117 デビュタント④
とりあえず第2の刺客の前振りまでいけました。長くてすみません。
人の波を華麗に避けております、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
エルスト侯爵夫妻との楽しい歓談の後、そろそろダンスフロアに移動しましょうということになり、アルト会長のエスコートで移動中です。
王都を散策した時にも思いましたが、アルト会長って人の多い場所を歩くのがお上手だわ。あの時と違って、そこかしこから色々な人がアルト会長に話しかけようとしてくるのだけど、ヒョイヒョイ躱していきます。皆さんの『あっ、話し掛けそこなった』という顔が見えたと思ったらもう通り過ぎている感じ。早歩きというより、むしろゆったりした歩調なのに不思議だわ。もちろん皆様は優雅な貴族なので、無作法に追いかけてきて呼び止めるなんてなさいませんよ。ほほほ。
けれど、全ての方を素通りする訳ではなく。アルト会長の足が自然と止まり、そこには見覚えのある令嬢たちがいた。
「あ、先ほどの……」
控室で私を心配して声を掛けて下さったカーメル子爵家のご令嬢とコックス男爵家のご令嬢を発見ー。まあ。お父様がチラリと話していた親切で優しいご令嬢たちの所に連れて来て下さったようです。さすがアルト会長、抜かりないわ。
「まぁ……! 先ほどは差し出がましい真似をしたしまして、申し訳ありません」
「私も、申し訳ありません!」
目が合った途端。2人の令嬢に謝られました。なぜ。
「まさか、ドヤール家の所縁の方とは存じ上げず……」
「私も! 何分、田舎領地でございますので、王都の噂には耳遠くて……」
ドヤール家の縁者ということで、引かれて、いや、怯えられてしまいました。しまった、言い直してもフォローになっていないわ。
王都から離れていると、情報収集がままならないのはドヤールも同じの筈なんですけど。何故かウチは王都邸の使用人たちやアルト商会王都店の従業員さんたちが、裏組織でも形成しているのかと思うぐらい色々な情報が入って来るのよねー。どうして王都にいる皆様がそんなに情報収集に長けているのかは不明。アルト会長が『必要ですから』と微笑んでいたのがちょっとだけ怖かったです。
「ドヤール家と言えば、今王都でとても勢いがあると聞いております。そんなドヤール家と縁ある方に馴れ馴れしく話しかけるなんてと、父に叱られてしまいました」
「私もです。出過ぎたことをしてはいけないと」
ちょっと離れた所で、お2人のお父様たちがハラハラとこちらを見ていますが、そんなに心配しなくても大丈夫ですよー。噛みついたりしませんから。
「まあ。私、控室で心無い中傷にとても心を痛めていましたけど、お2人に温かな言葉を掛けて頂いて、とても嬉しく思いましたのよ。そんなことおっしゃらないで」
心を込めて感謝を伝えれば、お2人の緊張した顔がホッと緩む。お2人のお父様たちもホッとしているのが見えました。
まあ、控室での中傷なんて聞き流していたので私は気にしていませんが。私はね。でも私の家族は聞き流さないと思うので、どんな報復をするのかは分かりません。なんとか穏便に済むように止めてみますが、お祖父様を筆頭に家族愛に燃える人たちの鎮火は、ちょっと難しいと思うの。
「お2人は学園に通われていらっしゃるのですか?」
「いいえ、まだ。私たちは来年から通う予定なんです」
カーメル子爵家のご令嬢がそう言うと、コックス男爵家のご令嬢がコクコクと頷く。カーメル子爵領とコックス男爵領は近くていらっしゃるので、お2人は幼い頃からの友人らしく、学園に通うのも一緒にと決められていたそうだ。いいなぁ、幼馴染。楽しそう。
「あのぅ。ラカロ様もまだ通っていらっしゃらないのなら、来年から一緒に学園に通いませんか?」
恥ずかしそうにもじもじとコックス男爵家のご令嬢に誘われ、思わずうんと頷きそうになったけれど。いけない。余りの可愛さに了承するところだったわ。
「まぁ。申し訳ありません。私、家の方針で学園に通う予定はございませんの。学園の卒業資格を取るための試験に挑戦するつもりです」
