25 港町シャンジャ
お話の中段頃、お母様と伯母様による『気のない殿方から贈物を頂いた時の対処法』は、シャンジャ編が終わってから、王弟殿下のお話の中に出てくる予定です。楽しみにお待ち下さい。
初めて港町シャンジャに参りました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
港町ですわよ、港町。港町といえば、新鮮な魚介類!私が前世、死の直前に食べ損ねた海の幸達!お待たせしました!
るんっるんで港町シャンジャに来た私ですが、来訪目的は勿論お仕事。という事になっています。建前は。
誕生会以降、塞ぎ込みがちな私を心配したお祖父様が、気晴らしに連れて来て下さったのだ。あれこれと、色々考えこんでは、ため息を吐いてしまう私。自分でも意外だったけど、繊細だわ。
前世の色々な事とか、生まれ変わっても根強く残るコンプレックスとか考えると、つい、ね。三つ子の魂百までって言うけど、生まれ変わっても変わらないのを目の当たりにすると、落ち込むわよね。
そんな私を、大人の包容力で包みまくってくれるお祖父様が、港町シャンジャの視察という建前で私を連れ出してくれたのだ。王宮に毎年恒例の報告物がたんまりあって、お出掛したいなんて冗談でも言えない伯父様は、涙目で見送ってくださったわ。
お父様には「お前はそのままでも可愛くて魅力的なレディだよ。ゆっくり気晴らししておいで」と、額に口付けて送り出して貰えました。こちらも大人の魅力と包容力で溢れかえっておりますわ。お父様、ダンディ。
余談ですけど。
伯母様とお母様が、王弟殿下から頂いたブローチを丁寧に包み直し、厳重に封をしてどこかに仕舞い込んでしまった。「使わないものが目に入ると目障りでしょう?」と、お二人とも怖ぁい顔で微笑んでいました。お祖父様から何かお聞きになったのでしょうか?こんな風に微笑んでいる時のお二人に、逆らってはいけないので、素直にお預けしました。
それにしても。王弟殿下からのプレゼント。言われるままに受け取って身に着けてしまったけど、良かったのかしら、とくよくよしていたら、お母様と伯母様にコロコロ笑われた。
「まぁサラナ。あれぐらいの装飾品で、怯んでいてはだめよ。どんなに高価なものであろうと、笑顔で受け取りなさいな。貴女は誰よりも素敵な淑女なのだから、素晴らしい装飾品を贈られるぐらい当然だと、誇りに思いなさい」
「そうよ。私たちも、若い頃は素敵な殿方から、色々と頂いたわよ。ホホホ」
まぁ、お母様と伯母様。お若い時はブイブイ言わせていたのかしら。お父様や伯父様と、未だにあんなにラブラブなのに。意外っ!
「それに、贈り物をいただいた時の対応は、あれで正解よ。あの対応で、サラナが王弟殿下に全く興味がないと、皆様、キチンと理解してくださっているわ」
「サラナを取り囲んだとかいう、ご令嬢たちは、理解されていなかったみたいだけどねぇ。婚約者もいらっしゃらないみたいだし。お可哀想に」
そう言って、お母様と伯母様はあの時、私たちがどういう風に会場の皆様に見られていたのかを、教えてくださった。
説明して頂いて、漸く安心出来た。良かった、お母様と伯母様にフォローして頂いてっ!うっかり王弟殿下と恋仲とか思われたら、嫌だもの。
それにしても、知らなかったわー。というか、殿方からの贈物なんて初めてだったから……。その対処法を知らなくても、今まで不都合はなかったのよ。悲しい。
はっ、それじゃあ、あの時、私を取り囲んでいたご令嬢たちも、私同様、殿方からの贈り物を受け取った事がないから、知らなかったって事?そして婚約者もいないという事は=『モテないのね』って、事ですか?そして、そんな風に振る舞う事は、自ら魅力がないですと、公言する様なもので……。
お可哀想にって、そういう事……。怖っ。お母様と伯母様、怖っ。社交界の闇を見たわっ。このお二人を敵に回すの、怖すぎるっ!
王弟殿下からは、過分に高価なものを頂いたので、お返しはお母様と伯母様が考えてくれるそうです。気のない殿方には、高価だけど、心に残らないお返しが良いのよぉと、笑って仰っていました。お任せしますぅ。
「お祖父様、海です!海が見えましたっ」
馬車の窓に広がる、一面の青い海。風に乗って漂う、潮の香り。まぁ!前世以来の海です、お久し振りっ!
