買い求めた品だぞっ!この様な不良品を売り付けておいて、そんな話が通じると思うのかっ!」
激昂した客が、唾を飛ばして怒鳴り散らすが、カイは全く怯える様子はなく、丁寧で物腰柔らかな態度を崩さない。労わる様に客を宥める。
「お客様。当商会を通じて売られたものについては、この様に……」
カイは客が持ち込んだ魔石装置付き卓上ポットと同じタイプの品を手に取り、魔石装置を取り外して中を見せる。そこには、何桁かの数字が刻印されていた。
「全て製造管理番号を刻印し、商会で番号を控え、万が一の故障や欠陥があった際に迅速な対応が取れる様、備えております」
「せ、せいぞうかんり?な、なんだ、こんなものがあるのか?」
客はしっかりと刻印された数字を見て、段々と言葉が尻すぼみになる。先程までの勢いが薄れ、キョロキョロと不安気に目が揺れている。
因みに、数字の最初の二桁は出荷した工房、次の二桁で製品種別、残りの四桁が製品番号だ。この番号で、一つの製品がどこの工房で、どの種目の製品が、誰に出荷されたかを管理している。
「また、我が商会はドヤール家の利益登録品を取扱わさせていただいておりますので、ドヤール家関連のお品については、全てこちらの品質管理保証書にドヤール家の紋章が捺されております」
カイが品質管理保証書を見せると、客は俄に元気を取り戻した。
「それなら、ワシも持っているぞっ!ほら、これを見ろ!」
客が持ち込んだ保証書には、確かにドヤール家の紋章らしき登録紋章が捺されていた。だが。
「はぁ、確かにこの紋章は似ていますが……」
カイは、フルフルと悲し気に首を振る。
「ブレッド様、お願いします」
「おぅ」
カイが控えの間に声を掛けると、野太い声で返事があり、のっそりと大男が部屋に入ってきた。筋骨隆々の厳つい男の登場に、客の顔が引き攣った。
「こちらは、ドヤール辺境伯家の分家ガレー子爵家ご次男の、ブレッド・ガレー様です。商標紋章への魔力付与をして頂いています。ブレッド様、こちらの紋章を」
「あー、紋章は似ているが、ちょっと違うなぁ。それに、そもそもインクがドヤール家の特有魔力を帯びていないじゃないか。偽物だ」
「な、な、そ、そんな、バカな、そんなはずはない!」
「なんだと?今、何と言った?」
ジロリと、ブレッドは客を睨む。この客は男爵を名乗っていたが、その家名に聞き覚えはなかった。それに、ブレッドは子爵家の一員。客であろうと男爵家の者が無礼な態度を取っていい相手ではない。
「あのなぁ。この印には、俺を含めた数人のドヤール家分家の者が魔力を付与している。ドヤール家の血を引く者の特有魔力だ。それを、この俺が読み違えたと?」
「い、いえ、そ、そうではなく」
「大体なぁ。特有魔力はある程度の鑑定能力がある者が見ればすぐ分かるし、教会に行けば証明をしてくれる。そんな事、常識だろうが。おい、お前はこの魔道具をどこから手に入れた?偽物をうちの商会に持ち込んで、一体どういうつもりだ」
ブレッドがほんの少し語気を強めただけで、客は陥落した。慌てて荷物を纏めだす。
「わ、私は、少し勘違いをしていたようだ!こ、この品はこちらの商会で買ったものではなかったようだな!時間をとらせて、悪かったな!」
浮足立つ客に、ブレッドは睨みを利かせる。
「そうか。アルト商会にはドヤール家の後ろ盾があるということを、忘れないよう、今後は気を付けるといい」
「わ、分かりましたっ」
ブレッドから立ち上る殺気に顔を青くして、客は風の様に去っていった。
「お疲れ様でございます、ブレッド様」
「これぐらい、魔物討伐に比べれば全然疲れねぇよ。いい稼ぎにもなるしなぁ」
礼を言われ、ブレッドは決まり悪そうに頬を掻いた。子爵家の次男と言っても、貧乏子爵家だ。こんな風に大きな商会の従業員であるカイに丁寧に接せられると、身の置き所がなくなる。
「しかし、ああいう輩が増えてきたなぁ」
「ええ。しかし、サラナ様が考案なさったインクと紋章、製造管理番号のお陰で、ああいった言いがかりは撃退出来ますから」
