119 デビュタント⑥
長い。あと4話ぐらいでデビュタント終わりたいです。
王弟殿下の側近の皆様の撃退に成功しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
私は、何もしておりませんが。正確には、お姉様たちの華麗な牽制とお兄様たちのどストレートな攻撃の賜物です。特にお兄様たちの攻撃は威力が強すぎて、余波も酷かったです。
戦意喪失し何も言い返せなくなった側近の皆様から足早に離れながら、ダイアナお姉様はクスクスと笑う。
「余計な口出しだったかしら? アルト会長」
「いえ、大変助かりました」
笑顔でお礼を言うアルト会長に、私も続いてお姉様たちにお礼を言おうと思ったのだけど。
「うふふ。なら良かったわ。夜会の前に私たちに『サラナ様を守るのは任せて欲しい』なんて仰っていたから、裏方に徹しようと思ったのだけど。エルスト様たちが自分たちの派閥のご令嬢たちを連れていらしたから、介入させてもらったのよ」
「…………大変、助かりました」
アルト会長が狼狽えた様に顔を赤らめて、さっきより小さな声になる。
「ふふっ。ごめんなさいね、サラナには知らせるつもりはなかったのだろうけど。この子ったら鈍感だから、ちゃんと言わないとアルト会長の溢れんばかりの愛情に気付かないと思うのよ。だから色々と自覚するのに、こんなに時間が掛かってしまったのよ」
「そうねぇ。アルト会長の愛情に気付かずに、恋しさのあまり泣いて窶れてしまったもの。もうサラナのあんなに悲しそうな顔は見たくないわ」
なんて言われて、ダイアナお姉様とパールお姉様に両側から頭を撫でられました。色々と、アルト会長に知られたくない事までバラされているぅ。思い悩んでボロボロ泣いていたなんて、キャラじゃないのに。
お姉様たちに撫でられて嬉しい反面、心の中は修羅場です。でもお姉様たちが私の事を心配してくれているのは分かるので、何も言えませんよ。過保護で優しいお姉様たちが大好きなので。
あー、お姉様たちの優しさが身に染みるわーと撫でられるままに甘えていると、アルト会長に手を取られ、引き寄せられました。あら?
「今後は不安にさせない様、肝に銘じます……」
アルト会長の憮然とした声に、お姉様たちはぷっと吹き出す。
「「存外、悋気が強い」」
以前、お父様がアルト会長を評して呟いていた言葉だわ。やめて、本人を前にして声を揃えて仰らないで。
「アルト会長が頑張ってくださったお陰で、私たちも根回しが十分できたわ。もうこれで、ダンスのパートナー変更はないと思うわ」
ダイアナお姉様の言葉に、会場内を見回してみれば。夜会の招待客たちと会話に興じる伯父様たちやお父様たち、そしてお祖父様の姿ある。随分とお話が盛り上がっているのか、笑い声が聞こえます。特にお祖父様の豪快な笑い声が響いているわ。あ、笑い声に釣られて、人だかりが出来ている。
「皆様、サラナのエスコートをしてくださっているアルト会長に興味津々のご様子よ。正式なお披露目も未だなのに、お気が早いわね」
「デビュタント後には佳いご報告が出来るとご説明しているのだけど、詳細を求められてどこまでお話するか迷ってしまうわね」
ダイアナお姉様、パールお姉様が嬉し気に仰っていますけど。もしかして、ドヤール家が各所に散らばってアルト会長と私の話を広めているってことかしら。
「あらサラナ。わざと広めているわけではないわ。他のデビュタントのご令嬢もいるのに、そんな出しゃばった真似をする訳ないでしょう。ただ、聞かれた時には正直に答えているだけよ?」
そうですわよねぇ。こちらからわざわざ話題を振ってはいないけれど、話を仕向けるのは皆様、お得意ですものね。デビュタントする令嬢の今後の予定は、今日の夜会に打ってつけの話題ですし。
「これなら陛下も体調を崩される事無く、サラナのダンスのお相手を務めてくださるはずよ」
そう仰るダイアナお姉様の視線の先には、陛下ではなく、王妃様の姿があった。王妃様は招待客様たちの様子を見ている。扇子の向こう側の表情は無で、感情が全く読めませんが、お姉様たちにはお分かりになる様です。
「陛下は王弟殿下に甘くていらっしゃるけど、王妃様はきちんと線引きが出来る方で良かったわ」
にっこりと微笑むダイアナお姉様とパールお姉様。
「「だからサラナ。アルト会長とのダンスを楽しんでいらっしゃいな」」
お2人の声に、私とアルト会長はダンスホールに送り出されたのだった。
◇◇◇
「ここまでドヤール家に根回しをされては、トーリ様とサラナ嬢のダンスは認められません」