窓から身を乗り出さんばかりにしてかぶりつく私に、お祖父様は豪快に笑われる。
「はっはっはっ!サラナは海は初めてか。こうしていると、年相応だな!」
「シャンジャの魚介類の水揚げは、ユルク王国一だとか!メイヤールー王国との取引も盛んですわよね?まあぁ、メイヤールー王国特産のヤックは今が旬のはず!シャンジャで手に入るかしら?」
「……うむ。いつものサラナだな」
お祖父様を質問攻めにしている間に、馬車はシャンジャの代官邸についた。前領主たるお祖父様が、街中の宿屋に泊まるはずもなく。シャンジャに滞在する時は、いつも代官邸にお泊まりになるのだとか。
「世話になるぞ、ドレリック」
「もう少し頻繁にいらしてくださいませ、バッシュ様。領主を引退したら、釣り三昧だと仰っていらしたではありませんか」
「フッ。魔物狩り三昧よ」
「はぁー。血生臭い隠居生活ですねぇ」
お祖父様と気安い会話を交わすのは、前代官のドレリック・ボート様。港町シャンジャで代官を務める、ボート子爵家の前当主様だ。お祖父様とは学園で共に学ばれた、ご友人でもあるのだとか。
「ようこそ、サラナ様。いやぁ、カーナ様がお生まれになった時も思いましたが、バッシュ様の血を引いているとは思えない程、可憐で麗しいお嬢様ですなぁ。熊の様なバッシュ様に似なくて良かった」
本当に、気安い関係でいらっしゃるのね。お祖父様の事をこんなに雑に扱う方は今までいらっしゃらなかったから、聞いていてドキドキするわぁ。
「ドレリック。サラナは魚介を生で食べる事に興味津々なのだ。用意してくれんか?」
お祖父様の言葉に、ドレリック様は目を瞬かせた。
「は?魚介を生でですか?いやぁ、しかしあれは、食べ慣れぬと中々、お辛いですよ?新鮮な物は生臭さも抑えられておりますが、全くないわけでは……」
ドレリック様が心配そうに私を見つめる。そうですわね、慣れない方は、お嫌いかもしれませんわね。
「興味がありますの。調理の仕方も、是非見学させてくださいっ!」
「えっ?調理の仕方と仰ると、厨房へ入られるのですか?」
驚くドレリック様。それはそうですよね。一般的に、貴族は自宅でも厨房には入りませんから。私はドヤール邸の厨房には入り浸りでしたけど。料理長とも仲良しだ。
「フッ。サラナは料理に造詣が深い。構わないから、見学させてやってくれ」
私に激甘のお祖父様の後押しで、厨房への入室許可をゲットした。イェイ。
「今日はお疲れでございましょうから、市場には明日、ご案内しましょう」
お夕食には、お魚も準備してあるとの、ドレリック様からのお申し出に、私の気分は上昇する。ふふふ、久しぶりの海の幸ぃ。
「それでは、早速着替えて参りますわ!それから厨房にっ!」
「サラナや。まだ昼過ぎだよ。旅装を解いたらワシと共にお茶を楽しもうではないか」
お祖父様のキュルルン子犬顔に弱い私。
そうですわね。他人様のお宅を訪ねて、いきなりさぁ厨房へ!はおかしいですわね。ドレリック様もポカンとしていらっしゃるわ。
「そうですわね。つい楽しくて興奮してしまいましたわ。お恥ずかしいわ」
冷静さを取り戻し、おすまし顔をする私に、ドレリック様は大笑いなさった。
「はっはっはっ!外見は似ていらっしゃらないが、中身はバッシュ様と同じく行動派でいらっしゃるんですねぇ!」
「何を言うんだ、ドレリック」
お祖父様はにやりと笑う。
「サラナはワシなんぞより活発だぞ?お前も覚悟しておくんだな?」
お祖父様の言葉に、ドレリック様は首を傾げてしまった。
◇◇◇
「本日のメニューは海鮮尽くしですわ!」
他人様のお宅だと言うのに、我が物顔で料理の説明をする私。慣れているお祖父様は特に驚きもなく頷いているが、ドレリック様はポカン顔です。
本日はドレリック様の奥様、息子さん、義娘さんは、奥様のご実家を訪ねていてお留守。私達の訪問が急遽決まったので、奥様方の帰還が間に合わなかったのだとか。大変失礼致しました。なので、夕食はドレリック様とお祖父様との私の三人で頂きます。
「まずは前菜。白身魚のカルパッチョです」
アフタヌーンティーを優雅に頂いた後、厨房に突撃した私は、そこにあった新鮮ピチピチの魚介達を見て、テンション爆上がりでした。美味しそうな子たちが食べて!と言ってるわ!