カイが持ち上げたサンプルの品質管理保証書がひらりと翻る。ドヤール家の特有魔力が光を反射し、美しい残像が見えた。
「面白れぇ事考えるよ。この製造管理番号も、よく考えられているよなぁ」
「ええ。お陰で各工房の販売数や故障率も把握しやすいので、工房に良い意味で緊張感を持っていただけます」
カイは魔道具に記された製造管理番号を指でなぞり、微笑んだ。製造管理番号によって整理された情報は、アルト商会と契約する全ての工房に共有されている。例えば魔道具の故障しやすい箇所や摩耗の激しい部分などの情報は、一つの製品を通じて報告されれば、それに関連する全ての工房に知らされるのだ。そのために、製品に関するご要望は、全てアルト商会が窓口となっていた。
サラナ曰く、苦情や要望の窓口を一つにする事で、全ての情報を一元管理し、何か起これば全ての工房にそのリスクが共有出来る。これが、魔道具の品質保持に繋がるのだとか。もしも各工房で苦情など受け付けるようになれば、特に故障などの情報は秘匿されかねない。工房の職人というのはプライドが高く、不良品など、工房の恥だと思ってしまうのだ。
だが、窓口を一つにする事で、一つの工房のミスではなく、全工房に起こりうる問題だと提示すれば、職人達は真摯にそれに向き合う。彼らは、品質改良や不良品に関する意欲も、並外れて強いものだ。月に一度、アルト商会と工房の代表者で品質管理のための会合を設けているが、事例と共に問題点を伝えれば、彼らは活発にその改善点などを話し合い、より良いものを作り出そうとする。会合の場で、職人としての彼らの腕を信じ、プライドを傷つけぬように誘導するサラナの手腕は、いつ見ても惚れ惚れするものだった。
「ふっふっふ。そのおかげで、分家で燻っていた俺たちは仕事を得る事が出来たのだから、有難い事だ」
ブレッドは可笑しそうに魔力を揺らめかせた。
彼の様に、分家の次男、三男というのは、基本、後継ぎである長男に比べ、将来に不安を持つものが多い。長男に何かあれば、その代りに家を継ぐ事も出来るが、そんな事は滅多にない。娘ならば、他家との縁繋ぎに嫁入りも出来るが、男なら婿入り先を探すか、実家の仕事を手伝うか、または武功などを立てて自分で爵位を勝ち取るか。それぐらいしか、貴族として残る道はないのである。
幸いブレッドには、頑丈な身体と剣の腕と魔力があるので、一兵士としても十分働ける。だが、強者の集まりであるドヤール領では、突出して強いわけでもない。先の辺境伯の様に武功で爵位をもらえるかと言えば、そう甘いものでもないだろう。
そこに、このアルト商会からの仕事だ。急速に取扱いが増えた魔道具の品質管理保証書の作成をするために、初めはサラナ自身がインクへ魔力を付与していたが、普通の令嬢並みの魔力量しか持っていないため、早々に倒れてしまったのだ。そこで、サラナを可愛がる先の辺境伯が、暇な分家の次男、三男たちを招集し、インクへの魔力付与を命じたのだ。
その時初めてサラナとも対面したのだが、彼女はドヤール家の伝説である前当主の寵愛を一身に受ける孫娘だというのに、終始控えめで、分家の末席であるブレッドに対しても、自分の魔力が少ないために迷惑をかけて申し訳ないと、しきりに謝っていた。
ブレッドの様な分家の者にしてみれば、今回の命令を受ける事で本家の覚えも良くなるので実家での立場も見直され、その上、命の危険が少ない割のいい仕事を紹介してもらい、逆に感謝しているぐらいだ。
しかも、忙しくなったサラナのために、前当主から直々に、ブレッドを含めた数人の腕の立つ分家の者が、交代でサラナの護衛をするよう言い渡されたのだ。更なる実入りのいい仕事も貰え、良い事ずくめである。
しかも分家の間では密かに噂が流れていた。前当主は、サラナの結婚相手を分家の信頼出来る者から選ぼうかと考えているとかいないとか。可愛い孫娘を手元から出さなくて済むよう、サラナに婿を取り、ラカロ男爵を継がせようとしているとか。数々の魔道具や、商品を開発し、いくつもの事業を起こしてドヤール家に恵みを齎す才女。
