20 王弟殿下からのお手紙についての考察
前話の辺境伯の爵位について、物議を醸してしまいました。それほど厳密な時代考証はしてません、すいません。単純に、伯爵位では一番上、侯爵位よりは下ぐらいの設定です。お気軽な気持ちでお読みくださいませ。
色々教えていただき、ありがとうございます。
王弟殿下から、お手紙を頂きました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
本当に送ってきましたわ、お手紙。王都に向かって発たれたのは、つい数日前の事ではなかったのかしら。手紙は伯父様と私宛ての二通。あら?どうして私宛てがあるのかしら。
しかも内容は、ドヤール領からの帰路にあった出来事、王都へ戻ってからの日常、もうすぐ星降り祭が行われる事、ドヤール領を離れて寂しい等々。
王弟殿下は文章がお上手だわ。とても楽しく読ませていただきました。
のは、いいんですけど。
どうして私に、こんな、ややポエマーなお手紙をくださったのかしら。
失礼だったけど、伯父様宛てのお手紙をチラリと見せていただいたら、型通りの礼状だったわよ。それと、事業に関する質問事項がビッチリ。伯父様は泣きそうな顔をなさっていたわ。
もしかしたら、中身を入れ間違えたのかも!
でも宛先は親愛なるサラナ嬢へ、となっているわねぇ。宛名だけ間違えたのかしら?
伯父様にそれとなく聞いてみたけれど、間違いではないと断言されたわ。伯父様宛ての手紙に、あんなポエマーな事を書かれても困ると。そうねぇ。内容は、どちらかというと女性向けかしら?男性がもらっても困惑するわよね。
あら。でも。
王弟殿下は、ほら。女性には興味がない方との噂もあるから…。やっぱりこれは伯父様宛てではないのかしら。伯父様は伯母様一筋だし、恋愛対象は女性だから望みは無いと思うけど、でも、恋は自由よね。お手紙ぐらいなら、出しても良いのではないのかしら。
もしや。
視察で訪れた先で出会った領主。周囲を取り囲む若い恋人とは違う、年上の大人の魅力に、ふと気づいてしまった恋心。
叶わぬ想いと分かっていても止められず、かと言って直接、伯父様宛にするのは憚られて、私宛てのお手紙になったのかしら?なんて高等なテクニック。危うく、額面通りに受け取るところだったわ!こんなにも伯父様を想っていらっしゃるなんて…。
「サラナ。その妄想は不敬に当たるから控えなさい」
「まぁ、申し訳ございません、伯父様。そうですわよね、無粋ですわね」
こういうデリケートな事は、そっと温かな目で見守るのが良いと聞くわ。王弟殿下の想いがいつか良い思い出に変わるまで、気づかぬ振りをしなくては。
伯父様が何か言いたげな顔をしているが、私は分かっていると大きく頷く。更に困惑した顔になったけど、何故かしら。
しかし、お手紙を頂いたら、返事を書かないなんて失礼に当たる。仮の宛先である私は、どんなお返事を返せば良いのかしら?
「サラナは、王弟殿下をどう思っているの?」
どうしたら良いか思いつかずにお母様に相談すると、お母様に真剣な顔で聞かれた。
「どう?とは?ええっと。そうですねぇ…」
どう思っているか。ズバリ、面倒な客だった。以上。
「高貴なお方で、雲の上の存在ですわ」
淑女的表現に変換して答えると、お母様は柔らかに微笑んだ。
「それなら、難しく考えず、無難に返せばイイわ。ちょうど、エルスト侯爵様がいらっしゃったので、そのご報告を兼ねたもので宜しいのではないかしら?また一つ、事業が出来たのですから」
「あぁ、成る程。そうしますわ!」
王弟殿下のお手紙内容は想い人である伯父様に伝えてあるので、私は私で業務連絡をお返ししていればいいのね。叶わぬ恋の手紙へのお返しが業務連絡。高等テクニックだわ。さすがお母様。
「サラナからの恋の相談は…。まだ先の様ねぇ。まあ、アレに焦がれるほど、趣味は悪くないはずだものねぇ」
王弟殿下へのお返事に没頭していた私に、お母様がため息をついて呟いた言葉は、聞こえなかった。
◇◇◇
「おい、どうしたんだ、トーリ様は」
珍しくボンヤリと心ここに在らずな主人の姿に、バルはメッツに尋ねた。ため息をついていたと思ったら、急にニヤけたり、窓の外を眺めて切なげな顔をしたりと、先ほどから全く執務が進んでいない。
「あぁ。サラナ嬢からの手紙のせいだ」
「昨日届いたヤツか?」
主人の想い人からの手紙が届いたのは、昨日の朝の事だ。
若い女性の手紙らしい、可愛らしい便箋で、何故かほんのりとあのニージェの花の香りがした。便箋に香りをつけるなど、何とも優雅なものだと感心したのだが。
トーリ様は食い入る様にしてその手紙を読んでいた。そして読み終わるとため息を吐いてソファに沈み込んだ。
「素晴らしい手紙だっ…」
絞り出した様なその声に、実感がこもり過ぎていて興味を惹かれた。サラナ嬢宛の手紙は、側近である我らも内容の吟味から推敲を手伝わされたのだ。気にならないはずがない。
側近二人の視線に気づき、トーリ様は恥ずかし気に頬を染め、無言で手紙を差し出した。だから、その無駄に色気の溢れる顔は、男しかいない場所ではやめてほしい。
