19 貴族相手なら良いじゃない
美味しいお肉の話題が、なんだかしんみりしてしまいました。反省しています、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
私が話し終わった後、しばらくシーンとしていたのだけど、グスグスと鼻を啜る音が聞こえてきた。うん?
「サラナ様…。なんと素晴らしい。私は、私は、今後全ての力を、サラナ様にお尽くしすると誓いますっ!!」
ルエンさんが平伏して泣いている。あら。いつもの光景だけど、今日は激しいわ。
「サラナ様。私も、貴女の素晴らしさを再認識しました。どうか私に、貴女の為に働く栄誉を与えてください」
アルトさんが傍に膝を付き、胸に手を当て頭を下げる。
「まぁ、ルエンさん、アルトさん、どうなさったの急に?」
そんなに感動するほどのことかしら?今のは、ほら。ちょっとした昔話と、よくある貴族の心得というか。そんなに特別な事を言ったつもりはないのだけど。
涙目の二人に戸惑っていると、わしゃわしゃと頭を撫でられる。うん、これはお祖父様ですね。侍女さんたち渾身の、ゆるふわヘアセットが崩れるから、わしゃわしゃするのはやめて下さいと申し上げているのに。すぐ忘れちゃうんだから!
「サラナは素晴らしい子だと分かっていたが、ふむ。セルトの教育が良いのじゃな」
お祖父様が目を細める。褒めてくださるのは嬉しいですけど、わしゃわしゃはお止めください。
「貴族の責務か…。分かりきったつもりになっておりましたが、この歳になって、若者から教えられるとは…。お恥ずかしいですな…」
エルスト侯爵様がシュンとしちゃった!わぁ、ごめんなさい。お客様を落ち込ませてしまうなんて!やっぱり軽口で返せば良かった!
「エルスト侯爵様!お金を持っている貴族相手でしたら、問題ありませんわ!高級レストランでは、遠慮なくお代を頂きましょう!」
「サラナや、はしたないよ」
つい力をこめてそう言ったら、お父様に嗜められた。すいません。
「ハハハハッ。サラナ嬢は本当に興味深い。ますます応援したくなりますなぁ!」
エルスト侯爵の目が、再び怪しい輝きを放つ。その場の空気が緊張したものになる。
「サラナには、我がドヤール家が付いておる。貴公のお手を煩わせる事はなかろう」
お祖父様が怖い顔でエルスト侯爵様に釘を刺していますが、エルスト侯爵は簡単には引き下がらない。
「そう言わないでくれ。私はユルク王国の為を思ってだなぁ」
「サラナはワシの元を離れるのが嫌なのだ。余計な手出しは無用だ」
私はクスクス笑って、お祖父様の言葉を肯定した。
「私はこのドヤール領で、ユルク王国の為に尽力致しますわ!エルスト侯爵様とも、良き関係を結びたいものですわね」
ドヤール領の為に、ユルク王国の為に、エルスト侯爵様からのご助力を頂けるなら、全力で乗っかりましょう、ええ。是非に。
私の言葉に、エルスト侯爵様が何故か引き攣った顔をなさっていた。解せないわ。
◇◇◇
その後、モーヤーンのお肉の試食会になったのだけど。
獲れてからしばらくした後、エルスト領からドヤール領に運ばれてきたモーヤーンのお肉は、程よく熟成が進んでいて。
徹底した臭み抜きと香辛料のおかげで、それこそ高級肉の様な美味しさで。えぇ、冗談抜きで頬っぺたが落ちるかと思いました。美味っ!