性格は穏やかで控えめで優しく、しかし必要のある時はズパッと言える芯の強い女性。まだ成人前だが、容姿も可愛らしく、かと思えばどこか成熟した女性を思わせる色香がある。子どもが出来ないなどと噂もあるが、そんな事は養子を取ればなんの問題にすらならない。
だからブレッドは張り切っていた。与えられた仕事をこなし、護衛として接する時間が増えれば、もしかしてと。将来的な利点抜きにしても、サラナには感謝していたし、尊敬出来る人だと思っているが、万が一にもドヤールの宝を手に入れるチャンスがあるかもしれないのだ。それはもう、真摯にひたむきに頑張ろうという気持ちになるのだ。
「あーあ。先代様も余計な事をなさる」
静かに仕事に燃えているブレッドを横目に、カイはため息を吐いた。カイとしては出来ればサラナを娶るのはアルトであってほしい。これはカイだけでなく、アルト商会、全従業員の願いだ。
急速に成長した商会の会長として、また、貴公子然とした麗しい外見も相まって、アルトはモテまくっている。他の商会のお嬢様や下級貴族のご令嬢達から、熱烈なアプローチを受け、縁談も降るように舞い込んでいるが、本人はそんな誘いを一顧だにしない。今は仕事に集中したいなどと言い訳していたが、従業員たちは気付いている。アルトの心が誰に向いているか。というか、従業員全員が、もどかしい思いをしていた。そんな砂糖を煮込んだ様な甘い顔を向けてばかりいないで、さっさと行動を起こせと。
アルトは年の差が、とか色々考えて踏ん切りがつかず、その分拗らせていて愛は重そうだ。でもサラナなら受け入れてくれるだろう。たぶん。だから早く、告白しろ。見ていてイライラする。
従業員たちがこれほど焦るのも、無理はなかった。サラナには強力なライバルが多いのだ。ブレッドの様な分家の者たちもそうだが、優秀なルエンもそうだし。そして、たぶん一番の強敵は王弟殿下だ。モリーグ村の視察の間中、ずっとサラナを視察の案内役に引っ張り出そうと辺境伯たちに交渉していた。サラナの父、セルトが完璧に説明をしているにも関わらず、開発者であるサラナの意見も聞きたいとか、あれこれと理由を付けてだ。
しかし、かつてはキンジェ領の切れ者領主、現在はドヤール領の懐刀と言われるセルトはすごかった。笑んだまま、やんわりと要望を逸らし、巧みな話術であの王弟殿下をあしらっていた。社交が苦手だと聞いていたが、あれが苦手というレベルなのだろうか。かつての上司の鮮やかな手腕に、カイは惚れ惚れし、その交渉術を貪欲に学んだ。
多分だが、サラナの夫となる者は、サラナが心から好いた者が選ばれるのではないだろうか。サラナ自身も人を見る目は厳しいし、あの先代様の事だ。サラナが是と言わない限り、どんな圧力にも、例えば王家からの圧力だったとしても、力技で押し返してしまうだろう。つまり、サラナの心を射止める者が、宝を手にする事が出来るのだろう。
カイは密かに決意した。サラナの好みの男に、アルトを仕立て上げようと。それが、アルト商会を更に発展させる事になる。あんな得難い宝を手中に出来れば、アルト商会は安泰どころの話じゃない。ユルク王国一の、いや、他国にも名を轟かす、大商会になれる。アルトの恋も成就し、焦れったい思いをしている商会員も喜ぶ。良い事づくめではないか。
幸いにも、協力者は多い。サラナをドヤールから出したくないと考える職人達、文官、モリーグ村の者たち。皆、サラナに近い場所にいるのだ。遠くにいて、たまにしか会えない、いけ好かない王弟になどに、負ける筈がない。
「会長、死ぬ気で頑張ってもらいますよ」
目を細め、あれこれと策を考えるカイ。その表情は、獲物を狙う捕食者の様だ。
その頃のアルトは、ぞくりとした寒気を感じていたが、理由が分からずに首を傾げていた。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。