手紙を読み進めると、まずはその字の美しさに感心した。優美で柔らかな、読みやすい字だ。あの勉強会でサラサラと走り書きされる文字も美しかったが、こうして手紙として見ると、まるで美しい芸術作品の様だ。
そして、その内容は。
トーリ様からのお手紙に対するお礼から始まり、サラナ嬢らしい、こちらに変に媚びる事もなく、純粋に楽しく読んだという率直な感想。そして流れる様にエルスト領と連携して行われる事業の報告。それも単なる報告ではなく、分かり易く、読み手を飽きさせない工夫が凝らされ、大変興味深く最後まで読めた。
のだが。
「まったく、色気がない…」
ボソリと呟くバルの言葉に、メッツは慌てて彼の口を塞ぐ。
だがメッツが感じたのもバルと同じ事だった。トーリのあの溢れんばかりの好意が込められた手紙への返事が、見事な業務連絡。脈が無いにも程がある。
だが彼らの主人は、そんな事は気にならないらしい。
何度も手紙を読み返し、美しい手跡だ、内容も素晴らしいと感激に満ち溢れている。
「分かっている。この手紙に、私への好意がない事ぐらい」
胸に大事そうに手紙を抱え込み、ため息を吐くトーリは、引き攣った顔の側近達に苦笑した。
「だが。返事すら貰えないと思っていたんだ。それが、サラナ嬢らしい、欲の無い手紙を送ってくれた。彼女が、私の名を綴ってくれた。それだけで、嬉しい。こんなにも嬉しい。そして、胸が苦しい…」
想いを向けた相手に、それが伝わらない事が、こんなにも苦しい事なのだと、トーリはこれまで知る事はなかった。
恋愛事など、己の身に必要ないものだと思っていた。くだらない事だと、切り捨ててきた。いずれは結婚もせねばならないとは分かっていたが、他の政務と同じ様なものだと捉えていた。
王弟という身分であり、トーリ自身も見目も良く、女性から好意を寄せられた事も少なくない。貴族特有の思惑や、欲に駆られたものもあった。だが。
「これまで私に向けられた想いの中には、真摯なものも、有ったのかもしれないな…」
そう、思う事が出来るぐらい、サラナはトーリを変えてくれた。恋情などくだらないと切り捨てていた、ある意味子どものようなトーリを、成長させてくれたのだ。
側近であるバルやメッツも、反省していた。
彼らはこれまで、トーリの意向を尊重して、彼の周りから女性を排除していた。親達にはもっと広い視野を持て、主人の意向に只、諾々と従うだけでは側近と言えないと、散々叱責されていたが、トーリの潔癖さを盲目的に良しとしていた。
学園に通う令嬢達は、皆、トーリの王弟たる身分や見目の良さにだけに色めき立ち、彼の崇高な理想などには理解を示さなかったのだから。
だがサラナに出会ってからは、バルとメッツは如何に己の視野が狭かったかを思い知らされた。学びに対して貪欲な彼女は、様々な分野に造詣が深い。しかも、それを驕る事もなく、さらに貪欲に知識を求める。そして、惜しみなく周囲に還元している。彼女によって生み出されたものや制度は全て画期的で、今、ユルク王国中の貴族家や有力な商会などから、ドヤール領は大きな注目を集めていた。
サラナがこの様な功績を示す様になったのは、我が国へ来てからだった。調べてみたが、隣国ゴルダ王国では、第二王子の婚約者であり、完璧な淑女であるという評判しかなかった。
ユルク王国に移住するなりのこの活躍。ゴルダ王国で屈辱に塗れたサラナ嬢が、再び社交界に返り咲くために、ドヤール家が功績を捏造したのではないかと思った事もあった。
だが、サラナが作り出した物は、本物だった。全てが斬新で画期的で、そればかりか様々な問題を解決した。大雪の予測、魔石の処理、孤児院の救済。そんな偉業を、彼女はなんの気負いもなく、サラリと自然にやってのけた。トーリがサラナに惹かれるのも、無理はないと、今はバルもメッツも納得し、何とかトーリの手助けをと奮闘している。
だがしかし、彼らは一抹の不安を拭いきれなかった。
トーリは、その潔癖さ故に、女性とまともに付き合った事はない。思慮深く優秀な主人だが、恋愛は全くの初心者。サラナからの手紙に、自分の名前が綴られているだけで、胸が一杯になってしまう程の初心さだ。それに加え、トーリは生まれながらの王族で、矜持も高い。自分から折れて、サラナに愛を乞うなど、絶対にする筈がない。
トーリはまだ学生の身だが、成人しているし、なんなら、身を固めていてもおかしくない年頃なのだ。それが、この純情さと不器用さで、あのやたらと守りの固いドヤールの至宝を、射止める事が出来るのだろうか。
そして、サラナの方も……。
ドヤール領滞在時には言えなかったが、どうも、サラナは主人と側近達の関係が、特別なものであると考えている様だ。
そうとはっきりは言わないが、言葉の端々や表情で、なんとなく、我が子を見守る母親の様な、分かっていますよと言わんばかりの雰囲気があったのだ。これは、学園の一部の女生徒から向けられる視線と、そっくりだった。
不器用な恋愛初心者と、サラナの勘違い。
ここからどうやって相思相愛の仲にまで持っていけるのか。
側近になってから最大の難問だと、二人は頭を抱えるのだった。
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