そう申し上げたら、2人の令嬢はまぁと目を瞠られる。
「ラカロ様は優秀でいらっしゃるのね! 卒業資格を取るための試験は、とても難しいと聞いていますわ」
「凄いわ。なかなか合格者が出ない試験ですのに。尊敬します!」
まだ合格したわけじゃないのでそれほど褒められることではないと思いますけど。そう言ったら、試験に挑戦するには家庭教師からの推薦が必須らしく。そういえば、以前に少しだけ授業をしていただいた先生から、『学園の卒業試験を受ける学力は十分備わっています』と言われて、推薦状を頂きました。これで不合格だったら推薦して下さった先生の顔に泥を塗ることになってしまうわ。合格できるように頑張らなくては。
「学園に通わなくても、デビュタント後は王都での社交には参加するつもりですので。お茶会などでご一緒出来たら嬉しいです」
「まあ! 是非! あの、できれば私のこと、イリスとお呼びください」
「私のことはマーヤと」
「それでは私の事はサラナとお呼びください」
これは……! この世界に来て初の同年代のお友だち! しかもお姉様たちのコネを頼ったものではなく、自力でゲットしたお友だちだわ。嬉しくなってキャッキャと楽しい女子トークを繰り広げていたら、背後からコホンと咳払いが聞こえた。
「サラナ様。私にもご友人を紹介いただいてもよろしいですか?」
「あ、はい!」
いけないわ。初のお友だちゲットに浮かれて話し込んでしまった。ううう。アルト会長。そんな初めてのお遣いを成功させた子どもを見る目は止めて下さい。確かに、お友だちができない私のことを心配していたのは知っていましたけど―。
「まぁ! サラナ様の次のダンスのお相手でいらっしゃるのかしら?」
「素敵な方ね! お似合いですわ、サラナ様!」
イリス様とマーヤ様にうっとりキラキラした目で見つめられました。私とアルト会長の雰囲気から、アルト会長が私の親族ではないと看破されたみたいです。ううう。恥ずかしい。
「アルト商会の商会長を務めます、アルト・サースと申します。今後もサラナ様と仲良くして下さるとうれしいです」
にこりと微笑むアルト会長に、イリス様とマーヤ様の目が見開く。
「「まあぁぁ! あのアルト商会の」」
お2人の目のキラキラ度が増しました。王都から遠い領地のお2人も、女子の心を鷲掴みの美容品を扱うアルト商会の事は知っていたようで。アルト会長が、『是非、我が商会にお越しください』と名刺兼紹介カードをお渡ししたところ、手を取り合って喜んでいました。
この名刺兼紹介カード。私がアルト会長に『便利だから作ってみたらいかがかしら』と助言したら、翌日には即、出来上がったのよね。アルト会長だけでなく、カイさんたちのようなアルト商会の主だった従業員は皆、作ったらしい。表は普通の名刺で裏に渡す人の名前が書けるようになっていて、この名刺兼紹介カードを持ってアルト商会に行くと、新商品の優先購入や割引が受けられるのだ。
名刺兼紹介カードは、紹介者によりランクが決まっていて、その中でも商会長であるアルト会長のカードとなると、かなりの高位貴族ぐらいしか手に入らないのだとか。
あ。2人の令嬢のお父様たちがまた青くなっている。大丈夫ですよ、アルト会長は私のお友だちだから気前良く配っているだけです。詐欺ではないのでご安心ください。
この名刺兼紹介カード。他の商会でも真似をする所が増えているらしく。商会によっては凝ったデザインのカードもあって、負けず嫌いのギャレットさんなんかは『ウチも何か特別なデザインにするべきでは?』と怒っていらっしゃいましたが、シンプルな方が分かりやすいと思いますよ。
名刺兼紹介カードを受け取って嬉しそうにニコニコとしていたお2人だったけど。私たちを見る目がキラリと輝いた。
「サース様とサラナ様はとてもお似合いだわ。先ほどから、サラナ様を守るようにエスコートなさっていて、まるで物語の騎士と姫君のようだったわ」
「サース様のサラナ様を見守る目がお優しくって! 愛されていらっしゃるのね。サラナ様!」