エルスト侯爵様、そんなに号泣していたら、お肉の味が分からないのじゃないかしら。モーヤーン問題はエルスト領の代々の課題だとレック様が仰ってたけど、本当だったみたいね。ご苦労なさったのねぇ。
「み、みっともない所をお見せしました…。こやつの討伐には、本当に手を焼いていて。討伐後の後処理も、火魔法の使い手に手間賃を払って遺骸を焼くのみで、なんの旨味もなく。それが、我が領の長年のお荷物に、こんな価値があったのかと思うと、嬉しくて。美味しくてっ!」
そんな事を仰いながら、3枚目のステーキを平らげるエルスト侯爵。お祖父様と伯父様も、モグモグ3枚目、いえ、いつの間にか更にお代わりしてますね。
ちょっと、料理長。この人たち、何回目のお代わりかしら?孤児院や村民たちにも分けてあげる約束なのに。3歳児の大好物なのよ、このお肉。もうないですーなんて言ったら、自分で狩りに行くって言いかねないわ。独立心旺盛なのよ、あの子。
パンケーキもお代わりしていたのに。お祖父様たちのお腹はきっと、異次元に繋がっているのではないのかしら。
まぁ。エルスト侯爵がモーヤーンのお肉の美味しさを認めてくださったのは有り難いのだけど。
「少しでもお役に立てたなら、嬉しゅうございますわ」
「少しなどと。サラナ嬢は我がエルスト領の救世主です。もしもサラナ嬢に何かお困りの事があれば、このエルスト、必ずやお助けするとお約束しましょう」
あらま。なかなか、強力な権力者を味方にしちゃったわ。
武力では随一のドヤール家に、ユルク王国の知恵者のエルスト侯爵。この二家が手を結べば、ユルク王国内の勢力図が変わりかねないわ。王家とて、無視出来ない勢力になるけど……。
わぁ。ユルク王国での権力闘争なんて、全く望んでないわ。私、田舎でスローライフがしたいのよ。現状はスローとはかけ離れているけど。
「まぁ。お気持ちだけで十分ですわ。ただ、そうですわね。ドヤール領は絶えず、魔物の脅威や他国の侵略に晒される、国防の要。もちろん、ユルク王国の皆様はよくご存知でしょうけど、長く平和が続くと、我が家の国への献身が、見え辛くなる事もございます。どうかその様な事が無きよう、皆様にはご理解頂きたく存じますわ」
辺境伯家は爵位の上では然程高くないのよね。他国との関係がピリピリしていた頃は、他家の皆様も辺境伯家の有り難みを良く理解して、爵位は低くとも一目を置かれ、敬意を払ってくださるものだけど。
ユルク王国は、先王の時代から、安定した治世が続いている。国が安定しているという事は、国政も経済も豊かになるものだけど、その分、危機管理が緩むのよねぇ。争いや緊張を知らぬ世代は、今の安定が未来まで続くものと、何の根拠もなく盲目的に信じてしまいがちだが、実は危うい均衡の上に成り立っている。
お祖父様の強さは、国内だけでなく、他国にも伝わっている。いわば生きた伝説だ。ドヤール領民も、普段から魔物の討伐に携わっているため、いざという時は、武人として戦える強さを持っている。我がドヤール家は、その武力で、他国を牽制出来る存在なのだ。
そんなドヤール家を、家格が低いというだけで侮る事の愚かさは明白なのだが、今時の戦知らず、苦労知らずの若者は、ねぇ。商売していると、高位貴族の坊ちゃん達の傲慢さに、イライラさせられるのよねぇ。お客様とはいえ、腹立つわぁ。
お兄様達も、学園内で販促にご協力いただいているのだけど。高位貴族の先輩方のゴリ押しとか、我儘には困っているみたい。でもお兄様方はさすが、ドヤール家の男子。「無茶振りされた時は、目の前で片手でりんごを握りつぶすと黙ってくれるから、大丈夫」と大変イイ笑顔で仰っていましたわ。逞しいわ。りんごはちゃんと、美味しく頂いたそうです。そこは心配しておりませんわ。
だから。もしエルスト卿に何かご協力頂けるのだとしたら。
ドヤール家に何かしようとするボンボンの皆様をお見かけしたら、「お前、正気?あれ、辺境伯家だよ?権力で潰そうなんて馬鹿な事考えたら、武力でプチッとされちゃうよ?」と忠告して下さると有難いわ。
なんせ、私に火の粉が掛かろうものなら。
孫馬鹿、姪馬鹿、親バカ、妹馬鹿の家族を抑えるの、本当に大変なんだから。言っておきますが、我が家で怒らせたら一番恐ろしいのは、お祖父様ではありませんよ。女性陣ですからね。敵に回してはいけない相手というものに、私、今世で初めて遭遇しましたのよ。
エルスト侯爵は、私の言葉の意味を正確に読み取ってくださった。
「平和ボケが続いておりますからなぁ。辺境伯家の有り難みと恐ろしさを知らぬ、若い世代も増えてきているのも事実。ふぅむ、私も、気をつけておきましょう。何か面倒な事を言ってくる者がおる時は、ワシの名を出して構いませんよ」
「まぁ、心強いですわ」
私はにっこり微笑んだ。宰相閣下の名を出しても構わないだなんて。何かあった時の、強力な後ろ盾となるもの。
言質は取ったわ。もしもの時は、全力で頼らせていただきますわよ、宰相閣下。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。




