118 デビュタント⑤
第二の刺客撃沈。ただし、味方にも相当の被害があった模様です。
奥様達の序列はどうなっているのか、大変気になります。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
王弟殿下の側近の皆様。溺愛ランキングに変動があるのか、報告を求めたい今日この頃です。ドヤール家の洞察力がありすぎる侍女さんたちによると、1位エルスト様、2位バル様、3位メッツ様が固いとの予想。エルスト様の慢心による凋落、愛に疲れて身を引くバル様、メッツ様の下剋上による成り上がりなどと、皆様、色々妄想を滾らせてキャッキャと楽しんでいらしゃいます。結構楽しいです。
「サラナ嬢。今日は私たちの親族を紹介したいのだ。君は学園に通う予定が無いと言っていただろう? だが同じ年頃の令嬢と知己があった方が、今後のためにもいいだろう。私たちの親族だから遠慮することはない。困ったことがあれば頼るといい」
エルスト様たちが連れてきたのは、エルスト様の従姉妹さん、メッツ様の姉の夫の妹さん、バル様の従兄弟の娘さん。うんまぁ、確かに年頃は同じだけど、ドレスや装飾品をみるからに、皆様、伯爵家以上の方たちとお見受けします。ほほほ、無理ー。
ご令嬢たちもの視線も『なぜ関係のない子爵家の令嬢の世話をしなければいけないの?』と言いたげです。ですよねー。
「まぁ、エルスト様。私が田舎者だと揶揄うのはおやめくださいな」
控えめに微笑めば、エルスト様だけでなくメッツ様やバル様まできょとんとした顔をしている。
いや、お前たち、本気か。本気で彼女たちと私がルンルン仲良しになれると思っていたのか。学園に通っているくせに、なぜ貴族の常識を分かっていないんだ。
あー、女嫌いだがら女子の付き合い方、知らないのかぁ。力加減だけでなく、こんなところにまで弊害があったわ。
どう説明したものかと悩んでいたら、令嬢たちの1人が話しかけてきた。
「お前、アルト商会の者なの?」
エルスト様の従姉妹さんが、ジッとアルト会長を見て声を掛ける。私の事は無視する事に決めたようです。なるほど。
「あ、ああ、彼はアルト商会の会長だよ。そんなことより、サラナ嬢に……」
エルスト様が雑にアルト会長を紹介する。『そんなことより』になんだかカチンときた私が口を開く前に、従姉妹さんがアルト会長に詰め寄った。
「まあ! 滅多に社交の場に出ない、アルト商会の会長ですって? レックお兄様に『子爵家の者と交流を持て』なんて面倒な事を頼まれて憂鬱だったけど、アルト商会に伝手ができるなら構わないわよ! お前、先ほど、下位貴族の令嬢に『紹介カード』を渡していたわね! 私も貰ってあげるわ! さっさと寄越しなさい」
うわー。この子本当に高位貴族の令嬢なのかしら。いくら私やアルト会長の身分が下だからといって、そんな明け透けな物言いをするなんて。見た目は成人しているみたいだけど、幼い子どもみたいな言動だわ。
「おい、いきなり何を言い出すんだ! サラナ嬢に失礼だろう」
エルスト様が怒るけど、違う、謝るべきは私よりアルト会長によ。エルスト様、従姉妹の令嬢に文句言えないわよ。貴方の態度も十分失礼ですからね。
だけどそんな無礼な2人にアルト会長は、気分を害した様子もなく穏やかな笑みを浮かべる。
「申し訳ありませんが、本日は仕事ではなく私的な参加でごいますので、『紹介カード』を持参しておりません。残念です」
「なっ! 嘘よっ! さっき、下位貴族の子たちに渡していたじゃない!」
「ええ幸運にも、予備で持っていた分がありましたので、大事な方にお渡しできました。先ほどお渡しした分で使い切ってしまいました」
澄ました顔で嘘をつくアルト会長。もちろん、抜かりのなさではトップレベルのアルト会長が『紹介カード』を2枚だけしか持っていないはずがないわ。もし本当に持っていなくても、会場外で控えているギャレットさんが山ほど予備を持っている筈だもの。『紹介カード』と渡す価値はないと言外に言っているのだけど、気づいているかしら?
