21 早いもので、もうこんな時期です
春が来て、一つ歳をとりました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
春生まれの私は、14歳になりました。おめでとう、私。前世を足したら何歳かしら、なんて考えてはいけないわね、オホホホ。
私の誕生日は、何故かドヤール家の一大イベントになっている。なんと、お客様をお迎えしての夜会形式だ。お祖父様やお父様の誕生日は、ちょっと豪華な夕食になるぐらいの、ささやかなものだったのに。私の誕生日は、屋敷中を花で飾り付け、いつもは使わない大広間にパーティー会場を作り、厨房はフル回転で料理を準備。それでは飽き足らず、パーティー会場に面した広いお庭は幻想的にライトアップ(アルト商会の新商品『魔法灯』好評発売中ですわ!)され、そこにも沢山の花、料理、お酒etc。夜のガーデンパーティも素敵ねぇ。間違いなく売れるわ、魔法灯。じゃなくて。
何故こんなに大掛かりなの?と文句を言う間も無く、朝からお母様、伯母様、侍女さん達に拉致られた私は、入浴、マッサージ、髪と肌の手入れと怒涛のスペシャルコース。豪華絢爛なドレスを着せられ、複雑な形に髪を結われ……。まぁ、どこのお姫様かってぐらい、飾り立てられましたよ。
「おぉ、サラナ!ワシの贈ったドレスがよく似合うなぁ!」
ようやく解放されて、パーティー会場とやらに向かえば、ニッコニコのお祖父様が上機嫌で出迎えてくれた。この絹やら宝石やらで彩られたドレスは、お祖父様が贈ってくれた物だ。質実剛健な家風に合わせ、派手ではない上品な仕上がり。すごくお高いと思うの。さすがお祖父様です。私の趣味にもとても合います、けどね。
「お、お祖父様。当主である伯父様ではなく、私の誕生日なのに、何故こんなに大掛かりなんですか?」
いくら孫バカのお祖父様でも、直系跡取りでもない孫娘の私に対して、お金をかけ過ぎだと思うの。このままではお客様に、お祖父様の孫バカっぷりがバレてしまうのではないのかしら。伝説の騎士なのに、孫バカ。英雄のイメージダウンよっ!
「うん?可愛い孫娘の誕生日だから、豪勢に祝うのではないか。三十を超えたオッサンの誕生日など、食卓に赤ワイン一本追加すればそれで良い」
豪快に笑うお祖父様に、当の伯父様は苦笑い。まぁ確かに、御当主とはいえ、伯父様のお年で豪華な誕生会は恥ずかしいかも。生国ではよく、何とか侯爵の誕生会とかに誘われたけどね。前世の感覚からしたら、オッサンの誕生会って、イェーイ系の社長とかぐらいしかやってなかったし。私も前世では友人と、美味しいものを食べに行くぐらいだったなぁ。年をとると、誕生日はお祝いというより、通過点になっていくのよね、物悲しいわぁ。
「まぁ、お前は今年、デビュタントを控えているだろう?その前祝いと言うヤツだ。デビュタントの時は、もっと凄いぞ。どこの娘よりも、豪華に仕立ててやるからな」
ニッコニコのお祖父様の爆弾発言。
デビュタントッ!忘れてましたっ!私、十四歳ってことは、今年、社交デビューしなくてはいけないじゃないですかっ!
貴族は十五歳で成人。その前の年に、社交デビューを迎えるのが常だ。お城で開催される、成人を祝う宴。そこに参加して、初めて貴族の一員と認められるのだけど。
どこの貴族家も、張り切って一年以上前からデビュタントを彩る準備を始める。娘が少しでも良縁を掴める様に、それはもう本腰入れて準備するのだ。その縁繋ぎも兼ねて、デビュー前の数年間は、誕生日などの祝い事は大掛かりにやるのよねー。
「お、お祖父様。私、お嫁には行きませんわ。だから、デビュタントは慎ましく質素に……」
「何を言う!可愛いサラナを飾り立てる絶好の機会ではないかっ!豪勢に行くぞ、豪勢にっ!」
力を込めて断言するお祖父様に、ウンウンと力強く頷く伯父様。
「で、でもお祖父様。そんな事をしたら、万が一お断り出来ない様な縁談が来てしまうかも……」
自惚れているわけではないですよ。ドヤール家は有力な辺境伯家。最近は領地経営にも力を入れて、色々注目を浴びちゃっているから、縁を結びたい貴族家は多いでしょう。その手段として、縁談は最も手っ取り早いのだ。デビュタントで私が目立ったせいで『息子がお嬢さんに一目惚れしてー』なんて口実使われたら、断りにくいじゃない。
「はっ!サラナに群がる害虫どもは、ワシが切り捨ててやるわ!」
やめて下さいっ!なんですか、その、撒き餌をしておいて、寄ってきた魚を蹴散らすみたいなやり方。最初から地味に目立たなくしていればイイじゃない。
「ふふふ。サラナを奪おうなどと身の程知らずが。その愚かさを、全身に刻んでやりましょう」
伯父様まで、魔王みたいなセリフ、吐かないで下さい。
「バッシュ様、ジーク様。サラナが怖がっていますよ」
お父様の声に、私は咄嗟に表情を繕う。怯えた様に見えるかしら。
「な、何っ?」
「サラナ?」
お祖父様と伯父様が慌てて剣呑な笑いを引っ込め、私を恐る恐る覗き込む。
「お祖父様、伯父様。乱暴な事は、なさらないで……」
くすん、と泣き真似をすれば、お祖父様と伯父様が大慌てで、冗談だよと、言い訳をしています。いえいえ、貴方達、本気だったでしょ?
