23 サラナちゃんお誕生会 に
取り乱して退室しましたが、何とか持ち直しました、サラナ・キンジェです。ご機嫌よう。
主役なのに退室するなんて!と何とか気合を入れ直しました。侍女さん達によってたかってお化粧直しやら髪型チェンジやらお世話され、気分も新たに再登場。してみたら、何だかパーティの様子が一変していました。おや?
お父様やお母様に次々と招待客が話しかけ、何だか和やかな雰囲気。そして何故か、ドヤール家、ラカロ家の一員みたいな顔で招待客に対応する王弟殿下。退室していた間に、何があったのでしょうか。
「サラナ嬢……!」
私が戻ったのに気づくや否や、王弟殿下が滑る様に近づいて来て、自然とエスコート体勢に。ついつい釣られてその腕に手を重ねると、流れる様に場の中心に連れて行かれ。
「似合っている……。とても美しい」
私の胸に輝くブローチを見て、王弟殿下が笑み崩れる。まぁ。美形の無邪気な笑顔は破壊力がございますわね。眩しいわ。
「あ、ありがとうございます?そ、それにしても、王弟殿下……」
「トーリと。先程はそう、呼んでくださった」
やだわぁ。王弟殿下御一行様は、名前で呼んで欲しいブームなのかしら。エルスト様もレック様とお呼びしないと、頑としてお返事なさらないし。
「……トーリ殿下。何だか会場内の雰囲気が変わった様な?何かありまして?」
そして今更ながら、王弟殿下にエスコートされてるわ、と気づいた。怖いわぁ。王弟殿下ファンの御令嬢に刺されないかしら。御令息でも嫌だけど。さりげなくエスコートの腕を外そうとしたけれど、殿下にそっと手を押さえられ、叶わず。くぅっ。
「ふっ。ちょっと悪い虫が沢山出たのでね。ドヤール家の皆様と一緒に、牽制と撃退をしていたんだよ」
「悪い虫?会場にですか?」
まぁ。さすが緑豊かなど田舎のモリーグ村。虫とは切っても切れない関係ですけれど。屋敷内に大量発生するなんて、珍しいわ。
「まぁ。悪い虫に刺されたりしませんでしたか?お気をつけ下さいませね?」
賓客が我が家で悪い虫に刺されたなんて事になったら、大変だわ。責任問題ですよっ。
「大丈夫。目に付いたものは全て潰しておいたからね。美しいサラナ嬢には、指一本触れさせないよ」
あら良かった。全て駆除済みなのね。でもお客様にそんな事させてしまったなんて、申し訳ないわね。
「サラナ。こちらにおいで。トーリ殿下。エスコート有難う御座いました」
お父様がニコニコと笑いながら私へ手を伸ばすので、お父様の元へ行こうとしたら。
「ラカロ卿は奥方のエスコートがあるだろう。今日は及ばずながら、私がサラナ嬢のエスコートを務めよう。それとも、私では不足かな?」
ぐいっと笑顔のトーリ殿下へ引き戻されました。あらー。
「そんな。不足などと恐れ多い。しかしサラナはまだ幼く、殿下へご迷惑をお掛けするやもしれませんので」
困った笑顔を浮かべているが、いつになく圧が強いお父様。しかし殿下もニコニコと応酬する。
「サラナ嬢はデビュタントを迎える年だろう。あと一年足らずで成人される身だ。幼いなどと、あるはずない。それに。私が知る限り、最も素晴らしい淑女だ。エスコート出来るのは、至上の喜びだよ」
キュッと私の手を捕らえたまま離さない殿下。あらまー。
これは一体何が起きているのかしら。私が退席している内に、何か変わった事でもあったのかしら。
私はそっと周囲を見回す。私達のやり取りを興味深そうに見つめる皆様、の中に、あら。一部のご令嬢達が悔しそうにこちらを睨んでいます。ははぁん。