「商人のくせに、準備が悪いわね! ならば先ほど下位貴族に渡したカードを取り返してきなさい!」
あー。気づいていなかった。まあ、いつも世界は自分を中心に回っていると思っていたら、商人が自分に逆らうなんて考えもしないのだろう。
「紹介カードには大切なお客様のお名前を書かせていただいていますので。他の方にお渡しする事は出来かねます」
アルト会長の全く引かない態度に、ご令嬢はイライラを募らせていく。いや、足を踏み鳴らすなんて、淑女としてありえないですよ。昔スーパーでよく見た、お菓子を買ってもらえずに駄々をこねて床を転げまわる子どもみたいだわ。
「なんて役立たずなの! これだから下賎な商人はっ!」
なっ! アルト会長に対して、なんて失礼なことを言うの! 許せないわ!
我慢できなくて私が一歩踏み出すと、そっと腕を引かれた。いやいや。アルト会長、止めないで。ここは引けませんよ。絶対に文句いってやらなくちゃ気が済まない!
「サラナ様。ここは私どもの領分ではありませんので、お任せしましょう」
アルト会長が、小さな声で囁く。領分? お任せするって、誰に……。
「あらあら。随分と大きな声で騒いでいらっしゃるわね。ホール中に響きそうだわ」
「まあまあ、まさかこんなはしたない声、貴女じゃないわよね、サラナ?」
そんな涼やかな声と共に登場したのは。はい、ダイアナお姉様とパールお姉様ですー。ヒューお兄様とマーズお兄様にエスコートされて、輝かんばかりの笑顔で登場。う、美し過ぎて目が潰れそう。
そして先ほどのアルト会長の言葉の意味を察しました。たしかに、私たちの領分ではありませんね。
ここはお姉様たちにお任せしましょう、そうしましょう。
「ダ、ダイアナ様とパール様? まあ、本当に? どうしましょう! お声がけ頂いて光栄ですわ!」
エルスト様の従姉妹の令嬢が歓喜の声を上げる。お姉様たちより身分的には従姉妹令嬢の方が上の筈ですけど。ああ、なるほど。このご令嬢も学園に通っていらしていて、お姉様たちに憧れているんですね。お姉様たち、すっかり学園を掌握、いえ、牛耳っていらっしゃるらしいので。あら。やっぱりデビュタントで緊張しているのかしら。全く言い換えでフォロー出来ないわ。ほほほ。
「あら……。確かミーホク伯爵家のセーラ様ね。ごきげんよう」
ダイアナお姉様がチラリと従姉妹令嬢に視線を向けて。ひぃぃぃ。視線だけで凍りそう。美人の一睨み。怖ぁ。
ミーホク伯爵家のユリア様(初めて名前を知ったわ)は、そんなダイアナお姉様の氷視線にも気づかず、嬉しそうに頬を上気させている。なんて能天気なのかしら。
「それでサラナ。何かあったのかしら?」
パールお姉様に優しく促されましたが、こちらも儚げな妖精の様に可愛らしいのに、視線が冷たいですぅ。私、悪くないのに背中が冷えました。うわぁん、怖いよう。
ですが私も淑女の端くれ。お姉様たちの冷ややかな圧に気づかない振りをして、笑みを浮かべて事情を説明します。
「実は、エルスト様からそちらのご令嬢をご紹介されまして。今後、その、頼りにするといいと仰って……」
すべては述べずに言葉少なに説明して、困ったように目を伏せてみました。ええ、皆様の眼には高位貴族の無茶振りに困惑する儚げ美人な(当社比)下位貴族の令嬢に見えたでしょう。
お姉様たちの笑みが深くなる。ほほほ。でも目が笑っていないわ。怖いわ。ほほほ。
「まぁ、エルスト様。随分な仰り様ですわね」
ダイアナお姉様の冷ややかな言葉に、エルスト様がビクッと身体を揺らす。侯爵家の跡取りが、今はまだ子爵家の令嬢に過ぎないダイアナお姉様に怯えていらっしゃいます。本能的な恐怖の前に身分なんて役に立ちませんよね。分かります。
「サラナはドヤール辺境伯様の姪ですのよ。それをエルスト侯爵家の派閥内で世話をするなんて……。次期辺境伯夫人である私には、一族内の令嬢の世話が出来ないと侮っていらっしゃるのかしら?」
そう、ダイアナお姉様の仰る通りなんです。普通は派閥内の令嬢のお世話というか、何かあった時の後ろ盾というのは、その派閥内のトップの夫人又は令嬢が務めるのです。我がドヤール辺境伯家はミシェル伯母様がその役を担っていらっしゃいますが、次期辺境伯夫人であるダイアナお姉様は補佐として、また将来的に一族内を束ねる予行演習として、一族内の若い令嬢たちの纏め役を務めていらっしゃいます。
派閥も身分も越えて、学園内外のご令嬢たちに『お姉様』と慕われているダイアナお姉様ですが、その辺の線引きというものはきっちりしていらっしゃいます。以前、ミンティ男爵家のご令嬢であるフローリア様の手助けをした時も、ミンティ男爵家は正式にはランドール侯爵家の派閥に与していないと確認していらっしゃったもの。フローリア様、ランドール侯爵家のクラリス様の取り巻きではあったけど、全然守られていなかったしね。
