112 ドヤール家決起集会
ようやくデビュタントか!と思いきや、まだ辿り着けず。デビュタント本番は次回からです。
遅くなってすみません。
とうとうデビュタントを迎えました。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
ようやくこの日が来たわー。長かった。侍女長さんにお仕事禁止令を出され、デビュタント準備に専念したのが遠い昔のような気がするけれど、ほんの数か月前ですわよ。ほほほ。
その間、色々ありました。主に精神面でアップダウンの激しい毎日を送って、へとへとです。いえ、良い事はあったんですけど。えへへ。
昨日、王都のドヤール邸に入った私たちは、王都邸の家令さん以下従業員の皆様に熱烈歓迎されました。貴族向け接客の研修所教師も兼ねている彼らが勢ぞろいしての礼は、それはもう美しく。教える立場になってご自身の技術も磨きをかけているそうです。教育者の鑑ですわね。
「旦那様、お帰りをお待ちしておりました」
「出迎えご苦労。留守を良く守ってくれた」
伯父様の労いに、皆さんの顔が綻ぶ。王都の屋敷は研修所としての役目も兼ねているため、以前とは違い暇を持て余すことは無いけれど、やはり主人のお世話をするのが格別に嬉しいらしいです。これが本業ですものね。ごめんなさい、副業ばかり増やしてしまって。ちなみに、私たちが王都邸に滞在する間は、研修所はお休み出来るようにスケジュールを組んでいるんですって。
「サラナ様。本邸からの申し送りは受けております。デビュタント準備、本邸の意志を引き継ぎ、我々で勤めさせていただきます」
王都邸の侍女長さん以下侍女さんたちが、まるで強敵を相手にする歴戦の騎士みたいな顔つきで私にそう仰ってくださったのだけど。本邸の意志って、一体どんな引継ぎを受けたのかしら。本邸の侍女さんたちと変わらぬ熱意に、ちょっとだけ遠い目になりました。
今回の王都行きにも、本邸から選び抜かれた侍女さんたちが帯同しているのだけど。彼女たちの意気込みも凄いのよ。戦地に赴く様な佇まいで。えっと、デビュタントですよね? 戦いに行くんじゃないのよね? 言葉も交わさない内から、王都邸の侍女さんたちと頷き合い、阿吽の呼吸で動き始める本邸の侍女さんたち。プロフェッショナル過ぎて怖い。
そしてデビュタント当日は。朝もまだ薄暗い内から起こされ、侍女さんたちから美容の限りを尽くされました。デビュタントは夕方からですけど、準備は夜明け前からが当たり前ですか、そうですか。逆らう気力もなく、淡々と侍女さんたちの指示に従いました。だって、目が。目がコワイノヨ。全員が、魔物退治に興が乗っているお祖父様みたいな感じで、爛々とした目で動き回っているの。私に出来る事は『ハイ』と彼女たちの指示に素直に従う事だけ。サラナちゃん、頑張りました。
そうして仕上がった自分を、鏡に映して思わずほうっと溜息を吐く。『これが私……』と、かの有名な台詞を呟いても、今なら許される気がするわぁ。
前の世の自分と比べ、サラナちゃんは美少女だわーと思っていたけど。美少女改め美女が爆誕しています。我ながら綺麗だわー。お肌も髪も艶々、プルプル。いつもは子ども向けのほんのりメイクだったのが、顔立ちを最大限に活かしたメリハリメイク。髪は一部を編み込んでふんわりと下ろし、白い薔薇と宝石で飾っている。
本邸侍女さんたちに完璧に体重コントロールをしていただいたお陰で、プロポーションも完璧。昭和的に言えばボンキュッボンです。『こんなに細い腰だと、コルセットなんていらないですわねぇ』と侍女さんたちに言われたのに、ガッツリ締め上げられました。解せぬ。
その上、身に纏うのはお父様が総指揮を執り、アルト会長が全面協力をして作り上げたオートクチュールのドレスだ。ドレスには厳しいミシェル伯母様とお母様が手放しで褒めちぎっただけはあるわぁ。怖いぐらい、私に似合っているのよねぇ。デビュタント用の最高級の白のシルクに金糸や銀糸の刺繍と、小さな宝石が縫い込まれている。この刺繍、孤児院のお針子さんたちの作なの。最近は固定客まで付いている人気者のお針子さんたちの渾身の作です。綺麗。
すっかり支度が出来上がって。家族にお披露目すると。
「まぁまぁ、サラナ。もうすっかり大人の女性だわ」
お母様が嬉しそうにギュッと抱き締めて下さった。完璧な淑女であるお母様にそう言われると、誇らしく感じるわ。
「私の淑女。この素晴らしい日を迎えられて、とても嬉しいよ」
お父様が大人の女性にするように、私の手を取って唇を寄せる。今までも戯れの様に『私の淑女』と呼ばれた事はあったけど。これからは本当に大人として扱われるのだわ。嬉しい。
「ホホホ。本当に綺麗だわ。サラナの美しさに、会場中の殿方の目が釘付けになるわね」
伯母様。身内びいきですよ。確かにいつもより綺麗にしてもらっているけれど、基本的にモテ要素が備わっていないので、殿方の目は惹けないと思うの。
「ぬぉぉぉぉ! サラナ! なんという美しさだ! はっ! こんなに美しくては、良からぬ虫が湧いてしまうのではないか? いかん、デビュタントなどやはりまだ早い! 」
「馬鹿を言うな親父。せっかくのサラナのデビュタントなんだぞ。虫の方をなんとかすればいいだろう。ほれ、ここにミシェルが作ってくれた、『サラナに絶対に近づけてはならん令息のリスト』があるぞ」
お祖父様、伯父様。こそこそと話しているようですが、声が大きくて丸聞こえですよ。そして伯母様。何を作っていらっしゃるのですか。お祖父様たちに妙な事を焚きつけないでくださいな。
「うん、サラナ。キラキラしていて可愛いな」
「いつもよりひらひらしている。可愛い」
ヒューお兄様とマーズお兄様が、ニコニコ笑って褒めて下さいます。でも誉め言葉は減点の様です。ヒューお兄様とマーズお兄様に寄添っているダイアナお姉様とパールお姉様の表情がそう言ってますよ。たぶん、あとで補習授業です。
珍しく、ドヤール家が王都に全員集合しています。お祖父様たちが全員、ドヤール領を空けても大丈夫かって? 出発前にお祖父様と伯父様とお兄様たちが、総出で魔物狩りにいそしみ、数日ぐらいなら大丈夫だろうというところまで狩り尽くしたそうです。ええ、魔物の山で大変なことになっていましたが、私のデビュタントはドヤール家の全員参加が村の総意だったそうで、村人全員が非常に強力的でした。なんで?