無理を言って包丁をお借りした私は、ドレリック様や料理長さん、お祖父様がハラハラと見守る中、サッサと魚をおろし、下準備をしていく。途中で大丈夫と判断したお祖父様は、ドレリック様と一緒に、夕食のワインを選びに出て行った。お食事に合うワインを、さり気無くお勧めしておきました。私も早く成人して飲みたいわぁ。
取り残された料理長さんは青ざめた顔で私を見守っていたけど、次第にその視線は真剣なものになっていった。他の料理人さんたちにも取り囲まれ、時折質問を受けながら、調理を進めていった。
前世、お一人様で時間もお金もあった私は、お値段高めのお肉やお魚を買って、フルコース料理を作ったものだったわ。お金を惜しまない料理って、掛けたお金を後悔しないぐらい美味しいのよ。
「お?前に食べた時より、臭みが気にならんな。美味い!」
お祖父様がパクパク召し上がるのを見て、ドレリック様も一口パクリ。そして目を見開いた。
「美味しいっ!これは!な、何か特別な調味料を使われているのですか?」
「いいえ?オイルと塩とリーモンの汁だけですわ」
カルパッチョの定番の作り方です。この世界ではレモンはリーモンというのよね。
「ふむ、リーモンか。酸っぱいだけの実だと思っていたがなぁ」
「お水に入れても美味しいですし、ほら。お祖父様のお気に入りジュースにも入っていますわよ?」
「そうなのか?そういえば甘いだけではなく、サッパリとした味わいでもあるなぁ」
お祖父様がお好きなジュースは、前世で言うところのレモネードですけどね。甘すぎず、温めても美味しいと、お気に入りなのだ。
それにしても白身魚のプリプリした身が美味しいこと。お祖父様もドレリック様も瞬く間に完食した。
「次は、パスタです」
「おっ!これは斬新だな。殻がついたままとは」
ハマグリに似た貝は、パスタにしました。殻付きなのは私のこだわりです。見た目が美味しそうに見えますから。あっさりとした塩味も、お祖父様たちには好評ですわね。
それから魚貝のクリームスープ、メインのお魚のパン粉と香草焼きも大変気に入っていただけました。うふふー。
「うーん、今日もサラナの作った食事は最高だったな」
デザートに果物をいただいていると、お祖父様が満足気に仰います。お水みたいにパカパカとワイングラスを呷っていますが、全く酔う気配はなし。
「お口に合って何よりですわ」
「いや、本当に美味しかった!私どもも長年、この港町で暮らしておりますが、あれほど美味い魚料理は初めてですっ」
「はっはっはっ!そうだろう、そうだろう!ワシのサラナは天才だからな」
上機嫌なお祖父様は我が事の様に喜んでくださいます。まあ、お祖父様の孫バカは今に始まった事ではないけれど、ドレリック様のリップサービスは、流石、貴族様よね。
「いやいや。サラナ嬢。おべっかではございませんよ。是非とも香草の使い方などを、我が家の料理人に教えていただけませんか?」
「まぁ、それでしたら、既に料理長へ今日のレシピは伝えておりますわ。私の様な小娘の料理にまで興味を持ってくださるなんて、仕事熱心な方ですわね」
料理長を始めとする料理人さん達は、メモを取っていらっしゃいましたよ。最近、私の周りにはメモを取る人が増えた様な気がするわ。
「サラナの荷物は、ドレスや装飾品は最低限で、他は調味料や調理道具だからなぁ」
シャンジャを満喫するために、必要なものを持ってきただけですわよ。食いしん坊みたいに言わないで下さいな。
「まぁ。私、シャンジャでお祖父様にドレスや装飾品を買ってもらうために、わざと荷物を少なくしたのかもしれませんわよ」
揶揄うお祖父様に、意地悪してそう言うと、お祖父様は目を輝かせた。
「おっ!サラナがおねだりとは珍しい!それじゃあシャンジャの店のドレスを買い占めるか!」
「あっ、いえ!お祖父様っ!装飾品のお店より、市場に!市場に行くお約束ですぅ!」
「はっはっはっ!どちらも行けば良かろう!そうさな、サラナには今度はどんなドレスを買おうか」
「お祖父様っ!買っていただくなら、ドレスより干物がいいですっ!」
舞い上がったお祖父様は、私の話を全く聞いていない。いやーん、私の海鮮!
「あっはっはっはっはっ!バッシュ様、溺愛ですなぁ」
ドレリック様は大笑い。マズいわ、ここには散財を止めるお父様がいないぃ。
結局明日は、市場と装飾品店に行く事になりそうだわ。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。