つまりエルスト様が私をミーホク伯爵家のセーラ様に、引いてはエルスト侯爵家の派閥内で世話をさせようとしたということは、ダイアナお姉様をドヤール辺境伯家の令嬢たちの纏め役として認めていないと言っているようなものだ。『あの人には世話は無理だから、うちが面倒みるよ』と言ったも同然。ドヤール辺境伯家に喧嘩を売っているのかと思われても仕方ないのよね。
まあ、エルスト様たちの顔を見れば全くそんな事を考えていなかったみたいだけど。ミーホク伯爵家のセーラ様だけでなく、メッツ様の姉の夫の妹さんもバル様の従兄弟の娘さんも、揃って顔を青くしている。ご令嬢たちはちゃんとその辺の事情は分かっていたみたいだけど。もしかしたら、私がドヤール家の所縁の者だと知らなかったのかもしれない。自分の派閥内だけで固まっていないで、もうちょっと下位貴族の情報にも詳しくならないと、今みたいにやらかしちゃいますよ。お姉様たちは、『情報を制する者が社交界を制する』と、日々伯母様に鍛えられていらっしゃるから、国内貴族関係ぐらいは初歩的な基礎知識ですよ。
「いや、私は、そんなつもりは……」
「そ、そうだ。俺たちはサラナ嬢の為を思って」
「決して辺境伯家を軽んじたつもりではないのだ」
エルスト様、バル様、メッツ様が慌てて弁解している。まあ本人たちは本気で良かれと思って紹介してくれたのかもしれないけど、人選、もうちょっと考えて欲しいわ。下位貴族だからって見下すような人の世話になるのは嫌だわー。
「皆様が誰の為を思ってなさった事かは存じませんが。サラナは我がドヤール家の大事な一員。私どもがついていますので、余計な口出しは無用ですわ」
にこりと温度のない笑みを浮かべるダイアナお姉様。敵に回すと恐ろしいが、味方だとなんて心強いのでしょうか。はぁぁ、カッコイイ。好き。
「だ、だが! サラナ嬢に商人風情を近づけるのはどうなのだ! エスコートを親族以外の者が務める事の意味を知らぬわけではないだろう」
エルスト様がダイアナお姉様に食い下がる。それにしても、アルト会長の事をさっきから商人風情、商人風情って、いい加減、私、キレてもいいかしら。
でもダイアナお姉様はエルスト様の抗議なんて全く意に介さず、フッと鼻で嗤う。ええー。その笑い方、悪女っぽくて、カッコイイ。私も真似してみようかしら、フッて。あ、アルト会長が声も出さずに笑っている。いやー、見られた、恥ずかしい。
「勿論存じておりますわ。アルト会長にサラナをエスコートをしていただいたのは、ドヤール家の総意でしてよ」
ダイアナお姉様の堂々とした言葉に、エルスト様が呆気にとられる。だがすぐに我に返って、お姉様たちに喰って掛かった。
「何を言っているんだ。君たちはサラナ嬢の価値を分かっていないのか。彼女は稀有な才能の持ち主だ。それなのになぜ商人風情に……!」
「ドヤール家の一族の縁談に、エルスト侯爵家が横槍を入れるおつもりですか?」
「私たちは皆アルト会長はサラナに相応しい方だと認めておりますのよ。本当に、余計なお世話ですわ」
一歩も引かないエルスト様とダイアナお姉様&パールお姉様に、私はハラハラしていた。ちょっと他の方たちの注目を引きはじめているもの。しかも何故話題が私の嫁入り先のことにまで発展しているの。エルスト様に心配される謂れはないわよね、本当に余計なお世話だわー。
「おい、ダイアナに乱暴な物言いはよせ」
グイっと割って入ったのは、それまで一言もしゃべっていなかったヒューお兄様だ。マーズお兄様も、パールお姉様を庇う様にして前に出ている。
お兄様たち、格好良く助けに入った様に見えますが、先ほどまでのエルスト様やダイアナお姉様たちの会話は多分話半分しか聞いていませんでした。パーティー会場の隅の食事コーナーに目が釘付けでしたもの。お姉様たちは『仕方ないわね』とお兄様たちを愛でていらっしゃったので、私もスルーしていましたけど。
「ヒュー・ドヤール。君もサラナ嬢の相手が商人風情などと、勿体ないと思わないのか」
「あのな。商人風情、商人風情なんて失礼なことを本人の前で直接言うな。それになぁ。忠告しておくが、アルト会長はウチの親父も恐れるぐらい怖い人だ。怒らせたらマズいぞ」
「そうだよ。爺様だって『あの小僧には下手に逆らうな』って言ってたよ」
ヒューお兄様とマーズお兄様の言葉に、エルスト様は疑わしそうな顔でアルト会長を見る。
うん。穏やかに微笑んでいるアルト会長は、怖そうにみえませんよね。腕力なんて人並みぐらいしかなさそうだし。でもアルト会長は間違いなく、伯父様やお祖父様に一目を置かれている。怒らせるとウチのお父様ぐらい怖い人なので、無礼な態度は改めた方が良いと思います。もっと言ってやって、お兄様たちー!