どうやら王弟殿下の登場に、色めきだったご令嬢達の猛襲があったのね。それに困った王弟殿下が、私を盾にご令嬢達を防ごうとなさっていると。あらぬ噂が立つのを恐れたお父様が、私を取り返そうとしたが、女性に囲まれては伯父様に誤解を受けると恐れた殿下が、私を返す事を拒否なさっている。
素晴らしい推理だわ、サラナ。名探偵も真っ青よ。
「まあ。光栄ですわ。よろしくお願い致します」
好きな人に誤解されるなんて嫌だものね。少しぐらいの虫避けなら、協力してあげますわよ。
そんな気持ちでニッコリ微笑んだのに、王弟殿下の顔色は優れなかった。
「快諾してもらって何だが、何か大きく誤解されている気がするのは、何故だろうか」
「何の事でしょう?」
サラナちゃんの名推理に、何か問題でもあるのだろうか。
◇◇◇
王弟殿下のエスコート付きのお誕生会は、盛り上がりつつあった。
さすが王弟殿下。貴族達への対応がスマートだわ。爵位が低い方達のお名前や家族構成も、キチンと覚えていらっしゃるし、話題も多岐に渡って楽しいわ。
これが前の婚約者だったら。話す相手の名前は覚えてないわ、話題はくっそつまんないわ、途中で他の女と消えるわ。フォローする私の身にもなれと言いたかったわ。嫌な思い出しかない。
あらこれ。比べる対象が悪すぎるわね。アレと比べる事自体、不敬な気がしてきたわ。
「サラナ嬢。少し側を離れる」
物思いに耽っていた私に、王弟殿下が小声で囁いた。
視線の先にはエルスト侯爵とレック様、それから何人かの男性が固まって話している。
「すぐに戻る。悪い虫には釘を刺しておいたから、大丈夫だと思うが……。気をつけていてくれ」
「はい……?」
あら。まだ危ない虫がいるのかしら。それならお祖父様達の元にいた方が良さそうね。
王弟殿下と離れ、お祖父様達を探していると。
さささささ、と、囲まれました。そのまま、目立たない部屋の隅に誘導されて、あら?
気付けば、怖い顔をしたご令嬢方数名に囲まれているではありませんか。まぁー、なんて見事な連携プレー。お見事。
「ちょっと、貴女。どういうおつもりなの?」
令嬢達の中でも、一際派手なご令嬢が、扇子を広げてこちらを睨みつけてくる。
あらー?この方は確か。ロギスト伯爵家のご令嬢だったわね。今回お招きした中でも、古参の伯爵家で、家格も高かったはず。
周りの令嬢を従えて、正に、筆頭の悪役令嬢という感じ。でも残念。悪役令嬢定番の金髪縦ロールじゃなくて、赤毛のまとめ髪だわ。お綺麗な方だけど、コレジャナイ感があるわねー。
「まぁ。何の事でしょう?」
私は首を傾げて訊ねる。まあ、十中八九、王弟殿下絡みですよね。
「トーリ殿下にあの様に馴れ馴れしくなさるなんて!殿下がお優しいのをいい事に、エスコートまで……!」
「えっ?王弟殿下はお優しいんですか?」
初耳!噂では、女性に1ミリも優しくないって聞いてますけど!サラナちゃん情報網が間違っていたのかしら。私とした事が、抜かったわ!
「お、お優しくは、無いけれど……」
「ですわよね?良かった。私がお聞きおよびしていたのは、王弟殿下は女性から馴々しくされるのがお嫌いだとか。そうですわよね?」
筆頭悪役令嬢が歯切れ悪く仰るのに、私は安堵した。サラナちゃん情報網に間違いは無かったわ。やれやれ。
「ですがっ!今日は貴女に優しくしているじゃありませんかっ!エスコートなんて、どの令嬢も受けた事は無いんですよっ!」
顔を紅潮させて怒る筆頭悪役令嬢。そんな事言われても。
王弟殿下……。確か17歳でしたわよね。えー。女性をエスコートした事ないのー?男性ならあるのかしら?あら?それともされる方?