会場の様子を冷静に判断した王妃の声に、傍らにいた国王は溜息をつく。トーリはその声に、ビクリと身体を震わせた。
「……分かっておる。ドヤール家の守りは予想以上だった。私も無理を押し通すつもりはない」
国王は王妃を王族の席にエスコートすると、トーリを促し、ダンスホールへ向かった。そろそろ、二曲目のダンスの頃合いだ。二番手の令嬢たちを迎えなくてはいけない。
「トーリ、分かっているな」
「……はい」
トーリはダンスホールへ向かいながら、サラナに視線が向きそうになるのを必死でこらえていた。これからダンスをする令嬢を差し置いて、他の令嬢を見つめるような無作法はできない。
エルスト侯爵も、側近たちも、サラナとアルト会長を止める事はできなかった。そして何より、会場内の空気が、サラナとアルト会長を温かく見守る雰囲気になっている。ドヤール家が方々でサラナとアルトの仲を喧伝していたからであろう。
このまま、サラナとアルトが踊ればその関係は決定的なものだと、社交界で認知される。そこを覆す事など、いくら王弟であるトーリでも無理だ。
「諦めろ。お前に相応しい相手は、他にもいる」
国王の言葉が、トーリの胸に突き刺さった。『他にも』だなんて。
「……兄上。それがどれほど素晴らしい淑女であろうとも。それは、サラナ嬢ではありません」
どれほど名高い淑女であろうとも、身分的にも能力的にもトーリに相応しい女性であっても、それは、サラナではないのだ。その事に、トーリはようやく気付いた。
「私は……、私に相応しい妃がサラナ嬢だと思っていました。ですが、相応しいとか、相応しくないとか、そんな事はどうでもよかった。私は……、サラナ嬢が。彼女が好きなのです」
穏やかに語る彼女が。朗らかな笑みを浮かべる彼女が。寂し気な顔の彼女が。どうしようもないぐらい好きなのだ。妃に相応しいから妻に迎えたいだなんて、自分の心を素直に認められないトーリの強がりでしかなかったのだ。
ようやく気付いた自分の気持ちに声を震わせるトーリに、国王は思わず溜息を吐きそうになった。我が弟ながら、余りに鈍感すぎる。
「……お前という奴は、どうしてこんな土壇場で気付くんだ、愚か者!」
いっそ最後まで己の気持ちに気づかずにいれば、さっさとサラナを吹っ切れることも出来たであろうに。
小声でトーリを叱咤するものの、弟は迷子になった様な心細げな顔をしていて、国王には突き放すことが出来なかった。弟とは年も離れていて、両親が亡きあとは親代わりに面倒をみてきたのだ。兄と弟というよりは父親と息子のような関係に近い。
「お前……。後で妃からの説教は一緒に受けて貰うからな。本気で怒った彼女は怖い。覚悟しておけよ」
盛大な溜息を吐いて、国王は足を止めて給仕をしていた侍女に合図する。自然な様子で侍女からワイングラスを受け取り、一口飲んで喉を潤したと思ったら、そのグラスが国王の手を滑り落ちた。床の絨毯でグラスが割れる事は免れたが、国王の白を基調をした豪奢な服に赤いワインのシミは大層目立った。
「おっと、手が滑ってしまった。これは着替えが必要だ。済まぬな、一度、中座する」
ダンスの順番を待つ令嬢たちに国王が目線で詫びると、令嬢たちは驚きながらも、優雅に礼で返す。侍従や侍女たちが手早くワイングラスを片付け床を拭き、国王の衣装以外は何事も無かった様に素早く整えた。
「トーリ。猶予は着替えの時間だけだ。無駄にするな」
手短に伝え、国王は退室するために背を向けた。王族席から冷ややかな怒りを向けてくる王妃には極力意識を向けないようにしながら、足早に会場を出る。
トーリは珍しい兄の失態に戸惑っていたが、その言葉にハッと気づいた。
主催である国王が退席している間、ダンスは中断する。もちろん、二曲目のダンスを踊ろうとしていた他の客たちも待たされることになる。
トーリがサラナの方へ目をやると、すでにトーリの側近たちがサラナに近づき、バルコニーへ誘導していた。必死な顔で頼み込む側近たちに、サラナは断れずにいるようだ。ついて行こうとするアルト会長を、エルストが必死で止めているのも見えた。
最後の機会だと、トーリは悟った。国王が王妃やドヤール家の怒りを買う覚悟でくれた、最後の機会だ。
サラナには、受け入れてもらえないかもしれない。
それでも、ようやく気付いた自分の気持ちを、嘘偽りなく伝えよう。
そう決意して、トーリは何気ない様子を装って、バルコニーへ向かった。
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