「それになぁ……。『人の恋路を邪魔する者は竜に咥えられて飛ばされろ』という言葉を知らないのか? サラナはどう見たって、アルト会長に惚れこんでいるだろうが。アルト会長だって、サラナのためなら爺様に斬られてもいいってぐらい命がけで惚れているんだぞ。野暮なことするなよ」
ひゃっ? お兄様たち、急に何を言いだすの? 惚れこんでって、ほ、惚れ込んでなんて、いますけどぉ。何もそんな大きな声で、しかもこんな人前で仰らなくても。
チラリとアルト会長をみれば、嬉しいと恥ずかしいがない交ぜになった顔で天を仰いでいらっしゃいました。エルスト様の無礼な発言には全く動じていらっしゃらなかったのに、ヒューお兄様の一撃には耐えられなかったようです。私もです。
ダイアナお姉様とパールお姉様がにやにやしてこちらを見ているわ。もおぉぉ。笑ってないでお兄様を止めて下さいな。
「な、ほ、惚れ込んでなどと、適当なことを! お前たちに人の恋路が分かるというのか?」
エルスト様が顔を赤らめて、ヤケクソみたいに仰っていましたけど。まあ、中身が小学生みたいなお兄様たちに色恋について語られても、ピンとこないお気持ちは分かりますけど。
でもヒューお兄様はあっけらかんと言い返したのだ。
「はあ? 分かるに決まっているだろう。サラナがアルト会長と一緒に居る時は、ダイアナが俺と一緒に居る時と同じぐらい、幸せそうで安心しきった可愛い顔をしているんだぞ。お前たち、それぐらいも分からないのか?」
ヒューお兄様の言葉に、マーズお兄様が目を輝かせて頷く。
「分かるよ! 俺と一緒に居る時のパールも、同じ顔しているよ」
「お。マーズも分かるか。ダイアナ、めちゃくちゃ可愛いよな」
「うん! パール、めちゃくちゃ可愛いんだ」
きゅっとヒューお兄様がダイアナお姉様を、マーズお兄様がパールお姉様を引き寄せてデレデレと笑う。まぁ。盛大な跳弾を受けてお姉様たちのお顔が真っ赤。確かに可愛い。眼福だわ。
突然惚気られたエルスト様たちは何が起きたのかも分からず、戦意喪失しています。ぽかんと、口があいた間抜け顔。エルスト様。侯爵家の外面が繕えていませんよ。頑張って。
そういえばミーホク伯爵家のセーラ様他2名様、とばっちりを恐れたのか、いつの間にかいなくなっているわ。危険察知能力だけはいいみたい。逃げ足が速いわね。
お姉様たちが婉曲にじわじわとエルスト様たちを追い詰めていたのだけど。お兄様たちの素直で真っ直ぐな言動で、味方もろとも戦意喪失したわ。なんて恐ろしいの、お兄様たち。
私は陛下に謁見した時の事を思い出していた。
陛下は『ドヤール家の者は誰に対しても、正面からしかぶつからん。此奴等に根回しなど細かい芸当が出来るものか』と仰っていたけれど。
まさかあの時以上に『確かに!』と思う時がくるなんて、思いもしなかったわ。
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