……まぁ、どっちにしろ。年頃の令嬢に冷たく当たっているのには変わりはないのだけど。そこにポッと出の私がエスコートされていれば、そりゃあご令嬢方は、どうなっているのかと思いますわよね。はぁ。
さてさて。どうやって言い訳しようかしら。
こんなに可愛らしいお嬢様方を傷つけない様にするには……。あ、そうだ。
「あのぅ、皆様。それは私のせいではなくて、ある意味、皆様のせいですのよ?」
私が宥める様にそう言うと、ご令嬢方は困惑する。
「ど、どうして私達のせいになるのよっ!」
代表して皆の疑問を口にする筆頭悪役令嬢。流石、筆頭ですわね。
「いけませんわ、皆様。あの年頃の殿方の中には、恋愛に対して潔癖な方もいらっしゃるのです。恋愛などは低俗なものとして捉え、大袈裟なぐらい忌避する場合もあります」
令嬢方が目を丸くする。まあ、仕方ないわよねぇ。彼女たちも貴族令嬢とはいえまだ10代。経験値が圧倒的に少なくていらっしゃるもの。
「大体は、年齢を重ねるにつれ緩和していくものですけれど。そんな、触れたらキレそうな多感な時に、皆様方の様にお美しいご令嬢方に囲まれてしまったら、崇高な意志とは裏腹に女性に惹かれてしまう自分に戸惑って、ますます意固地になられてしまいますわ」
「ま、まぁ」
「美しいだなんて……」
「惹かれるだなんて、そんな」
戸惑いながらも、恥ずかしげに頬を染めるご令嬢方。まぁぁ。可愛らしいわぁ。
「私は、デビューもまだの子どもですし……。王弟殿下がドヤール領に視察にいらした際、光栄にも何度かお言葉を交わさせて頂きましたが、その場にはドヤール家のヒューお兄様やマーズお兄様も必ず同席していましたので、こう言っては何ですが、妹の様に思われて、慣れてしまわれたのだと思います。だから、お美しい皆様方の視線を躱す為に、敢えて私をエスコートしていらっしゃるのです。皆様、王弟殿下の為にも、今は静観なさった方が、宜しいかと。美しすぎる華は、多感な青年には刺激が強すぎますわ」
ご令嬢方にそう言って、ニッコリと微笑んでみると。
自尊心をくすぐられ、尚且つ、王弟殿下の内面を知る事が出来たと思い込んだご令嬢達は、見事に引いてくださいましたわ。一丁上がり。
◇◇◇
「見事なものだな」
筆頭悪役令嬢御一行様が会場に戻られたのを見届けていたら、頭上から声が降ってきた。
「お祖父様!」
「ご令嬢方に囲まれて、困っている様なら助けようと思っていたのだがなぁ」
ポンポンと優しく頭を撫でられた!理想の殿方からの頭ポンポン、ありがとうございます!頑張った私へのご褒美ですわね。
「まぁお祖父様。淑女の楽しいお喋りに、殿方が割って入るのは無粋ですわ。男の方には聞かせたく無い話もございますのよ?」
「先程の様にか?ふっ、随分簡単に、あしらったもんだ」
「皆様、お若くていらっしゃいますから。素敵な殿方の事になると、ついつい気持ちが逸ってしまうのですねぇ」
あれぐらいならまだ可愛いものですわよ。前世に勤めていた会社は、所謂、一流という所で。有望株男子を巡る若い女子社員の攻防は、それはもうドロドロしてて。昼ドラも真っ青だったわぁ。
今世も一応、王子の婚約者だったから、令嬢達から睨まれたり、その家族にドギツイ嫌がらせもされたけど。囲まれたりするぐらいならねぇ。あれに比べたらねぇ。
「いらぬ心配だった様だ。だが、心細ければ必ずワシを頼るのだぞ?」
「女性には女性の戦いがございますのよ。……でも、お祖父様が側に居てくださるのは、何より心強いですわ。ありがとうございます」
私はお祖父様の手を握ってニッコリ笑った。
心配性なお祖父様。大好き。
「資質でいえば、王家にも足るのだが……。いや、イカン。サラナを嫁に出すなど……。せめて近い分家筋から婿を取って、ずっと手元に置ける様に……」
お祖父様が何かブツブツ呟いていらっしゃったけど、その小さな声は、会場の喧騒に紛れて、私の耳には届かなかった。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。