「サラナが受けた、王都での仕打ちを皆が知っておるからの。絶対に無事に連れて帰ってきて欲しいと、皆から頼まれてしまったわ」
お祖父様が笑って仰っていました。皆、過保護だわ。でも、その気持ちが嬉しいわ。
そして、もちろん。今日はアルト会長も一緒です! うふふ、嬉しい。こうして夜会にご一緒するのは初めてだわ、いつも遠慮なさっていたので。初めて見ました、正装姿! 似合うわー。あら、クラバットは青だわ。格好良い。
そんなアルト会長が、じっと私を見ている。恥ずかしくなるぐらい、じっと。
私は身構えた。アルト会長のリップサービスには何度も動揺させられてきたのだもの。
ふふふ。でもデビュタントを迎えたサラナちゃんは違うわよ。何度も脳内でアルト会長を再現して、誉め言葉にも耐えられるようになったのよ。今日こそ動揺せずに『まあ、ありがとうございます』とにっこり笑って、アルト会長に大人の女性を印象付けてみせるわ。私、やればできる子ですもの。
さあこい、と。心の中でファイティングポーズをとっていた私。だがしかし。アルト会長の一言で撃沈しました。
「……か、可愛い」
いつもの流れる様な美麗字句はどこにいったのやら。顔を真っ赤にして口元を押さえたアルト会長から漏れたのは、そんな言葉だった。いや、そんなの想定外だわ。何、その潤んだ目は。可愛いか。
「ぐふっ。ふっ。アルト会長、私の娘は、可愛いだろう?」
お父様が笑いを噛み殺して、いえ、全く噛み殺せていなかったけど、なんとか我慢して親バカを全開にしている。アルト会長、私から目を離さずにコクコク頷かないで。
「エスコートは私が務めるが、私が側を離れる時は、任せたよ」
「はいっ!喜んで!」
穏やかなお父様の言葉に、アルト会長がキラキラした表情で、居酒屋店員の様に威勢のいい返事をした。ぐふぅ、一々可愛いわ。私、負けた気分です。
「セ、セルト! ワシも! ワシもサラナのエスコートを代わってやれるぞ!」
ここにも可愛いが一人。お祖父様がピシッと手を挙げて立候補しています。
「……ええ。もちろん。義父上も、ご協力お願いします」
今度は笑いを噛み殺すことに成功したお父様が、ゆったりと頷く。ぱあぁっと顔を輝かせるお祖父様。
ウチの男性陣は、どうしてこうも一々可愛いのかしら。女性陣が愛でたくなる気持ち、凄く分かるわ。
「それでは皆様。それぞれ、今日の役割は理解しているわね?」
ドヤール家の司令塔である伯母様の言葉に、皆がゆっくりと頷く。役割? 社交のことかしら。
「私はサラナのエスコートに徹するよ。アレが接触してきても、表面上の会話に留めて、すぐに離脱するよ」
お父様が微笑みながら仰います。アレって何かしら。
「俺とミシェル、親父とカーナは他の招待客の牽制だな。アレ関連だと、宰相やその周辺がちょっかいを掛けてきそうだが、邪魔してやるとしよう」
伯父様がワイルドな笑みを浮かべる。だからアレって何ですか。
「俺たちはアレの側近たちの阻止!女性の相手はダイアナたちに任せるぞ」
ヒューお兄様の言葉に、マーズお兄様とダイアナお姉様、パールお姉様が頷く。お兄様たちもアレって言っている。
「私は、夜会客から情報を収集しつつ、セルト様のサポートを。アレが近づいてきたら、サラナ様との仲をアピールします」
アルト会長が私の手を握って微笑む。か、家族の前で手を繋ぐの恥ずかしい。皆の生ぬるい視線が突き刺さっているわ。そしてアルト会長まで、アレ呼ばわりしているって。
「死守すべきはサラナの立場よ。間違っても、アレの特別な存在だなんて印象付けることは阻止するわ。それで多少王家の不興を買ったとしても構わないわ」
ミシェル伯母様の力強い言葉に、皆が頷く。あのー。アレってもしかしなくても、某王弟殿下のことかしら。いくらなんでも、アレ呼ばわりは不敬では?と思ったけれど、皆の雰囲気が怖くて言い出せませんでした。
優雅なデビュタントというより、打倒!アレ!という雰囲気だわ。ドヤールらしいと言えばらしいのか。
お陰で。デビュタントへの緊張は、全く感じなくて済んだのだけど。
夜会よりも、戦に赴く様な妙に猛々しい気持ちになったのは、私もドヤールの一員だからだわ。きっと。
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