呆れたが、お祖父様と伯父様の必死な様子が面白くて、笑ってしまった。あからさまに、ホッとするお祖父様と伯父様。
お父様は私の泣き真似なんてお見通しである。お父様は、普段から私をお祖父様と伯父様の抑止力として、上手に利用されているのだ。策士だからね。
「私は、デビュタントでお祖父様や伯父様やお父様と踊れたら、それで満足ですわ。どうか、目立つ様な事は、おやめ下さいな」
ドレスや宝石にお金を掛けるより、事業投資をしましょうよ、そうしましょう。
ニコニコとアレもやりたいなー、コレもやりたいなーと脳内でお金勘定をしていたら、お父様が苦笑された。
「いけないよ、サラナ。そのような、目先の事ばかりに囚われていては」
お父様の穏やかな声に、背筋が伸びる。この声は、教育的指導仕様だわ。それにしても、はて?目先の事とは?
「いいかい?いくらドヤール家の事業としていても、目端の利く者には、君が数々の事業に関わっている事はお見通しだ。下手に隠しても、どうせ公になるだろうから、私達も真の権利者を偽装まではしていないからね」
サラリとお父様は仰るけど、偽装しようと思えば出来るんですね。初耳です。でも、商業ギルドへの偽りの報告は、処罰よりも信頼が地に落ちるという、ある意味、商人的には致命的な罰が下るので、やりたくは無いわね。商売に信用、信頼は第一よ。
「そこでだ、サラナ。そんなお前が、装飾品に拘らず、髪を振り乱して事業ばかりにかまけていたら、どう思われる?商人にとっては信頼が第一だが、貴族として、余裕のなさは致命的だ。我らが侮られ、他から蹴落とされれば、領地や民を守るどころではない」
うぅ。ど正論です。王子の婚約者をやっている時は、どんなに辛くても、内情が苦しくても、余裕をかました笑顔で乗り切ってきたのだもの。商売をするにしても、貴族という身分は忘れてはいけないのだ。
「はい……。申し訳ありません。私が浅はかでしたわ」
心の底から反省し、項垂れていると、お父様がクスリと笑われた。
「というのは建前でね。私も、ただ、サラナを着飾りたいんだよ。私の可愛い娘の、大事な晴れ舞台だからね。あぁ、サラナ。なんて美しいんだ。私の娘は、まるで地上に舞い降りた天の遣いの様だ」
お父様は私の手を取って、恭しく口付けた。
「小さな私の宝物。君が生まれた事は、私の人生で一番の喜びだ」
「お父様……」
いつもは物静かで控えめなお父様が、溢れんばかりの笑顔を浮かべている。私は胸が熱くなって、目が潤むのを感じた。
「私も。お父様の娘で、本当に幸せです」
嬉しくて誇らしくて、お父様にそっと抱きつく。大きくて温かくて。いつだって私を信じて、一番の味方になってくれる人だ。
「私。お父様のお嫁さんになりたいわ」
私が9割本気でそう言うと、お父様は声を上げて笑われた。
「君もいつか出会うよ。私などよりも、命をかけても惜しくないぐらい、愛しい存在にね。それまでは、私の可愛いサラナでいておくれ」
ギュッと抱きしめ返され、頭を撫でられる。んもう。お母様が羨ましいわ。こんなに素敵な旦那様がいて。
「……サラナや。ワシの事も忘れんでくれ」
お祖父様がしょぼんとした顔で手を広げる。その後ろに、伯父様がお行儀よく並んでいた。
「お祖父様も伯父様も、大好きですわ」
クスクス笑ってお祖父様と伯父様と抱擁を交わす。素敵な家族に囲まれた誕生会。そう思う事にして、規模が大き過ぎる事からは、意識を逸らす事にした。久しぶりの社交になりそうだけど、仕方ないわ。面倒だけどね。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。