……お友だちの無邪気な攻撃が容赦なく私の羞恥心を刺激する。悪意がない分、純粋な攻撃力が高いわ。私、生還できる気が全くしません。
「うふふふ。だから、サラナ様のダンスのお相手は国王陛下なのね」
「こんなに素敵な方と踊られるのだもの、当然だわ」
イリス様、マーヤ様。コソコソお話しているようで全く内緒話になっていません。丸聞こえですよ。
アルト会長、嬉しそうに頷かないで。お2人にこれ以上ガソリンを注いではダメよ。収拾がつかなくなるわ。
「まぁぁ。サラナ様が真っ赤になって照れていらっしゃるわ。お可愛らしい」
「相思相愛って良いわね。憧れちゃう」
もはや最初の遠慮がちなお2人はどこに行ったのか。私を揶揄って、物凄く楽しそうにクスクスしていらっしゃいます。ううう。なんだかこの2人に勝てる気がしないわ。こういう勘は往々にして外した事がないのよね、私。思えば前世の悪友たちも容赦はなかった。元気かしら、私に『ダメ男収集家』なんてあだ名を付けた悪友たち。今度はダメ男じゃないもーん。
「イリス様とマーヤ様は、王弟殿下と踊られるのですよね?」
話題を逸らすために、お2人の事について聞いてみる。確か、王家から届いていたダンスのリストで、イリス様もマーヤ様も王弟殿下と踊られる予定だった筈だわ。4番目と5番目でしたよね?
婚約者のいないご令嬢たちの大半が、王弟殿下をダンスのお相手に希望したって聞いていたから、お2人にはまだ婚約者がいらっしゃらないのかしら。
「そうなの! 私たちみたいな下位貴族の者が、王弟殿下のお目に止まるはずはないけど! 折角の記念ですもの。1曲の間だけでも、あの麗しの御尊顔を間近に見て踊りたかったの!」
「王弟殿下の婚約者候補の本命はスタンド侯爵家のイザベル様だって分かっているけど、折角の記念ですものね! それにしても、イザベル様と王弟殿下のダンス、素敵だったわぁ」
おお。女子に塩対応な王弟殿下、未だに人気が高いわぁ。まあ、顔は良いですもんね、顔は。
でも腕を破壊されるかもしれないから、踊る時は気を付けてねー。なんて、助言はさすがにできませんが。
それにしても、あの意地悪そうなスタンド侯爵家のご令嬢、王弟殿下の婚約者候補なんだ。以前はランドール侯爵家のクラリス様が最有力候補だったらしいけど、ミンティ男爵家のフローリア様に対する嫌がらせが明るみに出て、すっかり大人しくなってしまったらしいのよね。クラリス様の評判が悪すぎるから、王弟殿下の婚約者は諦めて、他の嫁ぎ先を探しているらしいけど難航しているらしく。ランドール侯爵家からはよく、クラリス様のヒステリックな声が響いているとかいないとか。
「サラナ様。そろそろ参りましょうか」
頃合いを見て、アルト会長が促してくれる。イリス様とマーヤ様に『ここで応援していますわね!』と楽しそうに見送られて、再びアルト会長のエスコートでダンスホールに向かう。
横を歩くアルト会長をそっと見上げると、直ぐに気付いて『うん?』と優しい目を向けてくれた。
「ええっと。ありがとうございます。イリス様とマーヤ様に会わせて下さって」
アルト会長ってば。こんなに人が多い会場の中から、わざわざお2人を探してくださったのだ。なんて優しいのかしら。
「いえ。あのお2人なら、サラナ様の良いお友だちになってくださいそうです。良かったですね」
「はいっ!」
先ほどの短い会話ですら、とても気が合いそうなお2人だったから、今後も仲良くなれたら嬉しいわ。
デビュタントを終えた後は、社交は待ったなしだ。面倒だけど、苦手な王都もお友だちと楽しく過ごせるなら、少しは好きになれるかもしれないわ。
しかしそんな幸せで楽しい妄想は、無粋な一言で邪魔されてしまった。
「サラナ嬢。お久しぶりです」
王弟殿下の側近であるレック・エルスト様、メッツ・ウィルネ様、バル・ラズレー様が、満面の笑みで私たちを取り囲んでいたのだ。
「まあ。皆様、お久しぶりでございます」
くるりと背を向けたい衝動を抑え、私は満面の笑みを浮かべて王弟殿下の3人の側近たちに挨拶をしたのだった。
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